ゴブリン討伐戦とパーティ壊滅
「空気読めよオッサン! ゴブリンは俺たちが狩るんだよ!」
パーティーのリーダー、イギリルドは怒り、半ギレで俺に詰め寄ってきた。
戦士の場合、相手が剣を向けてきた瞬間に反撃、殺してもかまわないルールがある。だが一応、剣を鞘に納めているところをみると、仲間にカッコをつけたいだけなのだろう。
「身を守っただけだ。それが悪いのか?」
「テメーが始末してどうするよ!? ゴブリンを殺すのはオレらの役目つってんだろ! おまえら荷物持ちは泣き叫んで助けを求めりゃいいんだ! 見せ場は俺たちのものなんだよ。……ったく、これだから使えねえんだよ、時代遅れのオッサンは」
早口で悪態をまくしたてるイギリルド。俺は黙って聞いていたが、よくわからなかった。
「で、でもよイギリルド。そいつ素手でゴブリンを倒しやがったぜ……」
「足留め用の荷物を背負わせたってのによぅ」
仲間の前衛二人が口を挟む。さらりと聞き捨てならない事を口走り、「しまった」という顔をする。
ガラクタ混じりの重い荷物さえ背負っていなければ、もう少し早く倒せたのだが……。
まぁ足腰の鍛練だと思うことにする。
「うるせぇ! んなもん適当に殴っただけだろうが! くっだらねぇ。誰でもできらぁ」
ナイフ使いの小男と斧使いの大男は、呆れたようにチラリと視線を交わす。リーダーへの不信感があるように思えた。
俺はゴブリンを素手で仕留めた。
先日まで大手ギルドの上位ランクパーティの前衛だったのだからこれぐらいは出来て当然だ。
武器を使わずに戦う徒手空拳。武器や魔法に頼らない関節技と寝技をひたすら鍛練し続ける者として、これぐらいは出来ないと生き残れない。
大型魔獣や巨人型の魔物との戦いに比べれば、ゴブリンの相手など朝飯前の鍛練にもならない。
「あの金髪、ムカつく」
リスが吐き捨てリーダーを睨み付けた。
「んだと、このガキィ」
視線に気がついたイギリルドが舌打ちし、リスの胸ぐらに手を伸ばしてきた。
「や……」
リスは一瞬、伸ばされた手に怯えた素振りをみせた。
「すまないな」
俺は素早くイギリルドの手首を掴み、リスを後ろに下げた。
「トラ……」
貴族の館で受けた仕打ちがトラウマになっているのかもしれない。
「非礼は詫びる。言い聞かせておく」
「く……放しやがれ」
子供相手に本気でキレるな。
イギリルドを静かに睨み付ける。手枷となった俺の手を振り払おうとする。
だが離さない。イギリルドの手首から伝わって来たのは、激しい情動。怒りと苛立ちだった。
力の入れ具合、重心、筋肉の動きも未熟。これで本当に二刀流を名乗っているのか……?
「て、てめぇ……」
静かに手を解放しつつ、パーティの前列メンバーにも聞こえるように声をかける。
「出すぎた真似をしたことは謝る。次の見せ場では、指示通り、俺はゴブリンを倒さない」
「トラ!?」
ゴブリンを倒さない宣言に、リスだけでなくパーティーの面々も少々驚いた様子だった。
「……チッ、わかりゃいいんだ。じゃぁさっさと進めよ。ここからが本番だぜ」
イギリルドは苛立った表情のまま、俺たちを前に進めと指示を出した。
「イ、イギリルド……全部、配信されちまった」
ナイフ使いの小男が、慌てたようすで告げた。
「あぁん!?」
ナイフ使いの小男は、手に水晶玉の嵌め込まれた大きめのブローチのような魔法道具を持っていた。戦闘の様子をライブ配信していたのだろう。
「あいつがゴブリン倒すシーンと、そ……その女の子にリーダーが掴みかかるところ」
「バ、バカかてめぇ!? いらねぇシーンを撮るんじゃねぇよ! キャンセルだ、とっとと消せよ!」
青筋をたて、小男の首根っこを掴む。
「無理だ、リアルタイム配信だからよぅ」
「じゃぁ止めろよ!」
「それがよ、さっきから……操作が不安定で……撮影が止まらねぇんだ」
「なんだって? 故障か?」
「今までこんなことなかったのに」
不思議そうに魔法の撮影道具を覗き込む。ナイフ使いは仕方なく、そのまま続行するらしい。
宣伝効果を考えれば、ここから挽回すれば済むと考えたのだろう。
俺はリスとエトルとともに歩き出した。
木立の向こうに川のせせらぎが見えてきた。黒い生き物の影も見え隠れする。
ゴブリンの群れの本隊、主力がいるのだ。
斥候のオスゴブリンの叫び、警戒の気配は本隊に伝わっていると考えて間違いない。
いや、まて。
俺はそこはかとない違和感を覚えた。
過去の経験則が、頭の隅で警鐘を鳴らしている。
襲撃してきたゴブリンは、すべてオスの成体だった。それも比較的体の大きな個体だ。
本来なら序列上位にいて見張りなどしないはず。
なぜだ?
通常ゴブリンは屈強なオスがリーダとして群れの頂点に立つ。周囲を固めるのが序列の高い強いオスのゴブリン。
ゆえに斥候として群れの周囲を見張るのは、年老いて序列の下がった個体か、好奇心に溢れた若い個体が多い。
メスや子供はリーダー以下とハーレムを形成する。これはゴブリンの群れを率いているリーダーが、オス場合だ。
例外として考えられるのは、屈強なメスの個体がリーダーとして君臨する群れだ。
それが、ゴブリンズ・クイーンを冠する集団。
攻撃性の高い、危険な群れ――。
「リス、エトル。次は身を守ることに集中しろ。樹木を背に。荷物を盾にしてゴブリンの爪を防げ」
「わ、わかりました」
「あたしは戦えるよ!」
「リス、致命傷を与えられない攻撃は、かえって相手を増長させる。やるなら一撃だ。それができないのなら戦うな」
反撃の暇さえ与えない。
一撃で、確実に殺す。
戦うのならその覚悟が必要だ。
「……わかった」
「防戦に徹しろ」
「ト、トラリオンさんは?」
ドドド、と地響きが聞こえてきた。ゴブリンの群れの主力部隊のお出ましだ。
『キィキョォオオ!』
『イキュルァアアア!』
『ルゥルチュァアアアアッ!』
「来やがったぜ!」
「おぉ! 戦闘準備……!」
二十、いや三十匹近いゴブリンの集団が攻めてきた。手にこん棒や錆びた剣を握っている。
イギリルド以下、パーティメンバーたちが戦闘態勢にはいった。
「ばっちり撮影するぜぇ……んっ? あれ……」
だが、彼らも気がついたようだ。
ほとんどがメスの個体だということに。
オスよりも良いものを食い肥え太り、一回りも二回りも大きな体つきのメスゴブリンの戦闘集団。
「フェ、女系戦闘部族・ゴブリン……!」
斧使いが叫んだ。事態を把握したらしい。
連中はオスよりも気性が荒く、団結力が強い。
ただのゴブリンと侮ると壊滅的な被害を受ける。
特に、ある理由から若い人間の男が狙われやすい。
「や、やばいぜイギリルド!」
「慌てんな! いつもどおりだ! 荷物持ちどもが襲われ、喰われているところを一網打尽にすりゃぁいい……!」
「あぁっ、発言に気をつけてくださいよリーダー! 全部配信されてますからぁ!」
ナイフ使いが悲鳴を上げた。もう逃げ腰で近くの木によじ登ろうとしている。
「ま、魔法攻撃……!」
「承知じゃ」
魔女と老魔法師が魔法を励起し始めた。腕を水平に構え、赤い光を集約する。火炎系の魔法で焼き尽くすつもりか。
真正面からは地響きを伴って襲来するゴブリンの群れ。距離は既に二十メルほどまでに近づいていた。
「ト、トラ! まずくない!?」
「あわわ、多すぎますよぅ!」
リスとエトルを背後に庇う。
「……宣言通り、ゴブリンを倒さない」
俺は静かに身構えた。
軸足に掛かる体重を微調整し、呼吸を整える。
ゴブリンの群れは濁流のように押し寄せる。
その圧力、勢いは抗い切れない。
ならば――
「すべてを受け流す……!」
寝技と関節技は相手の懐に入り込む必要がある。だから相手の攻撃を受けていては身が持たない。逆にその力を利用、あるいは力の向き――ベクトルを変え、受け流す技術が必要とされる。
ゆえに会得した「受け流す」スキル。
『ブキァアア!』
『キィェエエエエ!』
掴みかからんと突撃してくる二匹のゴブリン。
「――流転演武、フロゥ・アーツ」
攻撃のベクトルを見極め、腕を添える。
直進してくる攻撃を右斜め後方へと流し、方向をすこしだけずらしてやる。
『ギッ……?』
ゴブリンは目標を見失ってよろけ、勢いはそのまま、後ろへと走り去った。既に次の目標、パーティの前衛に狙いを定めている。
二匹目のゴブリンは振り上げた剣をそのまま、左へと振り下ろすように仕向けてやる。
『キュギッ?』
目の前の目標が消えたように思うだろう。
そして衰えない突進の勢いで、次の目標へと向かわざるを得ないのだ。
動きに緩急をつけ、右へ左へとゴブリンをさばいてゆく。
周囲に流れの壁をつくる。ゴブリンの濁流に中洲がうまれてゆく。
「うぉおおッ!? オッサン、テメェ……! な、何してやがるぁあああ!?」
イギリルドの絶叫が響いた。
「ゴブリンが止まらねぇ……! バカな……! そんなことがぁああ!?」
俺が受け流し、後方へと放ったゴブリンの群れがパーティへ殺到。
前衛と接敵し激しい戦いが始まった。
「すごい、トラ……!」
「まるで舟に乗っているみたい」
俺は襲いかかるゴブリンの攻撃と視線を、ベクトルを変えてゆく。
流れを変え後ろへと流すことにだけ集中する。
呼吸さえ乱さぬように。まっすぐに前を見据え、荒波を切り抜ける。自らもリスたちも無傷で凌ぎ切る。
かつて、魔物の大群と王国軍が激突した戦いを回想する。
あの時、荒れ狂う荒海を乗り越えるがごとく、俺は攻撃をかわしながら突き進んだ。傷ついた仲間を背負い逃げ延びるために。
だが今は、子供達を守る戦いだ。
リスと、出会ったばかりの少年。かけがえのない未来を守るための。
地獄の濁流、悪臭とゴブリンの群れの喧騒がすべて後方へと遠ざかった。
視界が開けた。
「……ふぅ……」
振り返ると、背後では激しい戦いとなっていた。
パーティの怒号と悲鳴、ゴブリンの叫び。もはやパーティ戦闘とは呼べない泥沼の乱戦だ。
「あぁああ! 来るな! うらぁあ!」
前衛のリーダー、イギリルドは二本の剣を抜き応戦しているが、息がすでにあがっている。
「ずぉおおりゃぁ!」
斧使いは自らの身を守る戦法に徹している。生き残ることは出来るだろうが仲間はバラバラだ。
既に老魔法使いはズタズタに引き裂かれ、骸と化していた。
「なんだい! 話が……違うじゃないかああっ!」
魔女が放った火炎魔法は数匹のゴブリンを焼いたが、怒り狂ったゴブリンの群れが殺到、圧殺されてゆく。もはやパーティは壊滅状態だ。
慌てず、戦術を組み変えれば対処できたはずなのに。
「くそがぁあ! うぁあ! テメェも戦え、オッサン……!」
イギリルドの剣が折れた。左腕にゴブリンが絡み付き、引きずり倒そうとしている。
「今さらもう遅い、どうすることもできん」
リーダーのイギリルドは見誤った。いや、そもそもの作戦が狂っていた。荷物持ちを囮にするというクズな作戦を過信しすぎていた。
言われたとおり荷物持ちとして仲間と荷物を守り、職務を全うした。
「あわわ、みんなが……」
「あんたは離れなさいよ!」
リスにしがみついていたエトルが、ひっぱたかれた。
こうなれば撤退するしかない。
逃げ延びることを第一に考えるべきだ。
まだ生きているリーダー以下、前衛たちに「もう無理だ、撤退しよう!」と叫んだ。
その時。
「――ッ!?」
すさまじい威圧感に振り返った。
『……キルキル……キチュル……!』
甲高い声を響かせ、巨大なゴブリンの個体がゆっくりとした足取りで近づいてきた。
肥えて太った山のような巨漢。十近くある副乳、猿と豚のキメラのような醜い顔。黄ばんだ不揃いな牙。
燃えるように鋭い眼光がこちらを見据えている。
左右に二匹、近衛のように若く綺麗な体のオスを引き連れている。
「ゴブリンズ・クイーン……!」
かなりの大物、並みの相手ではない。チリチリとした皮膚感覚が危険を知らせ、にわかに緊張が高まる。
「ひぇぇえ!?」
エトルが悲鳴を上げた。
「ちょっとアレでかくない!?」
「……前言撤回だ。戦うぞリス」
「えっ、うん!」
戦わねば、逃げることもままならん。
クイーンを仕留めれば群れも統率を失う。
俺は背負っていた荷物を捨てた。
ズシン……!
地面に落ちて地響きをたてる荷物を見て、リスが目を丸くした。
「これ全部、鉄の武器じゃないの……!」
「ボクとリスさんから預かってくれた荷物って、これ……何キロあるんですか!?」
エトルが持ち上げようとしても、持ち上がらなかった。
「少年、もうすこしメシを食うことだ……うっ?」
「ど、どうしたのトラ」
なんだ?
急に痛みが。
「腰が……ちょっと痛い」
「バッカじゃないの!? カッコつけるからよ!」
<つづく>




