寝物語の竜と魔女 ~トラリオンの回想
「聞かせてよ、トラとアララールの馴れ初め」
夜の薄明かりの中でリスは囁いた。
とはいえ何から話せばいいのだ。少々面倒なんだよな。
「ううむ……」
「照れないでさ、教えてよ。なんでトラみたいなのとあんな美人なひとが?」
「みたいなとか失礼な」
「だってそうじゃん」
幽霊が怖いと寝台に潜り込んできたくせに、口だけは達者なやつめ。毛布の中で寄り添ったまま、出ていく気はないらしい。
「話せば部屋に戻るか?」
「考えとくからはやくー」
仕方ない、話してやるか。
「……あれは、十年ほど前になるかな」
「うんうん」
――当時の俺は、血気盛んだった。
気力も体力も漲っていたし、毎日のように様々なクエストに参加し仕事をこなしていた。
定番のゴブリン討伐。
畑を荒らす害獣の駆除。
街道筋に出没する盗賊の捕縛。
意外と多かったのが、対人戦だ。王国転覆を企む謎のテロリスト、自称魔王軍の『魔王レンヴォ恋慕連』という迷惑な連中の掃討戦……。
ギルドは今よりずっと忙しかったし、いろいろカオスだった。
その当時、行動を共にしていたのが『刃こぼれ上等』というパーティだった。
リーダーは熱血バカな戦士ビエナ。その双子の弟で剣士、冷静沈着なシエナが中心メンバー。
それに弓術士の少女シャル、戦士見習いの少年リヒトール、ベテラン魔法師のラグロール・グロスカ。他にも見習い魔女ベロシアという治癒師もいた。
そして俺、関節技師のトラリオン・ボルタ。
「ぷふっ……! 関節技師って、そのメンバーだとマッサージ師みたい」
「いってろ。おまえも関節技師の弟子だ」
「なりたいって言った覚えはないけど……」
まぁいい。
俺たちは風の向くまま気の向くままにクエストを受けた。
主に金のためだが、時には美人な依頼人に頼まれて人助け。あるいは義理と人情を理由に。
理由は様々だったが、クエストに参加し依頼をクリアしてきた。
みんな強かったし、連携も取れていた。バランスのとれた良いパーティだった。
そんな中でも俺の格闘術『関節技』に特化したスキルは重宝された。通常の戦闘はもとより、乱戦、混戦時に強かったからだ。
狭いダンジョンの中や室内での接近戦は特に。
武器に頼らず、身軽で素早く動ける。
密着状態から敵を無力化できる。
他の連中は、魔物や人間の敵に組み付かれると対応が難しい。そのまま噛み殺されるか、ナイフで甲冑の隙間を狙われてしまう。
戦士の大剣は邪魔になり、弓術師もお手上げだ。魔法師は呪文詠唱さえする暇がねぇ。
「そこで俺が活躍するわけだ」
「ふんふん?」
リスは身を乗り出すように聞き入っている。
やはり冒険譚は口承でも想像力をかきたてられる。子供にとって興味が尽きないだろう。
「敵はパーティの前衛後衛の垣根なんて無視して襲ってくる。そこを自在に動き回り、関節技で瞬時にキメるのが役目だった」
「……すごいけど、前置きいつまで続くの?」
「だまってきけよ」
「ねぇ、パーティにアララールが参加するの?」
「ちょっとちがうな、まぁ順を追って話すから」
「うん!」
そんなある日のことさ。
王都からずっと東の森林地帯の最深部、古代遺跡の点在する谷で「魔竜が出た」との噂が流れた。
「魔竜?」
「あぁ、滅んじまった幻のドラゴンだ」
真の竜、超古代から生きているドラゴンの類は滅んだとされている。
そのなかでも「魔竜」は伝説級。魔法を操る邪悪で危険なドラゴンとされていた。
ドラゴンは百年ほど前に起こった魔導大戦――魔導師と魔法師の対立による戦争――で使役され、ほとんどが死んでしまったとされている。
「それでも、ごく少数のドラゴンは生き延びて、どこか人目のつかない場所で今も生きているらしいがな。たまーに見たとか噂はある」
「ふうん……。ところで魔導師と魔法師って何が違うの? なんで戦争したの?」
「言わなかったっけか? 生まれつきの魔法使い、天賦の才能の持ち主が『魔導師』だよ。対して、魔石を埋め込んだり飲み込んだり、後から魔法の力を身に付けた魔法使いが『魔法師』ってんだ。これ、言い間違えると連中マジギレするから。だから戦争なんてしたんだろ」
詳しくはしらんが。だいたい察しはつく。
「あはは、めんどくさ」
「ちなみに女性の場合は魔女、男は魔法使いと呼んでおけばいい。だいたい丸く収まる」
「ややこしいし」
話はここからだ。
俺たち『歯こぼれ上等』は森の奥へと向かった。
依頼はニセ魔王軍の『魔王レンヴォ恋慕連』の一派の追撃戦。
どうやら連中はドラゴンを捕まえて使役しようと企んでいたらしい。王国からは『魔王レンヴォ恋慕連』の戦闘パーティ数個の追撃と、あわよくばドラゴンを捕獲せよとの指示が出た。
他にも数パーティが遺跡のある谷へと向かった。
詳しい冒険と戦いの経緯は、話しだせば数日はかかるだろう。
『魔王レンヴォ恋慕連』の連中は自称魔族――魔石で自己改造した魔法剣士、みたいなイカレた野郎が多かったし。
「そして、俺たちはついに魔竜と遭遇した」
「うんうん!」
リスの瞳が闇の中で輝いた。
そこは深い森の奥、苔むした巨大な石が重なった遺跡の近くだった。
黒光りする鱗に覆われたドラゴンは、長大な尾を持つトカゲのような怪物だった。
後ろ足で立って歩き、背中にはコウモリのような羽があるが飛べるかはわからない。正確には覚えていないが、顔は馬よりも大きく、身の丈は7、8メルはあっただろう。
ルビーのように燃える色の眼に、鋭い牙の並んだ大アゴ。悪魔みたいな角が二本頭から生えていて、首の後ろから背中にかけても、ノコギリみたいなトゲが並んでいた。
「すごいね、おとぎ話に出てくるドラゴンそのものじゃん!」
「確かにな。実際、俺たちはその姿に圧倒された。魔物や野獣なんて言葉じゃあらわせねぇ。圧倒的な強さを誇る神々しさを感じたものさ」
「強かった?」
「強いなんてもんじゃねぇ、先客がもう全滅してたからな」
ドラゴンの周囲には十人近い『魔王レンヴォ恋慕連』の連中が倒れていた。
死亡か戦闘不能か。魔竜に挑み敗北したのだ。
「ぐ、ぐはぁ!?」
最後まで立っていた魔法戦士がブッ飛ばされると、次はいよいよ俺たちの番だった。
倒すか倒されるか。
生死をかけたバトルが始まった。
「どわぁ熱ッちぃ!?」
ドラゴンは火炎のブレスを吐いた。
魔法で制御された炎は自在だった。矢のように鋭く飛んで爆発したかと思えば、細い光線のように絞った炎でなぎ払う。
なんとか戦士ビエナや剣士シエナがブレスを避けて肉薄し、剣撃を叩き込む。
「くっ、硬ぇ!?」
「突きで攻撃だ、兄さん!」
「だめだ、通じねぇ……!」
硬い鱗に阻まれ、致命傷を与えられない。
「私の魔法も拒まれますね。流石はドラゴン、といったところでしょうか」
「魔法も効かねぇのかよ!?」
リーダーがツッ込みをいれる。
「強固な魔法防御結界の全方位、常時展開とは……驚きです」
魔法師ラグロール・グロスカも冷静を装っていたが、かなり狼狽していた。得意の『光の矢』や『氷柱の嵐』など魔法がことごとく通じない。
「矢の軌道も曲がっちゃうし!?」
弓術士シャルが矢でドラゴンの眼を狙うが、命中せずにあらぬ方向へと飛んでいってしまう。周囲の結界は、あらゆる攻撃に対し機能するものだった。
「こりゃぁ、やばいぜ……!」
俺は見習いの剣士や治癒師を護っていた。
「トラリオンさん、なんとかなりませんか!?」
「そうですよ、トラさんなら……」
「そう言われてもなぁ」
関節をキメるとかいう次元の相手ではなかった。
脚は馬の胴体よりも太く、尻尾は巨大な蛇だ。関節技ではダメージを与えられ……ん?
首だけが唯一、腕が回りそうだった。
絞め技なら……。
俺はそんなことを考えていた。
死屍累々の『魔王レンヴォ恋慕連』のパーティを眺め、いくぶんドラゴンの体力や魔力を削ってくれていることを期待したが、望みは薄そうだ。
次は自分達も死体の仲間入りか……と覚悟を決めたが、そもそも無理をせず撤退する手もあった。
だが――。
「よおしトラリオン! 俺たちが全力、フルパワー攻撃で血路を切り開く! おまえが止めをさせ!」
熱血バカのリーダー、ビエナが笑顔で白い歯を輝かせ叫ぶと、皆が一斉に俺を見た。
皆は良い考えだとばかりに頷いた。
「お、俺かよ!?」
確かに剣による斬撃、突きは効果が薄い。魔法攻撃も通じない。となれば近接格闘戦……となるが。
相手はドラゴンだぞ、正気じゃねぇ。
「トラならできる!」
「信じてるぜトラリオン!」
「あたいもトラを信じるよ!」
「仕方ありませんね、私の全魔力で……」
以心伝心。良いパーティだぜまったく。
「あ、あぁ……」
こうなりゃヤケだ。
逃げ出すわけにも行かないし、どのみち倒せば金になる。命あってのものだねだが。
仲間たちが一斉攻撃を仕掛けた。
ラグロール・グロスカが全方位からの魔法弾による攻撃を、同時着弾させて結界を中和する。
一瞬の隙をつき放ったシャルの矢が、ドラゴンの舌を貫いた。悲鳴をあげるドラゴンに肉薄した双子の兄弟戦士が斬りつけると巨体がグラリと姿勢を崩す。
「「「「「いまだ!」」」」」
ドラゴンが怒りに任せ、メチャクチャなブレスを吐いた。
仲間たちが爆発に巻き込まれ吹き飛ばされる。
「ずおりゃぁあああ!」
俺はドラゴンのブレスの火炎を避け、背中をかけ上った。
鱗は滑りやがったが、手足を使いがむしゃらに。背中の羽を蹴飛ばし、首につかみかかる。
『グゴァオオオオオオオ!?』
腕を回せる場所は一ヶ所だけ。
ドラゴンの首の、喉元だ。
両腕を回し、ガッチリとホールドする。
ネック・ホールド、首絞めだ。
「おとなしくしやがれ……!」
『グガゴァアア!』
ドラゴンは怒り、暴れまくった。長い尻尾を振り回して遺跡の壁をぶち壊し、頭の角が俺の身体に突き刺さった。だがヤツの腕も尻尾も俺には届かない。
首の真後ろは完全な死角だった。
トゲのような角が痛いが、耐える。全身全霊、渾身の力で締め上げた。
「うぐおりゃぁああ……!」
『ガ……ヒュウグウウッ……グ……ゴ……!』
どれくらい時間が経っただろう。
ドラゴンが静になり、膝を折った。
気がつくと口から泡を吐き、白目を剥いている。
ズズ……ズズン……! と地鳴りを響かせながら巨体が崩れおちた。
「や、やりやがったぁあ!」
「さすがトラリオン!」
「ドラゴンを絞め殺したぁああ!?」
「やれやれ……とんでもない男ですよ」
仲間たちはかろうじて生きていた。治癒師が必死で治療をしていたが、すでに戦えるのは俺だけだった。
仕留めなければ全滅は免れなかった。
「す、すごい……! トラが竜を絞め殺したって……マジだったんだ!」
「まぁな」
リスはすでに興奮し、寝台の上に正座して聴き入っていた。俺も眼が冴えちまった。
起き上がり、ここからの続きを話す。
そして勝利の喜びを分かち合い、さて……戦利品のドラゴンの死体をどうやって運ぼうか。そう思ったときだった。
光の粒子がドラゴンの体から涌き上がり、全体を包み込んだ。
俺たちはただ驚き見守るなか、光の粒子と共にドラゴンの姿は消え――。
「女がそこに倒れていた」
「えっ……!? まさか、それって」
「あぁ、魔女さ。古めかしい呪術法衣を着た、美しい魔女がそこにいたんだ」
色褪せたドラゴンの頭蓋骨を被り、気を失っていた。
俺たちは、唖然呆然としていた。
ドラゴンが魔女になったのか、魔女がドラゴンに化けていたのか。それはわからないが。
「お、おい……」
「……ここは……?」
俺が声をかけると、魔女は静に目を開けた。
青い宝石みたいな瞳だった。
綺麗だと思った。
それが、魔女アララールとの出会いだった。




