呪いの首輪の外し方
「どういうつもりです?」
薄笑いを浮かべていた魔法師ラグロース・グロスカの顔色が変わった。
俺は暴れ猛獣少女、リス・チュチュリアの手を放した。
「リス、とかいったな。お前は自由だ。好きにしていい」
「……」
けれど何故かリスは押し黙ったまま。逃げ出したければ逃げればいい。
「それは困りますトラリオン。まだ3号は我々の管理下にあるのです。依頼以外の行動は君の立場を悪くしますよ」
「立場もクソもあるか。ごちゃごちゃぬかすな」
「ったく。それだから君は仕事を失うんです」
おっと、今のはカチンときたぜ。
エリート街道を進む魔法師、ラグロール・グロスカ、いつか絞め殺してやる。
開放された少女は手首をさすりながら、俺と魔法師を交互に見ていた。
しかし、唸るような声を上げたかと思うと、険しい憎しみの表情を浮かべ身構えた。
「うぅおお!」
そしてラグロール・グロスカに向かって突進してゆく。
「お、おい待て……!」
次はそっちか、血の気の多い奴だな。
魔法師までの距離は10メル(※1メル=約1メートル)ほど。
リスはその健脚であっというまに魔法師との間合いを詰めた。
「まったく、洗脳処理してもこの有様ですか」
ラグロール・グロスカは手に持った杖で地面を突いた。
すると、リス・チュチュリアは脚をもつれさせて転倒。首を押さえながら地面に突っ伏した。
「――あ! がッ……は!? あぁああッ!」
リスは苦痛に顔を歪め、地面の上でのたうちまわる。緋色の髪が地面を払う。
魔法の苦痛、首輪のせいか!
「やめろ!」
「これは躾です。それに君は連れて帰れと言ったのでは?」
魔法師は杖の先で再度地面を突いた。
「いっ、いやぁあああ……あぐぁッ!」
魔法の拘束具による呪縛。しつけ? ばかいえ虐待だ。
「そうそう、いい悲鳴です。痛いのは嫌でしょう学習しましょうね」
「……ちっ」
俺は歩き出していた。
目の前で魔法師がメスガキをいたぶっている。
生意気な暴れ少女など自分には関係ない、割り切れるほど冷静ではいられなかった。
リス・チュチュリアの元へと近づいて、痙攣する身体を抱きとめる。苦しんで喘ぐ少女の首では、黒いチョーカーが生き物のように脈動していた。絡みついている呪詛の元凶、魔法拘束具だ。
「今、助けてやる」
涙と鼻水でぐずぐずになった頬をぽんと叩く。
「お……っさ……ん?」
そして首に巻き付く黒いチョーカー手を伸ばし、思い切り引き千切った。
「ぬんっ!」
「ハハハ!? やはりバカか君は! そんなことをしたら呪詛はすべてトラリオン、君に逆流することになりますよ!」
ラグロール・グロスカは可笑しそうに目を見開いた。今から起こるであろう呪詛による苦痛を期待している顔だ。
「ぐ……!?」
呪いのチョーカーは生き物のように俺の右腕に絡みついた。途端に右腕が痺れ、焼け火箸で突き刺すような激痛が繰り返し襲ってくる。
リスはこんな苦痛を首に受けていたのか……!
「けほっ……! お、おっさん……!?」
苦痛から開放されたリスが、なんとか起き上がる。地面にへたりこんだまま、唖然として俺を見上げる。
「トラリオン! それは極悪人用の拷問呪具『悶絶の黒印』、泣き喚いても外れませんよぉ!?」
あぁ、そうかよ。
確かに痛いな、激痛だ。
だが、それがどうした。
「ぬッ……うんッ!」
全身に気合をこめて、右腕の筋肉を膨張させる。
ドゥン! と滾る血流が流れ込む。
「ずぅりゃぁああああッ!」
右腕の筋肉とともに気合を込め、筋肉で呪詛を圧殺。毒素を体外に押し出す要領で霧散させた。
鍛えた肉体は裏切らない。
こんな呪詛など、筋肉の前では、無力!
「馬鹿なぁああ!? 呪詛を……筋力で、そんな頭の悪い解呪方法で……」
魔法師が何か叫んでいるが知らん。
「うそ……でしょ……おっさん」
リスが唖然呆然。ぽかん、と口を開けている。
「おっさんじゃないトラリオンだ。竜を絞め殺した男だぜ?」
我ながら口にすると痛々しいが、ぬん! と右腕の筋肉を見せつける。
呪いのチョーカーは千切れて地面に落ちた。
「……フ……フフフそうでしたねトラリオン。あなたはそういう男でした」
呆れたように苦笑する魔法師を俺は睨みつけた。
そしてへたりこんでいるリス・チュチュリアの腕をとり、立たせる。
「ラグロール・グロスカ、この娘は俺が預かる」
「……!」
リスが驚き目を見開く。
「それは助かります。いやぁよかった。殺さない程度に愉しんでくださいね」
よし今殺そう、その下卑たヤツの背後から首を〆てやろう。
そう思って躊躇なく足を踏み出した、その時。
「そうそう、国費から経費、少々ですが養育費も出ますので」
「えっ? マジか」
この娘を預かるとそんな特典が!?
「えぇ、あとで部下がお届けにあがります」
「そ、そうか」
魔法師の顔が紳士的に見えてきた。そ、そういうことなら最初に言いやがれってんだ。
思わず愛想笑いを浮かべてしまう。
失業中の俺にとって嬉しい話だった。
気が付くと横でリスがジト目で俺を見ていた。
「……おっさんキモイ」
「うるへぇ」
去っていく馬車を見送りながら、俺は傍らのリス・チュチュリアに視線を向けた。
今にも再び襲いかかって来そうな険しい顔をする少女に、思わず身構える。
「と、というわけだからよ。まぁ、お前を預かるといったが……勢いだ。同情したわけじゃねぇからな」
ましてや小金欲しさとかな。
「……余計なお世話よ」
「じゃぁ貴族の家に戻れよ、魔法師の馬車も今なら追いつくぜ」
「絶対嫌! 魔法師のアイツも……戻るとこなんて……」
リス・チュチュリアの表情には苦渋と困惑の色が浮かんでいた。
ぎゅっと服の裾をつかんで、唇を噛んでいる。
年相応に小さな身体は、所在なさげに震えていた。
「そうか」
俺はしゃがんで、リス・チュチュリアと同じ位置で視線をあわせた。
少女の顔は血と泥でよごれている。唇の横についた血の塊を指でそっと拭う。
夕日を映したように赤い瞳が俺を真っ直ぐに見つめている。
なんだよ、捨てられた子供かよお前は。
「じゃぁ、俺の弟子にしてやる。お前の突きは見どころがある。スカウトするぜ、リス。おまえを」
「……そっ! それなら……いいかな」
嬉しそうに一瞬目を輝かせ、すぐに斜め横を向く。
「素直じゃねぇな」
「な、なによバカ!」
拳を振るが力はまるで入っていない。
「これからは師匠だからな、師匠って呼びな」
「おっさん師匠……?」
どう呼んでいいか困っている。子供らしく本気で悩んでいる顔が面白い。
「まぁ好きに呼べ、おっさんでもなんでも」
竜を絞め殺した男トラリオン・ボルタ――かつてそんな二つ名で呼ばれていた。
二日前、ギルドから追放されるまでは。
こうして、俺は謎の少女を弟子として預かることになった。
<つづく>