暴れメスガキと殴らないおじさん
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それは炎竜のような少女だった。
「死ねオッサン!」
突如、庭先で少女が襲いかかってきた。緋色の髪をなびかせ、燃える灼眼に殺意を宿し、獰猛な身のこなしから放たれる拳は鋭く、速い。
「なんのつもりだ?」
右腕で少女の拳をガードし、いなす。
確かに俺はオッサンだが、それだけで殺されてたまるか。
「うるせぇ、死ねっ!」
死ねとは穏やかではない。急所を狙って繰り出された拳を、俺は上から叩き落すように迎撃する。
「急所狙いは感心せんな」
「ウザッ! なんで当たらないの!?」
近接格闘戦ならば俺――トラリオン・ボルタが後れをとるはずもない。
「打撃はな、当たらなければ意味がねぇんだよ」
己の肉体を武器に戦う格闘技こそ最強である。
殴る蹴るの打撃に頼るうちは青二才。
美しく「関節技」をキメてこそ至高。
そして「寝技」を極めてこその究極ッ!
「なんかムカつく顔してるッ!」
顔面に打ち込まれた拳を手のひらではじき、蹴りと拳をたくみに繰り出してくる少女を冷静に観察する。
年齢は十二歳かそこら。まだガキだ。王都なら初等学舎に通う年頃だろう。身体は痩せて肉付きが悪い。ロクな飯を食っていないのか、そのせいで動きは素早いが攻撃が軽い。
蹴りを手のひらで受けつつ、反対側の肩を軽く押してやると少女は簡単に姿勢を崩してよろめいた。
「きゃっ!? あぁもうッ、ウザッ! 超ムカつく……!」
基礎がまるでなっていない。闇雲に暴れているだけだ。
「修行が足らん。それと脳みそも足りんぞ」
そこで俺は少女の首に巻かれた黒い首輪、チョーカーに気がついた。
魔法の刻印が施されている。
――魔法拘束具か……?
逃げ出さないため、あるいは逆らえないようにするための、苦痛をあたえる魔法の首輪だ。
身体も近くで見れば青黒いアザだらけ。顔にも殴られた痛々しい痕がある。普段から喧嘩に明け暮れているのか、余程ひどい扱いをうけているのか。
「くそっ、老いぼれのくせに!」
苛立たしげに吠えるや、犬歯をむき出しにして飛びかかってきた。
体格差から俺の鳩尾を狙うのはいい判断だ。
攻撃は乱暴だが、軸足を起点として繰り出す振りの鋭さ、流れるような所作は悪くない。
むしろ才能を感じるほどだ。
しかし――
「俺は老いぼれてねぇ!」
まだアラフォー。
普通に「おじさま」だ。ナウでトレンディなイケオジだぞ。
見ず知らずの生意気なメスガキに、ジジィ呼ばわりされるのは納得いかない。
少女の拳を叩き落とし、逆手で細い手首を掴んだ。
「へっ?」
渾身のパンチを簡単に止められたことに驚いたのか、少女は目を丸くした。
そのまま右腕を半回転ひねって少女の背中の肩甲骨へ押し付け、左肩を掴んで締め上げる。
「きゅっ!?」
暴れ少女は悲鳴を上げた。
小動物のような可愛らしい鳴き声で。
「ほら、おしまいだ」
「ちょっ!? い……痛ったああっ!?」
関節技でジ・エンド。
もう身動きできまい。
俺のスキルは関節系の格闘術。
魔物を「絞め殺す」ためだけに、ひたすら鍛練を積み重ねてきた。
完全に後ろにひねって固定した右腕と、押さえた左肩の拘束は外れない。
魔獣や魔物ならこのまま絞め殺すところだが、そうもいくまい。
「いっ痛ッ! いた……痛たいって! 放せ変態! ウザキモジジぃ!」
わめき散らしながらジタバタと暴れるが、もう遅い。
引っ掻こうとする手も空を切る。
普段から魔獣相手に素手で戦っている俺にとって、対人制圧などお茶のこさいさい。
「せめて『おじさま』と呼ばんか」
「はぁ!? 痛ッ……いたい痛い! わ、わかったから放せ変態! お、おっさん」
「ったく」
力を弱めると、途端に逃げ出そうとする。
再び腕を締め上げると流石に諦めたのか、子猫のように大人しくなった。
「ウザイ、放せ、手が汗ばんでてキモイ!」
「えぇい、おまえはウザキモしか言えんのか!?」
なんという貧困な脳みそか。貧民街の娘か?
しかし身なりは妙に良い。上着の服は短めのノースリーブのワンピースに、キュロットパンツ。
ここに来る前に暴れてきたのだろうか。全身が薄汚く、汗の臭いがする。顔も血と泥で汚れているのが気にかかる。
「……どうして」
「ん?」
「……どうして殴らなかった?」
最初、少女が何を言っているのかわらなかった。
どうして殴らない?
俺が?
そこでようやく気がついた。
少女は殴られることを極度に警戒し、怯えていたのだ。言葉こそ威勢がいいが、顔を背け身を固くしている。
「殴るわけ無いだろ、おまえみたいな小娘」
というより殴れない。
俺は関節技と投げ技がメインの『関節技』と『寝技』のスキル使い。
格闘技を極めしもの、打撃などは使わない。
「……どいつもこいつも、すぐ殴るのに」
怯えと怒り交じりの目で見上げる。その瞳は、不思議な輝きを宿していた。
「悪い連中と付き合うからだ。一体、どんな生き方してやがるんだ」
「……殴らないおじさん、ウザイ」
「働かないおじさんみたいに言うな」
まぁ実際のところ今は無職の働けないおじさんだが。
その時、
「お見事です、トラリオン・ボルタ」
軽薄な声と拍手が近づいてきた。
俺の家の庭先に、いつの間にか横付けされていた黒塗りの馬車。その客車から一人の男が姿をみせた。
襲撃してきた少女は、どうやら黒塗り馬車から飛び出してきたらしい。
「おまえは……!」
現れたのは王国最上位を示す法衣を身に着けた、中年の魔法使いだった。
黒地に金の装飾が施されたマントを颯爽とひるがえす。
「3号は我々でも手を焼く素体でして。こうも簡単に制圧するとは、流石ですねぇ」
危険な「暴れ少女」を庭に解き放った張本人。その顔には見覚えがあった。
「ラグロール・グロスカ、これは何の真似だ?」
過去に何度か共に冒険したこともある魔法使いだ。
少女の手首を掴んだまま、いけ好かない魔法使いにつき出す。
さっきまで元気よく暴れていた少女は、魔法師の姿を見るなり怯えた様子で青ざめている。
「君が失業したと聞きましてね」
陰気なカマキリのような男が嘲笑う。昔から嫌な印象だったがますます年季が入ってやがる。
奴の言う通り、確かに二日前に失業した。
長年働いてきた魔物の討伐ギルドを追放され、クビになった。
アラフォーのいい年をしたオッサンは、若手の活躍著しいギルドには不要らしい。
「耳が早ぇな。流石は王国魔法諜報部勤務……といったところか?」
「えぇ、おかげさまで今は魔導兵器開発局に異動になりまして。出世というか栄転ですよ」
聞いてねぇよ。
ヤツは軽く肩をすくめ、口元を歪めた。黒地に金色の装飾を施された荘厳な衣装に身を包んだ男は、ほうれい線の目立つ顔に、貼り付けたような笑みを浮かべている。
大陸最大のヨインシュハルト王国。そこの魔導兵器開発局といえば、エリート魔法師の巣窟。ずいぶんと出世したものだ。
それに引き換えこちとら盛りを過ぎ、ギルドをクビになった無職、冴えない中年のおっさんだ。
「失業まで知ってやがるとは嫌な世の中だぜ」
「まったくです。ところで仕事だと思って3号を預かってくださいませんか? 名前は女リス・チュチュリア。弟子にするなり、奴隷にするなり、好きにして構いませんから」
「断る、連れて帰れ」
ぐいっと、少女の背中を押す。
「……痛い」
小さな言葉をこぼした。
リス・チュチュリアと呼ばれた少女は、か細い声で悲鳴をあげた。
その痛いという言葉はまるで「助けて」といっているかのようだった。
「おやおや、それは困りましたね」
「ひとの家で暴れさせた挙げ句、預けるだと? 勝手なことを言うな」
ヨインシュハルト王国の王都から乗り合い馬車で小一時間。ここは郊外の閑静な田舎町エストヴァリイ。緑豊かな土地に立つ小さな一軒家だ。
数年前、景気の良かった時に思いきって買ったのは正解だった。浮世暮らしから一転、小さくとも一国一城の主になったのだから。そんな快適な我が家を騒がしくされてなるものか。
「3号はとある貴族のお屋敷に預けられたのですが、ご覧の通り気性が荒く手を焼きまして……。あろうことかご子息様を殴り、使用人にも怪我を負わせました。そこでトラリオン。きみのところへ」
「ふざけるな。面倒事のかたまりじゃねぇか。それを押し付けるってか?」
「期待値に届かなかった試作品。情緒が不安定な失敗作でして。でも、痛めつければ命令は聞きますから大丈夫ですよ」
人間の心が無いのかと思う冷たい笑み。
「何が大丈夫だ、痛めつける? バカ言うな」
この少女が試作品? 痛め付ける? 何か処置をされたのか、いずれにしても気に入らない。
「失礼、これは国家機密でした。いずれにせよ失敗作ですから殺処分するしかありません。ですがそれも道義的に問題があるでしょう。しかしトラリオン、あなたなら飼い慣らせる」
「殺処分……だと」
少女に向けられるにしてはあまりにも無慈悲で残酷な言葉だった。
かなり訳ありの娘なのは間違いなさそうだ。
リス・チュチュリアに視線を向ける。よく見れば顔立ちの綺麗な娘だ。横顔からはさっきまでの威勢は消え失せ、不安と怯えの感情がみてとれた。
首の魔法拘束具は苦痛を与え、行動を制限するものだ。でなければ暴れ少女が大人しくラグロール・グロスカの馬車に乗ってくるはずもない。
「『竜を絞め殺した男』そんな二つ名で呼ばれていた君なら、手なずけられるでしょう。奴隷にするもよし、なんなら玩具にしても構いませんから」
軽薄に笑う魔法師の顔を見ているうちに、ムカムカと腹が立ってきた。
「気に入らねぇな」
俺はリス・チュチュリアの手を解放した。
「……あ」
「やめだ」
「トラリオン・ボルタ、何の真似です……?」
<つづく>
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