楽しい我が家と、夜の物語
クエストを終えて家に戻ってきたのは、すっかり日も暮れてからだった。
昼間の暑さが嘘のように気温が下がっていたが、流石のリスも空腹と疲れのせいか元気がない。
「家についたぞリス」
「あ……うん」
暗がりの向こうに家の明かりが見えた。
付近に民家は無く、闇に浮かんだ一軒家だ。
玄関ドアを開けて入ると、柔らかなランプの明かりと暖炉の炎にほっとする。
「おぅ、帰って来たぜ!」
「おかえり二人とも、晩ごはんできてるわよー」
アララールが出迎えてくれた。
エプロン姿の魔女、見た目は若妻だ。
「た、ただいま」
リスは少し照れくさそうに言った。
「トラくんもリスちゃんもおかえり。無事でよかったわ、冒険は楽しかった?」
「うん!」
リスはアララールに素直な笑顔をみせた。煮込み料理の香りに思わず腹の虫が鳴く。
「とにかく腹が減ったぜ」
「ご飯より先にシャワー浴びてきたら?」
「おう、そうだな」
だが、ここは俺よりもまずはリスが先か。ゴブリンの血が付いたまま食事するのはよろしくない。
「疲れたぁ、ボロ家おちつくー」
「ボロ屋のシャワーを浴びてこい」
「あーい」
ソファに飛び込んで倒れこんでいたリスは、面倒くさげに手をあげた。
リスがシャワー室に消えると、アララールがハグしてきた。
「トラくん。最初にただいまのキスをする約束でしょ?」
甘えた声で見上げてくる。
「いっ、リスがいただろ」
「平気よ、そういうのも勉強のお年頃だから」
「めんどくさい年頃だな」
――。
リスにとってはじめての冒険、ゴブリン退治のクエストは幕を閉じた。
多少のトラブルはあったが良い経験になっただろう。
稼ぎは二人合わせて金貨十枚。庭で採れる野菜とあわせ、当面ご飯を食べていくには十分だろう。
「あたしの稼いだ分のお金、ちょうだい」
シャワーを浴び終えたリスが、濡れた髪をバスタオルで拭きながら手のひらを向けてきた。
「生活費として没収だ」
「ひどいっ最低! 児童搾取で王政府の児童福祉窓口に訴えてやる!」
キャンキャンと吠えまくるが例の貴族をまず訴えろ、と言いかけてがやめた。
「冗談だよ、リスにも小遣いをやる」
「ダメ、全額ちょうだい」
うぐぐ、こいつめ。
アララールもくすくす笑っている。
「仕方ねぇ、ほら金貨五枚。おまえの稼ぎだ」
俺はリスの師匠だが、冒険の報酬まで受けとるのは確かに筋が違う。一人前の稼ぎはそのまま渡そう。
「すごい、これが金貨……重いのね」
五枚の金貨を受け取り、リスは瞳を輝かせた。
初めて見たのか? 手にのせた金貨の重みを確かめ喜んでいる。
「価値がわかってるのか?」
「わかんないから……食費に使ってください」
リスはアララールに五枚の金貨を渡そうとした。けれど、
「それはリスちゃんのだから大事にとっておいて」
「……はい!」
「でもね、町で女の子が金貨なんて持ち歩いたらダメ。悪い人が来ちゃうからね。トラくんに銀貨か銅貨に換金してもらうといいわ」
「わかりました」
いちいちアララールには素直なリス。
魔女を怖がるでもなくお姉さんとして慕っている感じだ。
ちなみにアララールの忠告は正しい。
町のゴロツキ連中には魔法師崩れもいて「黄金」の反応を嗅ぎ付ける魔法で、強盗の手助けをするクズがいるからだ。
俺もシャワーを浴び、普段着に着替える。
「トラくーん。ソファにうつ伏せになって」
「あっ、お願いします」
思わずアララールに敬語を使う。
「特製の湿布薬を貼るわね。腰……痛めたでしょ?」
「すまねぇ、持病だからな。歳には勝てんぜ」
長い髪をひとつに結い、エプロン姿で主婦のようだが、調薬もおまかせの優秀な魔女だ。
いろいろな薬草と鉱石を練った湿布薬は腰の痛みに良く効く。
これを売り出したら儲かるんじゃないか? と言ったことがあったが俺用に調合しているので無理だそうだ。
冷たい湿布薬が腰に貼り付けられた。
「ひゃう」
「はいっ、これでおわり」
「きゃはは、ジジくさー!」
「うるせぇ」
リスが俺の情けない姿をみてケラケラ笑っている。あぁエール酒をガブ飲みしてぇ。
「そうそう、配信動画を『冒険者ちゃんねる』で視たわよ。ちゃーんと、トラくんとリスちゃんの冒険も見れたんだから!」
魔法道具は苦手だと言っていたが、動画を見てくれていたようだ。
「たくさんの動画の中からよく見つけたな」
「だって『格闘戦』で検索すると、昔のトラくん動画とか出てくるもの」
「そ、そうなのか?」
話題の動画は配信されているが、あのクズパーティも魔法の動画を配信していたな。
全滅寸前だったが、人気が出たのか?
「リスちゃんも話題になってたわ。緋色の髪の子ががんばってたって」
「リスはゴブリンズクイーンの脳天を蹴りでブチ割ったからな」
「えへへ、割っちゃった」
「割っちゃった、じゃねぇよ」
卵の殻みてぇに軽々とあのバケモンの頭蓋骨を砕きやがって。
「変ねぇ? その場面は無かったわ」
アララールが小首をかしげる。
「あぁ、それあ残酷シーンだから検閲でカットされたのかもな」
討伐クエストの映像中継は、お子さまも視聴する冒険映像だからな。
「さぁ、ごはんにしましょ!」
アララール特製の手料理が食卓に並べられてゆく。
リスも手伝ったので手早く準備ができた。
台所にアララールと並んでいると母と娘みたいに思えてくる。いや、見た目だけなら姉妹みたいだが、褒めるとアララールも調子の乗るのでやめておこう。
三人で食卓を囲み、アララール特製の煮込みシチューや、挽き肉のパティを頬張る。
リスは美味い美味いと勢いよく食べまくる。俺も負けてられん、競争のように食わねば無くなってしまいそうだ。
「ふたりとも良い食べっぷりね、なんか似てるわ」
「いっしょにすんな」
「に、似てないもん」
アララールが俺とリスを見て微笑んでいる。
うむ、なんだこの感じ。三人での団らんがとても居心地がよい。
アララールと二人だけの時よりも会話が弾む。笑い声が絶えない。なんというか、まるで家族みたいだ。
くそ何かの間違いだ。発酵しすぎたエール酒のせいか?
「ねぇ、なんでウチでとれた野菜には顔があるの?」
リスが自然とウチと言ったことに、俺は内心ハッとした。
そうか。ここはもうリスにとっての居場所になったのだ。
それなら俺たちは……。エール酒のジョッキをあおる。
「野菜のお顔は、私のせいかもー」
アララールが手をあげて、てへぺろという顔をする。
食卓にデザート代わりにと積まれたトマト。
ひとつを手にとってリスが眺める。艶やかな赤い表面には、男の顔が凹凸となり浮かんでいた。
「ちょっと怖いんだけど……食べて平気?」
「もちろんよー。私が魔力回復のためにここに結界を張って……巣ごもりしているの。その関係でちょこっ……とだけ土地に呪術をかけてるから。霊魂が囚われて、霊障みたいなもよ。人に害はないから安心して」
改めて聞くとそれは安心していいのか?
「れ、霊障……」
「依りしろを求めて集まってきた浮遊霊が憑りつくの。果実とか野菜とかに顔が浮かぶのはそのせい。あっ、魔法ではよくあることだからねっ」
「ねっ、じゃねぇよ」
「ちなみによく見ると顔が全部違うのよ」
慣れてきたが、魔法師が聞いたら卒倒しそうな話だな。
影響ありまくりだろ。
「ふーん? 味は美味しいから気にしないことにする」
リスは微妙な表情で、顔の浮かんだトマトをかじった。男の顔が一瞬歪み、ぶちゅっと赤い汁が流れた。
俺は気にしていないが、リスは最初の日からちょっとこの家にビビっている。
普段は強気で生意気なくせに、実体のない霊的なものは苦手らしい。くくく、それがリスの弱点か。
「そうだ、次のクエストは『夜勤』になるかもしれねぇ」
「夜勤てなに?」
リスがトマトを頬張ったまま聞いてきた。
以前いた大手ギルド『モンスタァ★フレンズ』から魔法の通信で連絡があった。
夜勤のクエストがひとつあるとのことだった。まだ返事はしていないが。
「夜勤てのはは、呪われた場所や建物を浄化するクエストだ。動く死体、ゾンビや呪いの鎧なんかの相手をするんだよ」
「いやぁ!?」
リスがへんな声をあげた。
「ゾンビは臭いし汚いから触れたくねぇが、関節をはずせば無力化できるぜ。だがよ、流石に死霊や幽霊に格闘技は使えねぇから、苦労するぜ」
幽霊は魔法師とかに任せて、俺は主に動く死体や鎧の魔物の相手をする。
ちなみにゾンビに噛みつかれると翌日熱が出るし嫌なんだよな。
ま、動きは鈍いし、首を折るか手足の関節を外せばいいだけなのだが。
「ああわわ……」
リスは青ざめている。おもしれぇなコイツ。
「つぅわけで戦士や魔法師の護衛の役目だが……リスも行くか?」
「ぜったい行かないっ!」
リスは涙目で叫んだ。
気が付くと夜もだいぶ更けていた。
リスは歯磨きをして自分の部屋へ。
俺とアララールはしばらく二人でのんびりしていたが流石に眠くなった。
アララール曰く、新月なので魔法の儀式と魔法薬の調合をしたいと自室へともどっていった。
俺はひとりソファで二本目のエール酒をあおる。
「……んぐー」
やべぇ寝落ちしそうだ。
どれくらい時間が経っただろう。
どたばたと走る音がして、リスがリビングダイニングの戻ってきた。
「な、なんだどうした?」
「……出た!」
リスだった。
寝巻き姿のままソファに飛び恩できた俺の横で丸くなる。ソファの背もたれで身を隠しガクガク震えている。
「なんだよ、何がでた?」
「おばけ! 幽霊! やばいのが出たの」
「怒るか怖がるかどっちかにしろよ」
「……気配がして目を開けたら、あ……青白い顔の。男と子供が……立っててあたしを見下ろしてて……いやぁあああ!?」
「出るならむしろ頭割られたゴブリンズ・クイーンの悪霊だろ」
「それはそれで嫌ぁああ!」
ゴブリンズ・クイーンは怖くないのに、幽霊は怖いのか。基準がよくわからん。
ポカポカ俺の背中を叩くリス。
む……? 気持ちいいぞ。もうちょい右だ。
「俺もたまに見るが、やるかコラ? と睨めば消えるぞ」
「そんな除霊できるのはトラだけよ!」
「リスも飛び蹴りくらわせろよ」
「一人でバカみたいじゃないの」
それだけ元気なら大丈夫だろ。
原因はアララールの説明どおり、魔術だか結界の関係だろう。霊魂だか死霊だかしらないが。
「とにかく、子供じゃないんだから自分の部屋で寝な」
ソファから動こうとしない。
「…………ったく」
まぁしばらくはいいか。なんか小動物みたいにあったけぇし。
「……そうだ、なにかお話ししてよ」
すこしすると落ち着いたのか、リスが猫みたいな瞳でじっと見つめている。
何を話せばいいんだ。眠くなってきたんだが。
「話? ゾンビの倒しかたはな」
「ちがうわよバカ」
「じゃぁなんだよ」
「アララールとトラのなれそめの話……とか」
「俺とアララールの?」
「うん!」
そんなのが聞きたいのか?
なにも話していなかったな。
まぁ気分もいいし、話してもいいか。
「俺とアララールの出会いは……」
そう、あれはもう10年以上前のことだ。
<つづく>