クエスト完了と帰り道
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少女の見事な「踵落とし」がゴブリンズ・クイーンの脳天を叩き割った。
ギルドや酒場では無修正の無修正の映像が流れているが、一般家庭や王侯貴族向けの映像では「黒い光」の検閲済みエフェクトで、ゴブリンズクイーンの頭が破裂する残虐シーンは隠されていただろう。
「や……やりやがった!」
「一撃で……脳天を蹴り割った」
魔法映像投射装置が映す画面の中で、巨大な怪物がゆっくりと崩れ落ちてゆく。
素手で魔物と戦うトラリオンが動きを封じ、荷物持ちだったはずの少女がトドメを刺した。
「素手でゴブリンズ・クイーンを仕留めやがった!」
「あの赤毛の娘、何者だ!?」
「トラリオンと連携攻撃、まさか……娘か?」
「そういや嫁さんいたよな、アイツ」
師匠と弟子の見事な連携攻撃にギルド内は騒然となった。
中継映像を見ていた冒険者達が拍手喝采する。
『ごるぁ! ゴブリンどもまだやっかオラァ!?』
トラリオンがゴブリンズクイーンの亡骸を踏みつけ、野獣のように吠える。
『うぉおお、蹴っ飛ばすぞコラァ!』
リスまでが叫ぶと、他のゴブリンたちは怯み徐々に後ずさった。
頭目を失った群れは敗走、森の奥へと逃げ去ってゆく。
「『竜殺し』のトラリオンと連携攻撃とは、ただの少女じゃないな」
「あの威力、普通の蹴りじゃない。何かしらのスキルを使った可能性もあるぜ」
ギルマスのニボルとAランクの戦士リジュールは冷静に分析する。
格闘戦で名を馳せたトラリオンが、ゴブリンズ・クイーンの動きを封じていたにせよ、魔物の硬い頭蓋骨を蹴りで破砕するなど、普通の少女に出来る芸当ではない。
「全滅回避かよ、つまんねぇな!」
「賭けに負けたー」
「飲み直しだ」
ギルド内の喧騒が二人の声をかきけした。
「視聴者もすごい盛り上がりだ」
――すげぇえええ威力、やばくね!?
――格闘戦でゴブリンボスを倒すのってすごい!
――蹴りの女の子、顔見たいー!
画面の下で、視聴者コメントがすごい勢いで流れてゆく。
注目度が上昇し、録画映像が繰り返し再生されているのがわかる。
「……トラリオンを呼び戻そう」
戦士リジュールが言った。
「いまさら戻ってこいと?」
ギルマスが肩をすくめて苦笑する。
「さすがに虫が良すぎるか」
「だが『本物』が視たいという目の肥えた層もいる」
その時、ギルド内に驚きと失望、怒りの声があがった。
「おいおい!? 映像が消えたぞ!」
「どうした故障か!?」
魔法映像投射装置の映像が砂嵐に切り替わる。
「王政府側で映像を再検閲している……?」
ほどなくして映像は再開、録画された映像が再び流れはじめた。
ゴブリンズ・クイーンと対峙するトラリオンが戦うシーンだ。緋色の髪の少女が飛び、直後にゴブリンズ・クイーンが地面に崩れ落ちるシーンへとつながってる。脳天を蹴りで粉砕したシーンが丸ごとカットされていた。
「検閲か」
残虐なシーンと判断されたのか、あるいは王政府が見せたくない何かがあるのか――。
「ますます興味が湧いてきました」
戦士リジュールは席を立った。
「どうする気だ?」
「トラ先輩とあの娘を、ポーターにしておくのは『モンスタァ★フレンズ』の損失だと思います」
顔立ちの整った青年戦士は静かに微笑んだ。
「まぁ同感だがね。クエストはいくらでも用立て出来る」
王政府の上意下達によって専属契約を解除したとはいえ、フリーランスの今なら呼び戻せる。
人気が再燃しそうな素材をみすみす手放す理由はない。
トラリオンは「夜勤はないか?」と言っていた。ちょうどいい仕事がひとつ思い当たる。
それに中継映像の検閲を回避する方法だってある。
「王政府の思うようにはさせないぜ」
「さすがギルマス、仕事が出来る男だぜ」
◆◆
王都ヨインシュハルト王城、魔導兵器開発局。
「3号の戦闘記録、じつに興味深い結果となりましたね」
魔法師ラグロール・グロスカは上機嫌で、椅子の背もたれに身を預けながら頷いた。
執務室のテーブルの上には小型の魔法映像投射装置があり、映像が映し出されている。
緋色の髪の少女、3号の蹴りのシーンで静止。
ゴブリンズ・クイーンはスローモーションで頭部をザクロのように破砕されてゆく。
「彼女の蹴りがインパクトする瞬間、竜闘術スキル、ドラグアーツ特有の波形を検出しました。物理的な破壊力を増幅させるスキルの片鱗です」
机の向こう側に立っているのは部下の魔法師、リューゼリオン。
映像を見ながら分析結果を補足する。
竜闘術とは、伝説のドラゴンが使う戦闘スキルの総称だ。
滅び去ってしまった天然の竜は、圧倒的な戦闘力を誇った。
その死骸から抽出した遺伝因子が、魔導兵器開発局の地下には魔法凍結処理された状態で保存されている。
魔導人造生命体製造計画で生み出された姉妹たち(シスターズ)には「竜の遺伝因子」を混ぜ込んである。
設計通りならば、意のままに竜闘術をスキルとして使いこなせるはずだった。
しかし、うまくいかない。
体内に秘めし「因子」があっても発動しない。
仮に発動しても不安定、戦闘時に自在に使えなければ意味がない。
強力な戦闘兵器としての試作品である姉妹たち(シスターズ)は、結果を出していないのだ。
唯一、失敗作と思われた3号を除いては。
「ふむ……。想像以上に良い結果が出てきています。精神的な安定化に加え、自発的な行動、戦闘への積極関与。彼を調教師として雇いたいくらいですよ」
画面が切り替わり、銀狼のようなトラリオンが映し出された。
魔法師ラグロール・グロスカは冷たい視線を、リューゼリオンに向けた。
「それに引き換え君は、大切な4号の御守りさえできていない」
「そ、それは」
青年魔法師リューゼリオンは青ざめ、視線を下げた。
「優秀なはずの4号が不安定化。片や廃棄寸前だった3号は元気に活躍……。困ったものです」
「も……申しわけありません」
4号と3号との接触実験。
それは4号・ティルルの進化と良い影響を期待してのことだった。
何より彼女自身が3号との接触を望んだのだ。
しかし完全に裏目に出た。
接触後、4号は不安定化した。
戦闘スキルを破られたことが原因ではない。
3号の感情変化を理解できず、自問自答を繰り返すうちに精神的なバランスを崩した。
今は数名の専属魔法医師による投薬と、精神調整用術式の施術で再調整を行っている。
「リューゼリオン、チャンスをあげましょう」
「……!」
「君の尻拭いで他の魔法師たちは手一杯。なので、かわりに2号・キャリアの調整を頼みます」
「なっ!? あの個体は危険……」
「だからですよ」
「くっ」
竜闘術、ドラグアーツが暴走し調整が効かない。
無力化を試みた戦士と魔法師数名を一瞬で殴り倒し再起不能にしてしまった。
現在は煉獄エリアに封印され再調整中、危険な個体だ。
「2号を調教してください。君は、筋肉バカの大男より優秀なのでしょう?」
皮肉交じりにラグロール・グロスカが嗤う。
有無を言わせぬ圧力にリューゼリオンは頷くしかなかった。
「は……はい!」
「良い結果を期待していますよ」
◇◇
馬車に揺られながらの帰り道。
夕暮れ空の向こうにイストヴァリイの町が見えてきた。
俺たちははゴトゴトと揺れる馬車の荷台に座っている。
リスとエトルは俺の左右に座ったまま、疲れ果て眠っていた。
両側から頭を預けられているので身動きができない。
町につくまでこのままでいるしかない。少々、馬車の振動が腰に来るのが辛いところだが……。
「まさか有名ギルドの元Sランカー様だったとはのぅ!」
「そういうことは最初に言っておくれよーイヒヒ」
俺の目の前にはジジイの魔法師と、派手な色合いの魔女が座っている。
メスゴブリンの群れに蹂躙され、死んだ思っていたが生きていやがった。
ヘコヘコと愛想を振りまいて話しかけてくる。
「荷物持ちの話を聞く気があったとは驚きだ」
「それは勘違いじゃ、ワシは興味あるぞぇ」
「イギリルドのヤツに合わせていただけさ……信じておくれよぅ」
ジジイの魔法師は土系魔法で地面に穴を掘って隠れて生き延び、魔女は途中からメスゴブリンに変身し連中に混じって生きのびていたらしい。流石というかなんというか、タフで「したたかさ」なのは確かだ。
斜め向かいに座っていた斧使いの男が話しかけてきた。
「噂に聞いたことがあるぜ、関節技の魔術師……トラリオン」
「古い二つ名だぜ」
「ゴブリンズ・クイーンを倒してくれたおかげで、俺達は全員……生き残ることが出来た。礼を言う」
斧使いの戦士は案外まともだったらしい。ぎこちない様子で頭を下げた。横に座っている小男、ナイフ使いの小男はイギリルドと一緒に別の馬車に乗っている。
「いいってことさ。全員無事で何よりだ」
ゴブリンを退治するクエストは達成した。
ゴブリンズ・クイーンが死んだことで群れは瓦解。
散り散りになって森の奥へと逃げ去っていった。
「無事……ねぇ」
派手な色合いの魔女が、ため息交じりにもう一台の馬車に視線を向ける。
馬車の荷台の隅っこにリーダーのイギリルドが膝を抱え込んで座っていた。それを面白そうに小男が撮影している。
「……い……いやだ……」
目は虚ろ。ガクガク震え、焦点の合わない視線で床板を見つめている。
「メスゴブリンに襲われたのが、さぞかしショックじゃったようじゃの」
老魔法師が哀れみ混じりにつぶやくが、笑いを押し殺している。
「キャハハ……メスどものオモチャだったもんねぇ」
魔女がはやし立てる。
イギリルドの服はボロボロ、ほぼ全裸。
哀れに思った仲間たちが、身に着けていた上着やマフラーなどを与えたが、精神的なショックが酷い。
「しっかりおしリーダー! 何事も経験だよ、人生は」
魔女が後ろの馬車に適当に声を投げかけるが、まるで死体蹴りだ。
「…………死にてぇ……」
イギリルドは虚ろなレイプ目でブツブツいっている。
まぁ、あんな目にあえば死にたくなるだろう。
メスゴブリンの群れが去ったあと、イギリルドは全裸にひん剥かれ、メスゴブリン数匹に抑え込まれて玩具にされていた。
『ンンッ! ンフウウッ!』
「やぁ、やぁめぇろぁあああッアーッ!?」
上に跨られ、あれやこれや。
メスゴブリンに代わる代わる犯さ……。
凶暴化したメスゴブリンの恐るべき特性。
それはメス若い人間のオスを襲い、時には巣穴に連れ帰る。
性奴隷にされ、役立たずになると殺されるらしい。
イギリルドも地獄のような惨状だった。
「ひええっ!?」
「きゃ!?」
「ばっ! 見るな、おまえらにゃ早ぇ」
思わず俺はリスとエトルの目を覆い、救出をヤツの仲間たちに任せた。
クソな男だったが、一抹の憐れみを感じずにはいられなかった。
やつは立ち直れるだろうか……。
ギルドに戻ると、俺とリスは約束通りの成功報酬を受け取った。
「是非また!」
と手揉みしながら誘うギルマスに「二度と来るか」と無言で背を向け、俺たちはギルドをあとにした。
「じゃね! またいつか」
「あっ、うん」
リスはエトルに手を振って別れた。
「連絡先ぐらい聞かなくてよかったか?」
「はぁ? べつにいいわよ」
ふぅん、そんなもんかね。
「帰るか、アララールが待ってる」
「うんっ! あー楽しかった」
夕日に照らされた町で、リスは伸びをして、そして自然な笑みをみせた。
<つづく>
★次回から、新章突入……!
回想編。
魔女アララールとトラリオンの物語。




