Sランクパーティの闇と罠
Sランクパーティ『ハウンド・ドック』。
ゴブリン討伐を主に請け負い、頭角を現したという連中だ。
戦士職3人と魔法師2名、それと荷物持ちが3人。
「リス、ゴブリンと遭遇したことは?」
「ない」
「そうか。まぁ俺がいれば大丈夫だ」
「なによ先輩風ふかせて」
「先輩もなにも師匠だろうが」
ゴブリンを見たことがない……? 俺は内心驚いたが、口には出さなかった。
野良犬よりも見かけることが多いゴブリンだ。
絵本に描かれる神話上の生きもの「猿」に似ていて醜くずる賢い。
ゴブリンの被害は各所で報告され、そのたびに討伐されるクエストの主流任務といってもいい。
なのに、リスは見たことがないという。よほど隔離された施設にいたのだろうか。
馬車に揺られながら、リスはずっと浮かない様子だ。知らない人間に囲まれているせいか、俺の横にぴったりと寄り添って、緊張した面持ちで座っている。
そもそも、あまりパーティの雰囲気が良くない。
普通はリーダーが皆を和ませようと話しかけたり、一致団結するために声を掛け合ったりするものだが、このパーティはバラバラで、他人に関心がない。
それぞれが景色を眺めたり、眠ったり、雑談をし続けていたりする。
やはり中堅ギルドに所属する自称Sランカーなど、この程度なのだろうか。
それに荷物持ちの少年も、俺たちと同じく今日が初参加だという。
「僕、本格的なクエストへの同行は初めてで、緊張してます」
巻毛の少年はエトルというらしい。
「俺はトラリオン、よろしくなエトル。連れのリスも今日が初めてで緊張しているぜ」
「余計なこと言わないでよ。あたしは別に緊張してないし」
「よろしくおねがいしますね!」
「……うん」
どうやらこのパーティは、必要に応じて荷物持ちを雇う方針なのだろう。
そして馬車に揺られること一時間。
エストヴァリイの町ははるか後方に遠ざかり、鬱蒼とした森の中を進んでいた。隣町の城塞都市ルシドスとの中間地点だ。
森の中を貫く道をしばらく進むと、開けた場所に開拓者の村があった。
村というよりは、周囲を木の簡易的な柵で囲んだ集落だ。
「ついたぜ、ここだ」
リーダーのイギリルドが馬車を停め、皆は降りた。
「シケた村ねぇ」
赤毛の魔女が開口一番、鼻で嗤う。
たしかに村といっても家は十軒ほどしかない。森を開拓して農地にしている最中らしい。伐り出した木材を売り、日銭を稼いでいるようだ。
村長とイギリルドが早速、話をしている。
クエスト依頼の内容通り、数日前から酷いゴブリンの被害に悩まされているらしい。村を襲い食料や家畜を奪ってゆく。抵抗した人間も怪我を負ったという。
ゴブリンの群れは一族単位で森の中を移動するが、連中は今この村の西側を流れる川辺に棲み付いているらしかった。
「全部で40匹ほどの群れだとよ。そのうち、危険なオスは15匹程度。あとはメスとガキだ」
「その程度なら問題ねぇ」
「皆殺しにして死体を積み上げてやるぜ」
「今回もバッチリ撮影、配信しやすからね!」
イギリルドと仲間の戦士たちは、武器と装備を整え始めた。手慣れた様子はさすが上位ランカーといったところか。
それに討伐の様子を魔導映像記録石――水晶玉に似た映像記録魔法道具――で撮影、魔法通信具と組み合わせた投影機によって配信するつもりらしい。
有名パーティになるには、戦闘記録の公開が当たり前なのだとか。
リアルタイムで戦闘を多数の人間に見せる、「ギルド討伐ライヴ配信」は、今や王国の娯楽として人気で欠かせない存在だ。
ギルドも放映後の「投げ銭」機能により、収入が入る仕組みらしく美味しいのだろう。
視聴するのは主に街の人々だ。酒場や食堂には必ず設置してあるが、魔法通信具と組み合わせた投影具によって映像が映し出される。
いまや裕福層だけでなく一般庶民の間にも普及し、広まりつつあるらしい。
「トラも家にある投影具、買い替えたら?」
「アララールも俺もあまり見ないからな」
「あたしは見たい!」
ウチにあるのは中古品だ。画質が良くないのでリスが「紙芝居のほうがマシ」といっていた。お金が手に入ったら買い替えてもいいが……。
「オレ様の二刀流でゴブリンを血祭りだぜ!」
「あたいの火炎魔法で魔物の火柱ダンスをみせてあげるわ」
リーダーと魔女は嗜虐的で気が合うようだ。ゴブリンをオーバーキル気味に派手に殺傷し、見せつけるつもりらしい。
魔物と戦う戦闘の様子は、派手な見た目のスキルのほうがより目立つ。
それが次の仕事にもつながるのだという。
装備を整え、いよいよゴブリン討伐へと出発した。
ゴブリンの棲む川辺が近づくと、リーダーのイギリルドが俺たち後衛にむけて命じた。
「よーし、お前ら3人、一番前を歩け」
「えっどうしてですか!?」
少年荷物持ちのエトルが驚いた様子で言った。
「聞こえなかったのか? お前らが前をいくんだよ」
巨漢の斧使いが、斧の柄で俺たちを最前列に押し出した。
「おいおい、俺たちは荷物持ちだぞ」
俺もたまらず抗議する。
「トラ、どういうこと?」
リスが不安げに俺の服の裾を引いた。
「荷物持ちは非戦闘職だからな。後ろをついていくのが普通なんだ」
「ならどうして……」
重武装の戦士が先頭をゆく。後列は支援戦闘を行う弓使いや魔法使い。彼らを護衛する見習い戦士。最後尾は荷物持ちだ。
それが普通のパーティの編成、フォーメーションだ。
「ウチらのパーティはよ、こういう決まりなんだ。嫌なら金は払わねぇぜ?」
リーダーのイギリルドがニヤニヤしながら、剣を抜いた。
刃が鈍く光る。
ゴブリンを警戒して抜いたのだとわかっていても、リスが身を固くするのがわかった。
剣を持つ対人戦闘などまだ教えていない。素手で太刀打ちできないわけでもないが。
「これじゃ、ボクらがゴブリンに襲われちゃいます……!」
「だからだよ、察しろよクソガキ」
剣の切っ先をエトルに向けて、イギリルドがせっついた。
「……食料を持つ荷物持ちは狙われやすい。おびき寄せて、そこを戦士職で狩るという作戦らしいな」
「そんな……!」
「ひどくない!?」
エトルとリスが抗議の声をあげる。
「うるさいわねガキどもが、撒き餌が喚くんじゃないよ!」
派手な魔女が血相を変えて叫んだ。ヒステリックな形相に、二人はぎょっとした。
「へへ……。オッサンは物分りがいいな」
「戦術として理解は出来るからな」
無論、納得はしていない。
初心者のリスと少年を、平気で危険な目にあわせる作戦など、許されるはずもない。
ゴブリンの大量駆除で名を挙げたSランクパーティのカラクリはこれか。
最低の気分だ。リーダーは冒険者の風上に置けない。許しがたいクズパーティだ。
「まぁ安心しな、悲鳴を上げてその場で丸まってりゃいい。オレらが群がるゴブリンどもを、後ろから斬りたおしてやっからよ」
「撮影始まるよー! 弱っちい哀れな荷物持ちが、ゴブリンに襲われるシーンからなー!」
「キャハハ……!」
ナイフ使いの小男が撮影担当らしい。魔女は後ろで腹を抱えて笑っている。
「グフフ、逃げ惑わずに一箇所でな。そのほうがやりやすいからよ」
「ガキどもはなるべく悲鳴をあげてくれよな! ゴブリンが興奮して襲いかかるからよ、キシシ……!」
斧使いとナイフ使いの前衛が下品な笑い声を上げた。ようやく見せた笑顔は最低最悪のゲス顔だった。
「これで毎回、犠牲者がでちゃうのよねぇ、可哀想に」
「それはお主の火炎魔法の巻き添えじゃろうが」
魔女と老魔法師も同様、ドクズらしかった。
顔に人生が出るというが、歪んだ表情はまさにそのとおりだと思った。
「トラ……」
さすがのリスも不安げだ。荷物を背負い身動きも自由にならない。
過剰に重い荷物は、荷物持ちの動きを鈍らせるためか。
最初から仕組まれていた。
俺たちは罠にはめられたらしい。
ドクズなパーティの卑劣な罠に。
「仕事は選ぶべきだったか」
「いまさら遅い! おまえら荷物持ちは言われたとおり先頭を歩けばいいんだよ!」
リーダーのイギリルドに急かされ、俺達は先を歩いた。
川に近づくに連れ、異様な獣のような臭いが漂い始めた。
ゴブリンの群れが近いのだ。
「嫌だぁ……」
「ちょっと、アンタしっかりしなさいよ!」
ガクガク震える少年エトルをリスが小突いた。
「だってぇ……」
「情けないわね!」
俺は特に動揺する素振りを見せていない。そのせいでリスは少し落ち着きを取り戻したらしい。
いつもの調子に戻りつつある。
とはいえ面倒なことになった。
俺はリスと少年エトルの身を護ることに注意を払うことにした。
『……ギヒヒッ!』
茂みの左右から、薄汚い小人のような怪物が出現した。手に棍棒と折れたサビだらけの剣を持ったゴブリンどもだ。
一匹、二匹……計五匹の成体だ。斥候だろう。
「出やがったぜ!」
「ゴブリン出現! いい絵面だぜ!」
リーダーと仲間が背後から嬉しそうに叫んだ。
黄ばんだ白目、耳まで裂けた口。腕が異様に長く、腹が膨らみ脚は短い。餓鬼のような体つきにボロ布だけを身に着けている。
『ギシャァアア!』
魔物どもは脈略も何もなく襲いかかってきた。唐突に、まさに飢えた獣のような顔つきで。
「あわわ、出たぁ!?」
「ト、トラ!」
「落ち着けリス、敵の動きだけを見ろ」
「う、うん」
「いいぜ! オッサンは食われちまえ……!」
「少年少女の悲鳴が聞きたいわ……!」
「さぁ、派手にわめけよ!」
クズパーティ連中の期待通り、迫ってくる怪物を見据えつつ、動きを見極める。
一斉に襲いかかってくるとはいえ、個体差、時間差が生じる。
俺はすっ、とリスとエトルの前に立って身構えた。
『ギッシャァ!』
『ギュヒヒッ!』
「……ふんっ!」
まずは一匹目。
棍棒を振り上げて襲ってきた最初のゴブリン。相手の手首を右手で押さえ、受け止める。
動きは遅い。振り下ろす軌道も単純、武装しているとさえ呼べないレベル。
『――ギッ?』
そのままゴブリンの腕を手前に思い切り引き寄せ、姿勢を崩し一気に逆方向にねじり曲げた。
ボギッ! と鈍い音がして腕が折れた。
関節と肩、肘を破壊されたゴブリンが唖然としているうちに、グニャグニャになった腕を首に巻きつけ、肉薄していた別のゴブリンに衝突させる。相手の機先を制することに成功した。
二匹目が剣を突き立ててきた。
動きをよく見て左手で払い除ける。
空振りした剣を手首ごとねじってへし折り、ゴブリンの頭部を両手で掴む。
そして瞬きほどの一瞬で、半回転。
『コフッ?』
ゴリッとコマのように180度まわした首は根本から捻じれ、ゴブリンは白目を剥いてそのまま崩れ落ちた。
三匹目が俺の脇をすり抜け、リスに向かっていった。
「リス!」
「た、あっ!」
リスはうまく前蹴りをして接近させなかった。
上出来だ。跳ね返ってきたゴブリンを足払いで転倒させ、体重を乗せた右足を落とし込む。足元で首の骨が折れた感触が伝わり、ゴブリンは息絶えた。
「あわわわあっ!?」
四匹目と五匹目はエトルに襲いかかってゆく。
棍棒と剣で武装している個体だ。振り上げた腕をそれぞれ後ろから掴み、ねじりあげて武器を手から放させる。
『ギッ!?』
『ゲッ!?』
そして、それぞれの薄汚い頭部を両側から、力任せに合掌。
「ふんぬっ!」
ゴヂッ! と互いの顔面を叩きつけた。
頭蓋骨が砕け、鼻血を散らしながらゴブリン二匹は同時にズルズルと崩れ落ちた。
「……ふぅ、こんなもんか。怪我はないな? リス、エトル」
一気に五匹を片付けた。
重い荷物と少年少女の護衛というハンデはなかなかつらい。
「すっ……」
「凄い……!」
リスとエトルは呆気にとられていた。
せめてリスはもうすこし動けただろう。
「あぁ、ゴブリンが来て慌ててしまった」
俺は後ろを振り向いて、適当なセリフを棒読みで言って、血で汚れた手を見せた。
「え……? あ……あれ?」
「な、何がおこったの……?」
「うそ……だろ」
「あのオッサン……なんだよ、やべぇぞ」
「素手でゴブリン五匹を制圧、いや……殺しやがった……!」
巨漢の斧使いが説明したが、ちょっと間違っている。
殺したのは二匹。あとは失神し戦闘不能なだけだ。
「いや!? まてよ! まずいだろ、俺たちの獲物なのによ……!」
パーティのリーダーは明らかに顔色を変えた。
今の様子が映像として配信されてしまったらしい。
<つづく>




