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夏の夜のオリオンとトラペジウム

「……というのが嫁、アララールとの出会いだ」

「なんか想像してたのとちがう」

 一生懸命話してやったのに、リスは少々不満げだ。

 記憶を辿りながらだったおかげで、すっかり目も冴えちまった。


「何もちがわねぇよ。ドラゴンの正体は化けていた魔女。締め上げたら正体を現した。そういうこった」


 魔竜の正体は魔女だった。

 少々ややこしいが、魔女アララールは百年前の魔導大戦で「魔竜」として戦っていた魔女だった。

 魔導師と魔法師どちらの陣営にも属さない、ドラゴン側らしいが……。


「てことは百歳以上!?」

「年齢のことはツッこむなよ」

「う、うん」

「遺跡で眠らされて石みてぇに眠っていて、百年分はノーカウントだってキレっからな」

「わ……わかった」

 

 ちなみに、本当の年齢はわからない。

 じつは二百歳とか三百歳なんじゃないかと、ラグロース・グロスカが勘ぐったところ、すごい笑顔で睨まれて死にかけていた。


 兎に角だ。

 竜に変化する魔法を使う、希代の魔女それがアララール。

 アララールはドラゴンに変身した姿で、遺跡に封印されていたらしい。

 それまでの経緯、記憶も失っていた。


 事情など知らぬ俺たちはドラゴン退治だとばかり、死ぬ気で戦った。

 俺に首を絞められ、竜化の魔法が強制的に解呪されたのだ。


「……感謝します、勇者様」

「お、俺は勇者でもなんでもねぇ!」

 結果的に救った形になったわけだが、俺は深く感謝されちまった。

 行くあても知り合いもいない彼女を、俺たちはしばらく保護し行動を共にすることにした。

 まぁ当然の成り行きさ。


「肝心なのはそこからでしょ!? 仲良くなってお付き合いする……みたいな、経緯とか心の動きが知りたいわけ。わかる?」

「んー? あとは……まぁいろいろあって、なんとなく成り行きでいい感じになって今に至るんだよ」


 まぁ、いろいろあったがな。詳しく話すのもめんどくさいし、何より照れくさい。


「ばっ……かじゃないの!?」

「うわ、何キレてんだよ」

「あのね、だったら『ドラゴンを倒したら正体は魔女だった』からのスタートでよくない!? パーティ構成とかバトルとか、前置きが長すぎっ……て構成下手か!」

 リスが目をギンギンさせてツッこんできた。

 構成とか言われてもな。

「俺は吟遊詩人でもねぇ」

「トラのばか、一番聞きたいのは『記憶を半ば失い、心を閉ざしていた魔女と次第に心を通わせ……恋に落ちた』みたいな! そこよ! そういう二人の気持ちと関係が変化して湯行く……みたいなのを聞きたかったの!」

「わ、わかったよ」

 部屋にあった乙女小説でも読んでたのか?

 めんどくさいやつめ。子守唄代わりにするつもりがエキサイトさせちまった。

 まぁ……言われてみればギルドの女どもの恋話(コイバナ)ばっかりしてやがったな。


「わかつたらやり直し! ここから話して。くわしく、朝まで!」

「いいかげんにしろ、もう寝ろ」

 その調子なら幽霊も平気だろ。

「えーっ!?」


 だが、おかげで十年前のことを思い出した。

 アララールがある日、俺に言った言葉だ。


 ――トラリオン、貴方の魂をください。永久(とわ)の闇を生きる私に。


 それは魔女の「呪い」かと思った。

 悠久の時を生きる魔女、竜と同格の魔女を絞め殺しかけた、呪い。

 だが違っていた。

 あのときの言葉通り、アララールはずっと俺の側にいる。


 十年前、昼間は影のように俺の背後に潜み、夜になると姿を現す。

 仲間たちは「憑りつかれている」と気味悪がったが、俺は気にしなかった。


『古き書物を調べまくったところ、彼女は月と星の力をつかさどる星辰の魔女、原初の……始祖の魔女の一人! フハハ! 素晴らしいですよトラリオン!」

 ラグロース・グロスカは段々と狂った顔つきになり、アララールをどうにかしようとしていたが。

 結局俺の影に潜む魔女をどうにもできなかった。


 やがて俺もアララールに魅いられた。

 夜になるといろいろな話をした。

 天真爛漫なようで、無垢。それなのに老獪さと深い知性を感じさせる不思議な魔女。

 微笑み、時おり見せる強さや、優しさに惹かれていた。

 月並みな言葉で言うなら……惚れたのだ。


 辛く悩めるときも、病めるときも。

 そして満ち足りて楽しいときも。

 いくつもの冒険と夜を越え、共に同じ時間を過ごし、言葉を交わし心を通わせた。


 ――愛しています

 ――俺も愛している


 くそ……とんだ呪いだ。

 魂を縛りつける心地よい呪い。

 最後の瞬間に魂を喰らうつもりなら、好きにするがいい。

 ずっと一緒にいるって決めたんだからよ。


「……あら? なんだか楽しい声が聞こえると思ったら。ふたりともまだ起きていたの?」

 ひょっこりとアララールが部屋を覗き込んだ。

 普段着の魔女は、栗色の長い髪を下ろしている。

 リスが駆け寄りアララールの腕に抱きつく。


「トラに聞いていたの。二人の出会いとか」

「あっ、こら余計なことを言うんじゃない」

「いいじゃないのトラくん」

 うふふ、とまんざらでもない様子。

 夜も更けつつあるが、目が冴えちまった。

 だが延々と恋バナをされても困るので、三人で外の空気を吸わねぇかと誘ってみた。

 ドアを開け、夜の世界へと踏み出す。


「あ……夜の湿った匂い」

「そうだな」

 とたんに夜気(やき)に包まれる。

 冷たく湿った夜の空気は嫌いじゃない。


「本当はね、子供が夜に外に出ちゃいけないのよ」

「魔物に食われちまうんだぜ」

「なにそれ、アホくさ」

 リスはアララールの腕にしがみついてる。


「なんでぇ、幽霊を怖がっていたくせに」

「ちょっと驚いただけよ」

 嘘つけ。普通に震えてたじゃねぇか。

 今だってしっかりアララールと手を繋いでいる。


「手を放さないでね」

 魔女の囁きは忠告のようにも聞こえた。リスは素直に小さく頷いていた。


 俺が先頭に庭を抜ける。

 周囲は暗く、後ろを歩くアララールとリスを確かめる。

「足元に気を付けろよ」

「平気、夜の住人よ」

「そうだな」

 動物か魔物の遠吠えが聞こえてきた。耳を澄ますと虫の雑音。


 暗闇が支配する夜の世界に俺たちは踏み込んでいる。

 庭先の、まだ敷地の内側にいるというのに、まるで夜は別世界に感じられた。


 振り返ると、闇の中に家のシルエットが浮かんでいた。

 窓の内側から暖炉の炎による明かりがゆらいでいる。星々の海、そこだけが闇の中に浮かぶ島のように思えた。

 暗闇の向こうで時おり赤い光が瞬く。魔獣か、魔物か……。


「トラ、あんまり遠くにいかないで!」

 不意にリスの声がした。

 訴えるような言葉にはっとして歩みを止める。

 気がつくと俺は一人だけで敷地の外に出ようとしていた。

 闇の向こうは人を喰らう魔物の領域だ。


「すまない」

 踵を返し、ゆっくりと二人の方へと戻る。

 アララールとリスは畑の近くで立ち止まって待っていた。

 リスはあいかわらずぎゅっと魔女の腕にしがみつき身を寄せている。


「奥さんを置いていく気? ひどっ」

 にふざけた調子で言いながら、リスは俺の手をひっぱった。

 熱を帯びた指先が俺の手をアララールに導く。

「ダメよトラくん」

「別にどこにも行きやしないさ」

 闇のなかそっとアララールの手を握る。

「うはっ」

 リスが小さく喜んで目を輝かせる。なんなんだ。


「今日は新月ね」

 アララールの声に夜空を見上げる。リスも暗い空を見上げた。


「わ……! すごい」

 満天の星空だ。

 色とりどりの宝石箱をひっくり返したような星々が輝いていた。

 天の半分を埋め尽くすような白い帯は、死者の魂が流れ、流転する川なのだという。

 すこし低い空には赤い雲のような星の雲。青い宝石のように輝く星の群れもある。

「今夜は星がよく見えるな」


「……あれって……!?」

 リスはなにか不思議なものでも見つけたかのように声をあげた。

 星を食い入るように見つめている。

「どうしたリス?」


「あの三つ並んだ青い星! オリオンのベルトじゃない!?」

 俺は首をかしげた。リスの言っている言葉の意味がまるでわからなかった。

 オリオン? ベルト? なんのことだ。


「ちょっとまって……じゃぁ、あの下で光っている赤っぽい雲は、オリオン星雲? 中心の星は……トラペジオン……ここにも……あったんだ」


「リスは星の名前に詳しいのか、すごいな。どこで覚えたんだ?」

「たぶん……前の世界の記憶だと思う。けど……星が好きで……だから覚えてるの」


「リスの魂は、とても遠くから来たのね」

 アララールがリスの髪を撫でた。


「でも……どうしてオリオン星雲が、あんなに大きく見えるの……? 形もなんか違う」

 リスは恐怖とも感動ともつかない声を漏らす。

 あいにく、感動を分かち合えるほど星には詳しくない。

 リスは星を捕まえるように手を伸ばしている。


「アララールは星のこと、わかるか?」

 声をかけるとしばらく考えていた様子だったが、やがて口を開いた。


「……オリオンは古代エルフ神話に出てくる神様の名前で、たしか『星を渡る船と神様』が知恵と魔法を人類に授けてくれた……みたいなお話よ」

「神話か」

 なんとも壮大な話らしい。

「私の知っているオリオンのお話とすこし違うかも」

「不思議ね、同じ星なのに」

「じゃぁ、トラペジオンは?」

 リスが赤い星の雲の内側で、ひときわ輝く青い星々を指差す。

「彷徨える魂はトラペジオンの向こうから来る……だったかしら」

「魂の……星」

 死者の魂が流転するという天空の白い川。

 青白く輝くトラペジオンと、赤い霞のように広がるオリオン。


「私たちもどこか遠い星の世界から来たのかもしれないわね……なんて」

「壮大な話だな、星なのによ」

「何よトラはロマンが無いわね」

「しかたねぇだろ」


 リスは俺も知らない古代の神話を知っている。

 不思議だが、そういうこともあるのだろう。

 嫁はドラゴンにもなれる魔女だ。リスがなんだって今さらなんの不思議でもねぇ。


 今、俺たちはここにいる。

 いつの間にかアララールと俺の間にリスが挟まっていた。

 互いの体温が心地よい。

 リスは何も言わずに静かに星空を見上げていた。


「魂が連れていかれそうだ」

 思わずつぶやく。

「……眠くなった」

 リスが目をこすった。

「子供は寝る時間だぜ」

「帰りましょ。冷えるといけないわ」

 俺たちは星の世界に別れを告げ、家に戻る。


 リスがオリオンと呼んだ星々は、静かに瞬き続けていた。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[一言] あっ、トラさん一目惚れじゃなかった…… けど無意識ではきっと!(しつこい) この世界の秘密に触れた回。地球ともなにかつながりが? 興味深いです!
[一言] >「百年……てことは百歳以上!?」 「石みたいになって眠らされていたらしいから、百年分はノーカウントらしいぜ……百年分はノーカウントらしいぜ」 「う、うん……わかった。うん、わかったよ」
[一言] >オリオン座  所変われば品変わると申しますが、こちらではなんともロマン溢れる"神話"になっているようですねぇ(笑)  オリオンが”知恵と魔法を授ける神”であるならば、さそり座の元になった…
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