リアルライブ映像配信と、リスの必殺技
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ヨインシュハルト王国、王都最大の冒険者ギルド『モンスタァ★フレンズ』。
ギルド内の食堂兼酒場では、討伐ライヴの配信映像を冒険者達が食い入るように見つめていた。
「ギルメンの様子はどうだい?」
「どこも順調だよ。逆に見所が少ないというか、面白味には欠けるかもしれないな」
ギルドマスターのニボルに声をかけられたのは、Aランクの戦士リジュール。今日は気の向くクエストが見つからず、休日と洒落込んでいる。
「順調なのはいいことさ。なら、他所のギルドパーティで面白そうなところは?」
「うーん。中堅ギルドはどこもパッとしないね。下水道のスライム討伐、畑の毒ナメクジ退治……」
「街の子供たちには十分さ、楽しめるからね」
「まぁな、あまり凄惨だと王政府の検閲がうるせぇし」
同時放送中の配信映像は無数にある。
リアルタイムで討伐戦闘の様子を撮影し、王国の人々に見せる「ギルド討伐ライヴ配信」は今や人気の娯楽コンテンツ。
自宅や酒場にいながら、冒険者たちの討伐の様子を安全に気軽に楽しめる。十数年前までは「吟遊詩人が紐解き吟じる」ものだった冒険物語が目の前で繰り広げられているのだから人気が出て当然だ。
「まぁ、勉強にはなるかな」
同業者にとっては戦闘の参考にもなる。
魔法通信道具と魔導映像記録石の普及と発達は、ギルドの有り様を変えた。討伐クエストを行う各パーティの戦闘記録の売買が、新しいビジネスモデルとして定着しつつある。
映像配信を担うのは王国公認の魔法映像放映ギルド。討伐系の冒険者ギルドからリアルタイムの映像を買い取り、中継し配信する。
王宮で暮らす王族たちや、各地の有力貴族たち。民衆の酒場や裕福な各家庭。あらゆる場でライブ配信の戦闘映像が放送されている関係もあり、配信には王政府も一枚噛んでいる。残虐シーンの「検閲」を行う名目で内容を確認しているという。
「今日も『あかつきの刃』はキレッキレだぜ!」
酒場で歓声があがった。
『モンスタァ★フレンズ』所属のSランクパーティ、その主力の魔法戦士が、ド派手な魔法の爆炎をまとわせた剣を振るう。巨大な鬼のような魔物、オーガを一撃のもとに葬り去った。
「おぉ!」
「ルルドリアのヤツ、すげぇな!」
「炎の剣は映えるねぇ」
今や戦闘スキルは「映え」ブーム。魅せる、派手な技を使うメンバーが居るパーティの人気が高い。
「こっちもいいぜ、『魔獣ホイホイ』の巨大魔獣狩り」
「うーむ、見事な連携だ。プロの技だぜ」
「あそこはリーダーが優秀だからよ」
同じく『モンスタァ★フレンズ』のAランカー『魔獣ホイホイ』。
彼らは大型の魔獣討伐の真っ最中だ。派手さはないが玄人好みの、通を唸らせる戦い方が注目されている。
ギルドの酒場に設置されているのは、縦2メル横4メルの大型スクリーン。
魔法映像投射装置からは、同時にいくつもの映像が投射されていた。分割された四角い複数の画面に、それぞれ別のパーティの戦闘の様子が映っている。
「そっちが見たいんだが」
「おいおい、いいとこなのによ!」
「いいじゃねぇか! 可愛い娘が戦ってるところが見たいんだよ」
「ガハハ……!」
客のリクエストに応じ、店員がスクリーンを魔法の指示棒でつつく。すると画面が切り替わり、中央に大きく表示される。人気の高い中継映像はリクエストに応じて拡大表示され、注目されない映像は逆に縮小され端に表示される仕組みだ。
この仕組みが、パーティの人気ランキングにも影響する。
すると、縮小表示されていたある画面が、赤く明滅しはじめた。
「警告だ! パーティ壊滅寸前っぽいぜ?」
「そっちを見せてくれよ、気になる」
赤く点滅する映像を魔法の指示棒でクリックすると、画面中央に拡大表示された。
そこにはゴブリンの群れに蹂躙されるパーティが映し出されていた。
「うわ、ゴブリンの群れかよ」
「数は多くないが、これはヤバイな」
樹上に逃れた撮影者が、映像を配信しつづけているらしい。
表示は隣町イストヴァリィの中堅ギルド『スマイル連合』所属、Sランクパーティ『ハウンド・ドック』となっている。
群がるゴブリンの数は三十匹程度。Sランクパーティならば個別撃破し、決して負ける相手ではないはずだ。
――自称Sランクパーティの末路……
――全滅エンドだぞこれ
――荷物持ち(ポーター)囮作戦とかやってるからだ
――あのリーダーマジだめだな
――荷物持ち(ポーター)に地獄で謝れよ
――胸くそパーティ壊滅乙!www
ピンチだというのに映像の下を批判的なコメントが流れてゆく。
個人向けの魔法通信道具にはコメントを入力、送信する機能もある。ライブ映像を見ている観客の生の声だ。
「ずいぶん評判の悪いパーティのようだな」
「ゴブリン狩りで有名になりましたが、悪い噂もあったようですよ。なんでも荷物持ち(ポーター)をお囮にして使い捨てるとか」
「それは酷いな、使い捨てとは……」
それは荷物持ち(ポーター)への扱いに問題のある、評判の良くないパーティだった。
作戦が裏目に出たのか、因果応報か。ゴブリンの群れに蹂躙され、パーティーは壊滅寸前らしい。
生き残っている戦士も瀕死の状態。なんとか逃げようと必死だ。
「こりゃダメだ」
「ゴブリンの群れごときにこのザマとは」
「中堅ギルドのSランクなんぞ所詮この程度、参加した連中が気の毒だよ」
酒場で見ていた冒険者達は憐れみつつ吐き捨てる。
「いや。よくみろ、あれはメスゴブリンの群れだ。とんだハズレくじを引いたらしい」
ギルマスが指摘したとおり、ゴブリンはメスが主力を成している。特殊な戦闘力の高いゴブリンの群れらしかった。
「噂に聞く女系ゴブリンの群れ、上位種か!?」
「あれを見ろよ! やばいぜ……!」
荷物持ち(ポーター)の大男と少年少女が取り残されていた。
かろうじて生き延びているが、巨大な魔物の影が迫っている。
「荷物持ち(ポーター)はガキを守るつもりか、無謀にもほどがある……って? あれ?」
「おい、あれ見ろよ!」
酒場にいた他の面々がザワつきはじめた。
戦士リジュールととギルドマスターは顔を見合わせた。
「あの荷物持ち(ポーター)……」
「あの銀髪の大男!」
「「トラリオンか!?」」
ギルド内でも注目が集まり始めた。トラリオンは良くも悪くも有名人だった。
「なんであんなとこに?」
「ここをクビになったって聞いたぜ」
「中堅ギルドのパーティにはいったのか?」
「それで荷物持ち(ポーター)かよ、ギャハハ……!」
「いきなりパーティがクソで全滅寸前って、ツイてねぇなぁ……同情するぜ」
「あそこまで落ちぶれたかぁねぇな」
酒に酔った戦士や魔法師がトラリオンをあざ嗤う。
「あれが群れのボスか!」
「本当にゴブリンか、まるで巨人族じゃねぇか!」
「やべぇぞ、無理だガキを守りながら戦う気かよ……」
群れを統率するボスの登場に、歴戦の強者たちが集うギルド内からも悲鳴とため息がある。
見たこともない巨大なゴブリンだった。優に2メルはありそうな背丈に、ビア樽のような豊満なボディ。
「ゴブリンズ・クイーン……!」
誰かが呻くように言った。
ギルマスは真剣な眼差しに変わっていた。
恩のあるトラリオンを解雇したのは、王政府のとある機関からの依頼によるものだった。
だが、何のために? 大金は掴まされたが謎だ。
「素手であの大物と戦うのか……!」
戦士リジュールは息を飲んだ。
映像の向こうでトラリオンは、荷物持ち(ポーター)の荷物を捨てた。
身構え臨戦態勢をとる。
傍らには少年少女もいるが、戦力にはならないだろう。護りながらの戦いは困難を極める。
「バッカやろうども!」
「トラの兄貴はSランカーだった男!」
「あんな場所で終わる男じゃねぇぜ!」
先日、酒に酔って絡んで関節をキメられた若い戦士たちが声をあげた。
「そうだ、あの……トラリオンだぜ」
酒場にいた面々が、熱視線を注ぎはじめた。
◇
『ジャラララァアッ!』
ゴブリンズ・クイーンが指示を出すや二匹の若いオスが突っ込んできた。
親衛隊らしく左右を固めていたオス、手には上等な短剣を持っている。
『ミギィ!』
『ダリィ!』
「リス! 武器の動きを見逃すな」
「うんっ!」
一匹は俺を、もう一匹はリスに狙いを定めている。
同時対処は難しい。リスには初撃を耐えてもらう。
「ぬんっ!」
突進してきた一匹目の短剣を左手で弾き、右腕で手首を掴み捻りあげる。
『ンギャッ!?』
逆方向に曲げ、腕を破壊。
悲鳴をあげる頭部をヘッドロックし、相手の体重と勢いを利用し首の骨をへし折った。
鈍い腰の痛みはあるが……なんとか動ける。
「リス!」
『ギヒヒッ!』
二匹目はリスへと到達していた。
「だから、キモいのよ!」
小気味よい打撃音が響いた。リスのローキックが炸裂。叩き込んだ強烈な右のローキックで足をすくわれ、短剣攻撃が逸れる。
オスゴブリンはバランスを崩し、前のめりにすっ転んだ。
「え……えいやっ!」
『ギゲェ!?』
そこへ少年エトルが飛び込んで、鉄のメイスで殴りつけた。
「あんた!?」
「ボクだってこれくらい……やれます」
運んできた武器の中から、扱いやすい鈍器を選んだのは正解だ。
頭部を割られたオスゴブリンは痙攣し動かなくなった。
「よくやった、二人とも」
リスとエトルの思わぬ共闘に、俺は思わず胸を撫で下ろす。
リスには天性の戦闘センスがある。普通の子供なら竦み上がるような場面でも心を乱さない。
「トラ! 危ない――!」
リスが後ろをみて叫ぶ。
『ブッジュルアアア!』
「ぬぅん!」
振り返りながら、大振りの一撃を受け止める。
ゴブリンズ・クイーンの接近はわかっていた。
地響きや空気の流れ、息づかい。気配を感じるのだ。
クイーンが手にしていたのは巨大な錆びた肉切り包丁だった。
『ギイッィ! フレェッシュ……ミィイト!』
ゴブリンズ・クイーンは俺よりも大柄なほどで肉付きもいいが、人間型で組みしやすい。内骨格と関節がある生き物だ。ナメクジやタコの部類なら勘弁だがな。
「テメェとは馬が合いそうだぜ!」
二の腕と肘を押し返しつつ、相手の手首の側面を鋭く殴打。武器を手から弾き落とした。
『ギフッ!?』
これで相手も素手。互角の格闘戦へと持ち込める。
「トラ!」
「リスは他のゴブリンに気をつけろ!」
パーティーに群がっていたゴブリンの群れも、クイーンの登場に気が付いた。
遠巻きに眺め、戦いに加勢する素振りをみせないのはゴブリンズ・クイーンを恐れているからか。
『ギュルジュギュァアア!』
凄まじいパンチ、いや乱暴な殴打の嵐に耐える。
「ぐっ! いい拳だぜ」
両腕のガードを突き破り、何発か食らう。インパクトの瞬間に威力を逃がしダメージを減らすが強烈だ。
リスやエトルでは耐えられないだろう。それほどまでにコゴブリンズ・クィーンの拳は重い。
『ドドァ!』
「っと!」
ゴブリンズ・クイーンが右腕を引き、渾身の一撃を放ってきた。
身体をひねり、避ける。
「ぐ……」
やはり腰が痛い。
本来の動きができない。
『ギュブルァ!』
ゴブリンズ・クイーンの左のフックを食らう。
痛ぇな、こんちきしょう。
だが、攻撃直後こそがスキとなる。
「ふぬっ!」
相手の左腕を、瞬間的に小脇に抱え込む。捕らえ動きを封じる。
『ヌグァッ!?』
爪で引き裂こうとする右腕を、受け止め腕を絡めとる。
これで相手の両腕は捕まえた。
真正面から両脇を固め「閂極め」の型。
通称、ダブルオーバーフックだ。
『グギュルァアア!?』
「ふん……ぬ!」
頭突き一発、相手の顎をガタつかせる。
ギリギリと腕を持ち上げるように逆関節で締め上げる。
本来ならここから「閂スープレックス」などの投げ技、あるいは『腕挫腋固』に移行する。
だが相手は巨大なゴブリンズ・クイーン。
投げ技などで腰に負担をかけられない。
『ガブルギュルル!』
「っと!」
大口を開けて噛みつこうとしてきやがった。大口を開いた顎めがけ、もう一発頭突きを食らわせる。
『ブギュッ!』
「臭ぇ口は閉じてろ」
だが……致命傷を与えられない。
動きを封じるのが背一杯。
攻撃の決定打が足りねぇ!
いったんブレイクして首をキメるか、いや。ここは、
「リス! 一撃くらわせろ、コイツの脳天だ!」
「まかせて!」
「背中を使え!」
リスが俺の意図を瞬時に察する。
少し下がり勢いをつけダッシュ、俺の背中を駆け上がる。
「トラリオンさんを踏み台に……!」
少年エトルが叫ぶ。
くそ、リスめ遠慮無く踏みやがって!
「たああっ!」
リスが俺の肩を踏み台に、跳ねた。
高く、舞うように。
陽光がリスの緋色の髪を輝かせる。
「いっけぇえええ!」
俺とゴブリンズ・クイーンの頭上より、遥か上空。
放物線の頂点で、細くしなやかな右脚を高くあげる。
目の錯覚か、足首から先に赤いオーラのようなものが燃え上がった気がした。
そして、そのまま落下の勢いを利用し、
「――踵落とし!」
ゴギィッ!
鈍い音がした。
『ブッ!?』
ゴブリンズ・クイーンの脳天に炸裂したリスのカカト落とし。
「だりゃぁあッ!」
気合のインパクトの瞬間、燃えるような輝きがスパークした。
『ブシュァア!』
勢いで醜い顔が圧縮され、そして爆ぜた。
上からの圧力と衝撃で閉じた口から血と体液混じりの液体を噴出。
ゴブリンズ・クイーンが白目を剥いた。
なんて威力だ!?
「うわぶ! 汚ぇ……!」
汚ならしい体液を浴びた俺の目の前で、巨漢がズルズルと膝からゆっくりと崩れ落ちてゆく。
リスは猫のように四つ足で着地。
すぐに姿勢を戻し、振り返ると親指を立ててみせた。
「どう!?」
「ナイス攻撃だ! いいじゃねぇか!」
驚いた。
俺が想定していた打撃力を上回っていた。一体、リスは……。
「トラを倒すために考えた必殺技だもん!」
リスは清々しい笑顔を見せた。
「そ、そうか」
師匠の脳天カチ割る気だったのかよ。
<つづく>




