王都とリスの新しい下着
◇
しばらく平穏な日々が続いた。
午前中は運動がてらリスと鍛錬し、畑の手入れをする。午後はエストヴァリィの町へ行き、日用品の買い出しとついでに仕事探し。慣れれば気ままな毎日も悪くない。
もうそんなに若くもないし、気分はすっかりセミリタイア。とはいえ蓄えは少ない。日々を暮らすための稼ぎはどうしたって必要だ。
いつもはエストヴァリィの町で済ませている用事だが、今日は王都ヨインシュハルトまで脚をのばすことにした。
「久々の王都、あいかわらず人が多いな」
「……ここ、知ってる」
「リスは一応ここの出身だものな」
「うん」
今日は朝からリスと二人で王都を訪れている。
町から乗合馬車に乗り揺られること小一時間。小高い丘陵全体を埋め尽くす、巨大な街並みが見えてくる。それが王都ヨインシュハルトだ。
中心にはガラスの塔のようなキラキラ光る王城。その周りをいくつもの王政府関連施設が取り囲んでいる。街は緩やかな傾斜で坂道が多く、迷路のよう。王城周辺の建物から街は同心円状に広がっている。
平和が続く王都には、さしたる危険も無いせいか周辺を守る壁なども見当たらない。
視点を転じれば郊外の小さな町や村々、それらを取り囲む麦畑などの平野が見渡せる。青空に浮かぶパンみたいな雲が、いくつか影をおとしている。
「リス、俺はギルドで打ち合わせをしてくるが、どうする? 一緒にいくか?」
幸いなことに最近は仕事の巡りが良くなってきた。リスとゴブリン退治に参加してからというものの、「魔法動画で話題になってたぜ!」と言われることが何度かあった。
そのおかげか三日に一回ぐらいのペースで割の良いクエストへ誘われるようになった。
今日は、前に所属していた大手ギルドから夜勤のクエスト参加のお誘いだ。決行は明後日の夜。参加パーティとの顔合わせと打ち合わせを兼ねている。
「どうしようかな。トラは嫌でしょ」
「嫌ではないが……」
リスを連れてギルドにいくと、たいていは面倒なことになる。
――君、動画でみたよ!
――ゴブリン退治のキック少女じゃん!
――かわいいね! いくつ?
――トラの子供……じゃねぇな、どこから拉致ってきたんだ?
などなど、いちいち応じなければならない。
中にはリスに卑猥な言葉を投げ掛けるクソ野郎もいるので、即座に首を絞め上げるのに忙しい。
「あたし、買い物してくるよ。そっちの用事が終わってから二人で買い物してたら遅くなるしさ」
「なるほど、それは名案だ」
「だったらお金ちょうだい」
「無駄遣いするなよ」
「しないってば」
くそ、まるで親子の会話じゃねぇか。
ギルドの場所は西通り。俺たちがいる北門から二ブロックも向こう側にある。暇だから連れていけ! とせがむリスと一緒に来たものの、昼飯までは時間もある。
用事を済ますまで、それぞれで別に行動したほうが効率が良さそうだ。
「一人で平気か?」
「は? ウザ、子供扱いしないでよ。この街の地理は知ってるもん」
「……なんで知ってんだよ」
「なんとなく、頭に入ってるし」
リスはちょっと自分で言って不思議に思った様子だった。何故か自信満々に王都の地理に詳しいと言うが、俺の家に来る前に受けた「教育」とやらのせいだろうか。
エストヴァリィの町に連れていった時は、町を初めて見た! とばかりにはしゃいでいたくせに。何倍も大きな王都には覚えがあるらしい。
「まぁいい。銀貨五枚もあれば足りるか」
「うーん。どうかな。アララールに頼まれた魔法の素材の買い出しと、あたしの着替え! 服とか下着とか足りないし、可愛いのが欲しいんだけど」
「う……そうか」
今日のリスの服装は動きやすさ重視。グリーンのタンクトップに、少年が穿くようなショートパンツ。その上に白いフロントボタンの袖無しワンピース。フロントボタンを全部はずし、コートみたいに羽織っている。
アララールのお下がりだが、リスの盗賊少女みたいなスタイルに、うまく上品な雰囲気を加えている。
それでも王都を歩く同じ年頃の、少女たちの華やかさに比べれば見劣りする。裕福な商人か役人のご息女と比べたら可哀想だが、どうしたって華やかさは目につく。
勿論、町を歩いているのは普通の庶民の家の子が大半で、中には明らかに地味な古着を着て歩いている子だっている。かといって誰もいちいち気にしてはいなのだが……。
「なに? その哀れんだみたいな目」
「あ、いや別に」
「心配しなくてもヒラヒラした可愛いドレスなんて買わないから! どうせ似合わないし」
ぷんっ、とリスは頬を膨らませた。
微妙に勘違いさせてしまったしい。
「あ、いやすまん。俺はぜんぜんその、女の子の服とかわからねぇな……と思ってよ」
「詳しかったら怖い」
「うるせぇ」
「きゃはは」
刀剣を装備したワイルド系少女が横を通りすぎてゆく。王都内では許可を得ないと帯剣できない。封印の魔法をかけて武器を持ち込む規則になっている。
反対側からはトンガリ帽子の少女たち。みるからに魔法師の弟子っぽい。可愛いフリルのついた紫マントをなびかせながら、女の子たちが談笑しながら歩いてゆく。
リスは……格闘術師の弟子?
どんな格好をさせりゃいいんだ。
貧乏臭い格好じゃ恥ずかしいだろうし、ほどほどの格好はさせてやりたいところだが……。
「と、とにかくよ。ゆっくり選んで、好きなの買ってこいよ」
銀貨をもう一枚渡す。
「うん! やったね」
リスは俺から銀貨を受けとると、二枚を腰のポーチに、一枚を足首に巻いたサンダルのベルトの内側に、あとは手首のリストバンドの内側に忍ばせた。
「時間を決めて落ち合おう。北門の横の水場に、昼の鐘が鳴るころに」
「わかった」
商店街の並ぶ東大通りは賑やかで、商店も露店商も活気に溢れている。
馬車や魔導機関で動く車両は中央の舗装された道を行き交い、人々は左右の街路樹で仕切られた歩道を歩く。
王都の治安はおしなべて良い。貴族向けや庶民向けの学校、魔法を学ぶ学舎もあり、リスぐらいの年ごろの少年少女もふつうに出歩いている。
王政府は治安維持には力をいれ、衛兵も役人も街角に目を光らせている。
とはいえ、リスは出自やうちに転がり込んできた事情が特殊すぎる。
妙な連中に絡まれたり、面倒ごとに巻き込まれたりしなければいいが。
リスは俺の心配をよそに、ポニーテールに結わえた緋色の髪を揺らしながら、軽やかな足取りで雑踏の中へと消えていった。
「ま……心配ねぇか」
★
あたしはこの街を知っている。
というか、世界はここから始まった。
雑踏のなか、人混みを避けながら進む。
見上げるように高くそびえるお城。そのすぐ近くの建物の中であたしは生まれたのだ。
水槽に浮かんで目覚めたとき、頭のなかに言葉が流れ込んできた。命令じみた言葉の洪水が。まどろみのなか、それが世界のさまざまな知識だということに気がついた。そのなかに街の地図もあった。
水槽を出てからは、実験動物か病人みたいな扱いをされ、牢獄みたいな場所での暮らしが続いた。
ようやく解放されたと思った先は、気持ちの悪い貴族の屋敷。苦痛の日々が続いた……けれど、どんな痛みや苦しみの記憶も、時間と共に薄れてくる。
今の暮らしは好き。
鍛練で汗を流していると嫌なことも忘れられる。
トラが時々連れていってくれる冒険も楽しい。
魔女のアララールは不思議なひと。何でも見透かしているような瞳は深く、優しい。何ひとつあたしに尋ねずに受け入れてくれた。
二人にはとても感謝している。まぁ、とても口には出せないけど。
それよりもなによりも。
あたしは今、まさか「はじまりの街」をこうして自由に歩いている……!
記憶のある3ヶ月ばかりの間に、紆余曲折。いろいろなことがあったけれど、今は自由。
ちょっとした驚きと興奮を覚えている。
「お嬢さん、これどう? シルバーアクセサリー」
「夏の新作、入荷しましたよー!」
「冷やし果物ロール、美味しいよ!」
活気のある街並みを散策する。
人混みに紛れていると、なんともいえない不思議な感じがする。大勢の人間がいるのに孤独、孤独なのに寂しくない。通りかかるひとや、店先での会話や笑い声。ぜんぶが心地よくて、楽しい。
「あっ、これかわいい」
水色のワンピース。ラインが綺麗で白い縁取りが爽やかでかわいい。
……てか、似合わないか。よそ行きみたいだし。
「お嬢さん、きっと似合うヨ」
かわいい猫耳の店員さんが話しかけてきた。王都でたまに見かける半獣人さんだ。確か『古代の魔導師によって造られた作品の子孫』だとか。
たぶん、あたしも同じなんだ。
だったらせめてこんな猫耳が欲しかった。
「髪の色に合わないし……」
「大丈夫だと思うケド。だったら、こっちのヒマワリ色のも似合うかもネ!」
うっかわいい。黄色っぽい布地の色違い。
思わず心が揺れ動いたけれど、もう少し他の店をみてからにしよう。
猫耳さんに別れを告げて、別の店もみて回る。
どこもおしゃれだったり、上品だったり。
良いのは間違いないのだけど……。
「パーティにいくわけじゃなし、毎日街で過ごすわけじゃないからなー」
あたしは結構悩んだ。
最初の店で見た普段着が、やっぱり欲しい。
家であれを着て過ごしたら良いかも。アララールとお菓子作りをしたら楽しそう。
あ……。この悩みこそショッピングの醍醐味ね。
次の店は実用的な雰囲気の服が多かった。
旅や冒険に似合いそうな。丈夫な布地。スカートと上着に分かれている服に目を奪われる。
道具や武器、防具を装備しやすいようにベルトやポケットが多くあしらわれたデザイン。それでいて女の子が着ても良い感じのラインの可愛らしさもある。
「おぉ……かわいい!」
「気に入った? ウチは元冒険者のオーナーがデザイナーもやってるんだ。実用性と可愛らしさの両立をめざしているから、アクティブで輝く日々を過ごす人にはよく似合うよ!」
「アクティブ……」
元気の良い若い店員さんの言葉がどストライク。なるほどアクティブな日々ね。
欲しい。
値段は銀貨二枚。最初のワンピースは銀貨一枚。
アララールに頼まれた魔法の材料は、確か銀貨二枚以内で買えるらしい。
本当は下着も買わねばならないけど、ここはいっそ両方買っちゃおうか……。
いやいや、下着は欲しい。アララールのお下がりの下着はどれもセクシーすぎるのだ。透けていたり、両側が紐だったり、そもそも色が紫だったり……。
正直、今も紐みたいなパンツを穿いている。できれば普通のやつが欲しい。
でも……考えようによっては、下着は誰に見せるわけでもない。
今回は下着を我慢して、可愛いワンピースと実用的な冒険用おしゃれ服、両方ゲットするのがいい。
よし! きめた。
「これください!」
「まいどあり! 革手袋おまけしますね!」
「わ、指なしの手袋……!」
「かっこいいでしょ。拳のところに装備もできますよ」
嬉しい。なんか格闘家っぽい。
袋を抱えてウキウキで店を出る。
そしてそのまま最初のお店へ。ひまわり色の可愛いワンピースはまだ店頭に並んでいた。
「嬉しい、やっぱり買ってくれると思ってたヨ!」
猫耳の店員さんは喜んで、サービスしてくれるという。
「おまけしますネ! 本当は銀貨二枚購入のお客様むけだけど、靴下と下着、どちらか一枚プレゼントです」
「下着ください!」
なんとラッキー。
あたしは下着をゲットした。
猫のプリントがついたパンツを。
服のはいった紙袋を二つかかえ歩道を進む。
さて、アララールのお使いもすませなきゃ。
でも確か魔法用の素材を売っている市場は、大通りの一本裏手にある。カースマックス横丁だったはず。
すこし恐そうな場所だけど、昼間だし大丈夫。
あたしは路地に向けて歩きだした。
すこし人通りの少ない路地は、昼間ということもあり酔っぱらいも変態もいなさそう。
まぁいたところでブッとばせばいいのだけど。
細長く切り取られた路地の空を見上げながら進んで行くと、ちょっとオラついた見た目の二人組が、ちいさな背丈の少年に絡んでいた。細長い金髪ヤンキーとちりちり頭のデブヤンキーだ。
「オラ! いいからそれよこせってンァ!」
「ちょっと借りるだけだブフフ」
「だ、ダメです……これは大切な本で……」
路地裏あるある。
チンピラに絡まれる雑魚。
関わらないのがいちばん。関係ないし。か弱い女子だし。
「……」
あたしは、そしらぬ顔で後ろを通りすぎようとした。
「たっ、たすけてくださぃ……そこのひとぉ……」
はぁ!?
あたしに助けを求めてる?
情けない弱い声。ちらりと視線を向けると涙目で訴えている。
弱い……。それでも男か。
「ギャハハ! こいつ女に助け求めたぞ!?」
「嘘だろおまえヤべぇ、超やべぇ雑魚!」
あたしと同じ年ぐらいの男子だった。
黒髪で眼鏡をかけている。魔法学校かどこかの生徒だろうか。それなりに上等な制服を着ているわりに、ひょろくて、見るからに弱そう。
「うぎゅっ……!」
腹パンをうけて呻いて縮こまった。
分厚い本を三冊ほど胸に抱え、手放そうとしない。
「よこせって。本はオレらが質入れしてやんよ、金にしてさ、そこの彼女と遊ぶからさぁブヒヒ」
デブチンピラがあたしの方をチラリと見た。目玉をくり貫きたい。
「だめです、これは大事な……ものなんでぐあっ!」
黒髪メガネは腹を蹴られた。必死で、どうしても本をチンピラから守りたいみたいだった。
「……くそ弱」
あたしは足を止め、吐き捨てていた。
「ギャハハ、マジウケル! 女にも言われてやんの」
「弱すぎるって罪だぜブキュキュ!」
「お前らのことだよ、クソゴミ」




