魔女アララールの導き
路地裏で出会った子犬じみた男子は、ナサリアといった。
店まで案内してくれる道すがら、ポツポツと会話を交わす。
少し照れ臭そうに教えてくれたのは、王立魔法学校セントマジョワーズに通っている、ということだった。あたしの知る限り、魔法学校は才能があると認められた子しか入れないところのはず。
「魔法師になったら、冒険に行ってみるのが夢なんです」
「夢……」
向かないような気がするけど……とは言わなかった。
夢があると言えることが羨ましい。
あたしは、夢をもっているのだろうか?
「リスさんは行ったことあるんですよね? 冒険、クエストに」
「うん。師匠についていっただけだけど」
「すごい! 危なくなかったですか? どんな魔物と遭遇しました!?」
ナサリアはすごく興味があるみたいだった。メガネ越しに瞳を輝かせている。
「……えと、ゴブリンかな。あとは……そうだ、動画があって見れるらしいよ」
「えっ!? 魔法の記録映像配信ですね、探してみますね!」
説明が面倒くさくなって、つい口走ってしまった。
一部で話題になっているトラの格闘術動画。そのおまけであたしも映っているだけ。あまり教えないほうがよかったかな……。
通りは魔法に関連する店が並んでいた。魔石の買取店、販売店の看板が目につく。
他にも魔法師用のマント専門店に魔法の杖屋さん。
魔法肉(?)の専門店はいい香りがしたけれど、看板代わりのブタの干し首が虚ろな表情で何かを喋っていた。
「……ファンタジー」
確かにひとりで買い出しはハードルが高そう。どうしてアララールは魔法に関しては素人のあたしにお使いを頼んだのだろう?
「あ、ここです!」
いつのまにか目的のお店についたみたい。
彼が案内してくれたお店はカースマックス横丁の中ほどにあった。
店がまえは普通の雑貨屋さん風。名前も『魔法材のラフィリーン』とわかりやすい。
「よかった、普通の店ね」
「あはは、普通ですよー。どうぞ中へ」
ナサリアが扉を開けるとドアベルが軽やかな音を奏でた。
「ごめんください」
足を踏み入れると独特の香気が鼻をくすぐった。薬草の香りと甘くてスパイシーな、駄菓子屋とお菓子屋さんを混ぜたような不思議な匂い。
店内は薄暗い。魔法のお店は初めてだし、陰気な魔法使いや恐い魔女がいたら嫌だなと考えていると、明るい女の人の声がした。
「いらっしゃいませー!」
正面のカウンターに、青みがかった髪をお下げにしたお姉さんが座っていた。
「お客さん連れてきたよ!」
先に店内に入ったナサリアが親しげに挨拶してあたしを手招きする。
「あらあら、ナサリーがお友達なんて、珍しい」
「もう、やめてよその呼び方……」
女の子みたいな呼び方をされ、頬をふくらませるナサリア。
「いいじゃないの別に。お客様を連れてきてくれたの?」
「うん、僕の恩人なんだ! リスさん」
「ど、どうも」
あたしは軽く会釈をした。
「可愛い子ね! いらっしゃいませ」
お姉さんは愛想よく微笑んで、カウンターをくぐってこちらにやってきた。
「店のオーナーでラフィ。僕の従姉弟なんだ」
「なによ身内の店じゃん」
「他の店にあまり行かないから……」
えへへ、と微笑む様子は小動物を思わせる。
「まぁいいけどさ」
ナサリアは早速ラフィさんに「さっき路地裏で絡まれて……」と経緯を説明しはじめた。
「あーはいはい、みなまで言うな。助けてもらったのね」
瞬時に理解られていた。彼にとってはよくあることなのかもしれない。
「愚弟を助けてくれて本当にありがとうございます。私からもお礼を言わせてね、リスさん」
「いえいえ、偶然通りかかっただけですから」
「リスさんは、とても強いんだよ!」
「あら、もしかして冒険者さん?」
「そんなんじゃなくて、見習いというか」
「僕より年上……だよね? このまえ13歳になったよ」
「あ、同じ」
「えー年上だと思ってた。背も僕より高いし」
ナサリアが女の子みたいに微笑む。
絶対年下だと思ってたのに、同い年だったとは。
けれどさっきの夢の話じゃないけれど、あたしの年齢はわからない。
13歳とは頭の中に書き込まれているイメージ。施設よりも前の記憶は曖昧で、あたしは一体何者なのか……と足元が揺らぐ。
「ずいぶんしっかりしているのね」
「えっ?」
ラフィさんにそう言われて意外な気持ちがした。
「ところで、何か品物をお探しならサービスするからね。うちは大抵のものは揃うんだから」
「あ、はい。これ、リストなんですけど」
あたしはラフィさんにメモ書きを手渡した。アララールの手書きメモだ。
「まぁ? 珍しい。ずいぶん古い文字ね」
ラフィさんはすこし目を丸くした。
アララールが書いてくれたメモの文字は、言われてみればすこし変わっていた。
あたしは何故か読んでいたけれど、街の中にある看板の文字とは違う。どちらかといえば、ナサリアが抱えている本の表紙の文字に近い。
「魔法の文字だよ。古代リュキフェールの。文法も。この本が書かれた時代より古い、古典表記?」
横から覗き込んだナサリアが首をかしげる。
「イヴァトゥブ産の、青い……えぇと」
「これ『青い珊瑚石』ね」
二人で何やら悪戦苦闘している。あたしは読めたのに……。
「イヴァトゥブの青い珊瑚石、絞首台の土で育ったアロニアの乾燥果実、湿りバジリスクのウロコ」
「すごいわ! 読めるのリスさん」
「えぇ、まぁ」
「魔法学校に通ってても読めないのにー」
アララールも特段説明はしなかったけれど読める。これらの品物は魔法の道具屋を探せば見つかるわ。
――導きのままに。
と、それだけ言った。
あれ……?
もしかしてあたし、何か試されている?
というより、出会いを通じて何かを経験させたいとか……。
二人に品物選びを任せる間、店内を見学する。店内は薄暗く魔法のランプが灯っていて、目が慣れてくると店内の様子がわかってきた。
両側には作り付けの棚があり、所狭しと品物が並んでいる。動物の骨、乾燥した何かの薬草、植物の根の束。色とりどりの鉱石や液体の入った瓶、果実を漬け込んだ瓶などなど。
「ひ……?」
天井から蛇の干物が束になってぶら下がっている。やっぱり魔法使いの出入りするところなのだ。
「とりあえず、全部揃ったわ。在庫があってよかった。一袋ずつだけどいいかしら?」
ラフィさんが包みを抱えてきた。
ちらりと見えた値札はどれも銀貨一枚。意外と高い品物だった。
手持ちは銀貨3枚。ぴったりだけど。
アララールは全部で銀貨二枚で間に合うと言っていたけれど、銀貨一枚でおつりがもらえちゃった。
あ、もしかして昔と「相場」が違っているとか? トラの昔語りが本当なら、アララールは何百年も生きているわけだし。
「どれも最近は入荷数が少なくて。需要もあまり無いけれど」
「そうなんですか……。あたし魔法には詳しくなくて」
「どうせ売れ残りだし全部まとめて銀貨一枚でいいわ」
「えっ!? いいんですか?」
「ほとんど売れない品物だし、ナサリーを助けてくれたお礼」
「ありがとうございます!」
すごい、アララールの言ったとおりになった。銀貨二枚で間に合うと言っていたとおり、一枚で済んだ。
「でも、珍しい魔法をつかう魔女さんだね。この材料って夢とか記憶とか、そういうものを操るときに使うとか。今は別の素材を使うって教わったけど」
「夢や記憶……」
「もしかしてリスさんのお姉さんって、古典魔法を研究している、高名な魔法師さんとか?」
「アララールっていう魔女で、いつも寝てますけど」
その名前を出した途端、ナサリアとラフィさんは顔を見合わせた。
「冗談……だよね。その名前ってさ……」
「でも魔法使いや魔女にとって、名前は命みたいなものよ」
「あの、どういう意味です?」
「あ、あのね。アララールっていうのは百年前の魔導大戦の時代の、真の魔女のひとりなんだ。魔法使い、魔道士陣営最強の『魔法四真祖』の一角でね、むちゃくちゃ強くてドラゴンに変身したり、山を真っ二つにしたり……!」
ナサリアは興奮気味に話しはじめた。
「あ、うん……でも軽々しく四真祖と同じ名前を名乗るとは思えないし。きっと、サブネームが違うのかも。今でも信奉者はいるわけだし」
ラフィさんはちょっと困り気味で話を遮った。
「あ、なるほど」
思わずあたしは苦笑する。
魔道士陣営最強の『魔法四真祖』の一人、アララール。
たぶん本人だと思います、それ。
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