縁(えにし)と原初的な魔法
お使いミッション、コンプリート。
アララールに頼まれた魔法のアイテムは、ひょんなことから無事に買うことができた。
「……銀貨」
トラから預かったお金が手元に残った。
銀貨二枚、黙っていればバレない。このまま着服しちゃおうか……とも考えたけれど、気に入った服も買えたし欲しいもの他に思いつかない。
そうだ、何かアララールに甘いお菓子でも買ってかえろう!
これからトラと合流してお昼ごはんの予定だけど、その前に買えばいいや。
「大通りまで送ります、リスさん」
店を出て帰ろうとすると、ナサリア君がまるで紳士みたいな感じでエスコートを申し出た。気を使ってくれているのだろうか。
「あー平気、あたしは大丈夫。むしろ」
「むしろ?」
お前こそ帰りに一人で平気なの? と言いかけて止めた。さすがに男子のプライドを踏みにじるのは……。
「ぷっ、女の子に心配されてやんの」
ラフィさんが思い切り踏みにじった。
あたしの顔に「お前のほうが心配だよ」と書いてあったのだろう。
「もーっ!? ラフィ姉は黙っててよ!」
ナサリア君が顔を赤くする。実にいたたまれない光景だ。
「じゃぁ頼もうかな」
じゃぁは余計だったか。
「うん、まかせてよ!」
でもナサリア君は気にとめる風もなく、嬉しそうに胸を張った。子犬の尻尾が見える気がする。
「リスさんを送る心意気は良いけれど、帰り道にまた絡まれるんじゃないかって、嫌な予感が無限ループするわね」
ラフィさんは苦笑ぎみ。
「べ、別に大丈夫だよ。僕だって毎回絡まれるわけじゃないし。結構、通りかかった人が助けてくれるし」
助けてもらってるんかい。まぁ、毎度毎度のことなのだろう。
「ごめんごめん。そんなナサリーにちょうどいいアイテムがあるんだけど、試してみない?」
ラフィさんはウィンクするとカウンターの裏側から、香水の小瓶みたいなものをとりだした。
「何これ?」
ナサリア君が疑わしげな表情でうけとる。
「今度入荷する魔法堂の新商品。試供品よ」
「もしかして肉体強化とか?」
ちょっと興味がある。もしかして戦いに有利になるアイテムだったりして。あたしも小瓶を覗き込む。
小瓶には説明書きが貼り付けてあった。
「……隠者の香水。対象者の気配を希釈し、人避け、魔物避けの結界と同等の効果が得られる」
ナサリア君が読み上げた。
肉体強化や能力向上などの、前向きに強くなって相手を叩きのめす……というアイテムではなかった。
「気配を消せる魔法の香水。帰り道、それを使ってみるといいわ」
ラフィさんなりの優しさなのだろう。
身を隠す、気配を消す。ちょっと後ろ向きなアイテム。たぶんトラみたいに暑苦しい存在感のある人には効かないヤツだわ。
これには流石のナサリア君も、カチンと
「わかった! ありがとラフィ姉」
いいんかい。
どっちみち、ナサリア君は冒険者には向かなそうに思う。
まぁあたしには関係ないけれど。
「ありがとうございましたー!」
ラフィさんの声を背に店をあとにする。
私とナサリア君は再び雑踏を歩いた。魔法の横丁はますます人通りが増えていた。
「また来てくださいね」
「うん、まぁ……機会があれば」
「リスさんの冒険動画、あとで観ますから」
「いいけど、あんまり期待しないでね」
結構、いろいろ話しかけてくるので退屈はしなかった。気がつくと大通りとの交差路がみえた。
ここでお別れか。
「その……いろいろありがとうね」
「そんな! 僕こそ。ありがとうです。なんていうか……人との出会いは、偶然だけど、ひとつの原初的な魔法なんだって、先生がいってました」
人との出会いが魔法。
「そうなの?」
「らしいです」
わかったような、わからないような。でもなんとなく嬉しい言葉だった。
そこで、あたしたちは別れた。
ナサリア君とはまた会える気がした。
振り返ると、手を振る子犬みたいな人影があった。けれど次の瞬間にはまるで溶けるように消え、姿が見えなくなってしまった。あの魔法のアイテムを使ったのだろう。
「ほんとに消えた……」
あたしは踵をかえし、途中で見かけたお菓子屋さんへと向かって歩きだした。
◇
すこし早く来すぎたらしい。
待ち合わせ場所でリスを待っていると、不思議と古い知り合いと会う。
アララールが言うには、偶然の出会いや再会は、不思議な縁によるもので古い魔法の一種なのだという。
「よぉ! トラリオンじゃねぇか。どうしたんだこんな場所で。待ち伏せなら手伝うぜ!」
「連れを待ってるんだ」
「あの美人の嫁さんか、羨ましいこった」
「あぁ、じゃぁな」
昔の冒険者仲間だった。嫁のアララールではなくリスを待っているのだが、説明するのもめんどくさい。
俺は北門の近くで壁を背に立っている。
目の前は広場になっていて、荷物を積んだ馬車や商人が大勢行き交っている。商品の取引や、他の街への出荷など。王都の商業の玄関口だからだ。
他にもこれから冒険に向かうパーティや、クエストから帰ってきた連中も通りかかる。
「あらー! トラちゃんじゃないのお久しぶり。たまにはうちの店にも顔だしてよ」
「あぁ、そのうちな」
飲み屋のママだった。最近いってねぇな。
「トラリオンさん、お久しぶりです! その節は本当にお世話になりました」
「元気そうで何よりだ」
命を助けた魔法師……名前はなんだったか。
「トラァ! ここで会ったが百年目! 勝負だ」
「誰だよ!?」
男が妙な構えで突っ込んできた。わけもわからぬまま腕を掴んで捻り、背中に回して制圧する。
痛い! と叫びつつも嬉しそうな顔はなんなんだよ気持ちわりぃ。
「お、覚えとけよ! ハハッ」
「だから誰だよ!」
「おまたせー!」
「やっときたか」
で、ようやくリスがやってきた。
「今の人なに? 涙目でニコニコしながら走っていったけど」
「変態の一種さ。街は変なのが多いからな」
「なにそれ恐っ。ところで、そこに倒れている人はトラの知り合い?」
「他人だ。場所代払えとか言ってきたが……、今は眠っているみたいだな」
「ふぅん」
最初に絡んできた男は失神している。
周囲から見えないように刃物を突きつけてきたので、手首をへし折ってやった。身体をくの字に曲げたところで首根っこを掴み、頸動脈の血流を遮断。ぐったりと大人しくなった。
今は野良犬のトイレになっている。
「リスは大丈夫だったか?」
「うん、絡まれている人は助けたけど」
「そりゃぁ何よりだ」
リスは上機嫌で両手に荷物を抱えている。
自分の服と、アララールに頼まれた荷物だろう。
ひったくりに気を付けろ、と言い忘れていた。後になって慌てて気がついたが、リスのことだ。背後から駆け寄ってくる気配を察し、ひらりと避けたのだろう。
だが、
「……リス。あの子は知り合いか?」
少女がじっとこちらを見ていた。
二十メルほど向こうの広場の噴水の近く。銀色の髪の少女がこちらを睨んでいる。
背格好はリスと同じぐらい。ゴスロリ風の黒いドレスが周囲から明らかに浮いていた。人と馬車の流れのなかでそこだけが灰色で、時間が止まっているかのような錯覚を覚える。
殺気とも熱烈な好意ともつかぬ視線に、リスは気づかなかったのだろうか。
「あの子……?」
視界を遮るように馬車が通りすぎた。
次の瞬間には黒いドレスの少女は煙のように消え失せていた。
偶然か、たまたまか……気のせいか。
いや――これも何かの予兆。全ては意味があることなのかもしれない。
「お腹空いた!」
リスはそんな心配をよそに俺に身体をぶつけてきた。
「お、おぉ。そうだな。なにか食って帰ろうぜ。なにが食いたい?」
「肉!」
「肉か、いいな肉」
「ね! 食べたいよね」
さっきから壁沿いの屋台の香りが食欲を刺激していた。串焼き肉や、コロコロ肉、骨付き肉。肉ならなんでもござれの肉祭りが開催中なのだ。
「よし肉を食おう」
「お肉ー!」
リスと完全に意見が一致したところで、屋台の列に向けて歩きだした。
◇
「なんだか二人とも焦げ臭いというか、獣の臭いがするわね」
夕方、起きてきたアララールの言葉に、俺とリスは顔を見合わせた。
「二時間ぐらい、屋台村で肉を食いまくってた」
「全店舗制覇しようって……トラが」
くんくんと自分の腕の臭いを嗅ぐリス。
「お前だって大喜びだったろ」
「えへへ、まぁね」
よくみると顔にタレの跡がある。
兎に角、肉はどれも旨かった。天下の王都だけあってインチキや誤魔化しの無い上等な肉ばかり。
それも銅貨数枚のリーズナブルさで食えるのだ。
全種類制覇しない手はないだろう。
「……まぁ仲良くてなにより。シャワーあびてね」
「「はい」」
その後は、団らんの時間となった。
「お菓子、いっぱい買ってきたよ」
「無駄遣いしやがって……」
「いいじゃないのトラくん。甘いものは正義!」
食べたこともない高級な焼き菓子が山と積まれ、アララールは大喜び。甘いものに目がないのは女子はみんな一緒のようだ。
リスは嬉しそうな様子でお菓子を頬張りながら、買ってきた服を俺たちに見せる。そして王都での出来事をいろいろと話してくれた。
そして買ってきた魔法の材料を見て、アララールは微笑みながら、リスの頭を撫でた。
「すごいわね、リス。全部揃っているわ」
「わ、誉められた」
嬉しそうに俺の方を見るリス。アララールに誉められたことが特別に嬉しいのだろう。
「正直にいうと、私が頼んだ品は他人の助けが無いと、手に入れることが難しいものばかりだったの」
「え? そうだったの」
「店先で簡単には買えない品ばかりよ。それにお金を出せば買えるわけじゃないの。気むずかしい店主と交渉し、騙されていないか疑い、品物を見定めないといけなかったの。ごめんね、黙ってて」
「そうなんだ……」
リスは驚いた様子だった。
買い物は一軒目で全部揃えたとは聞いたが。
「なるほどな。魔法屋の店主はロクなのがいねぇからな」
俺は何度かアララールにお使いを頼まれたが、どうも魔法の横丁の魔法道具屋は馬が合わない。喧嘩になったり、偽物を掴まされたり。
「トラくんがそんなだから、リスに頼んだのよ!」
カッ! とアララールが俺を睨んだ。
げっ、俺のせいか。
「あはは……」
「と、いうのはさておき。リスは今日の出会いを通じて、他人と交わり、なにかを学び、そして縁を結んだ。これはとても原初的な魔法、運命の導き。きっと、この先のリスの人生にも影響を与えるわ」
「同じこと……あの子も言っていた」
リスはテーブルに並んだ品物を見つめながら、ポツリとつぶやいた。そして何か深く考え込むように瞳を細めた。
「合格ね、リスはもう大丈夫」
何が合格で大丈夫なのか、俺にはよくわからなかった。
リスはこの日、大切な出会いを経験し、他人に助けられた。少し成長したのは間違いない。




