番外1 絶対に譲れない場所
今回からは、番外編となります。先ずは、この人が語ります。
以前から、あの南部さんという女子のことが、気に入らなかった俺。南部さんは華奈の幼馴染らしくて、華奈と仲が良かったそうだけど、華奈が劇で主役になれないのは、南部さんの所為でもあった。
南部さんは自分よりも華奈が、ちやほやされるのが気に入らないようで、態と華奈を自分で推薦して置いてから、クラスメイト達が華奈を拒否するようにと、誘導したこともあるようだ。華奈はその時、同級生から悪く言われた所為で、すっかり自信がなくなっていた。それでなくとも彼女は、親戚の叔父さん夫婦に虐待されたこともあり、自己否定が酷いのに…。
そういう理由もあり、単に好きとか嫌いとか以前に憎いと思うほど、俺は南部さんを嫌っている。華奈は以前、南部さんを大事な友人だと思い、完全に信頼していたようだが、逆に南部さんは昔からずっと、華奈を欺いて来たようだ。それどころか華奈を嫌っていたのだと、本人に告げたようで。何て残酷なことを、告げるのだろうか。華奈が君に、何をしたというのか…。
出会った時から華奈のことは、何か運命的なものを感じていて、彼女と一緒に居るだけで、俺の心の中は温かくなる。俺に寄ってくる他の女子とは違い、彼女は俺に擦り寄って来ないし、それどころか俺が華奈に向ける気持ちも、妹に向ける感情と同等なものだと、勘違いしている。
俺は華奈の前では、自然体でいられるんだよ。誰にでも優しい態度で接するのは演技だけれど、彼女には自然と優しく出来る俺。彼女は妹の親友であり、また俺の親友の妹でもあるから、自然と彼女の近くにいられる理由が持てて、嬉しく思うよ。
その大切な存在の華奈を、虐めている南部さんに好意を持てないのは、当たり前である。それなのに南部さんは俺に気があるようで、俺に何だかんだと理由を付けては、擦り寄って来ようとするんだよ。マジでムカつく。俺がどんなに無視しても、俺がどんなに冷たい態度を取っても、暫くするとまた近づくのだから。如何いう神経をしているのだか…。こんな性格の悪いヤツを、好きになる訳がないだろ…。
実は以前から俺は、南部さんをギャフンと言わせる機会をずっと長年狙い、一計を案じている。漸くその機会に恵まれ、仕返しするには丁度良いと決心する。華奈は劇の主役で嵌められたのだから、南部さんにも同じ罠で嵌めてやろうと、他の協力者を仰ぐことにしたのだった。
先ずは妹の千夏に、華奈の兄である葉壱に、華奈のクラスメイトで親友の田中さんに、俺のクラスメイト達。南部さんが華奈にした行いをバラし、大勢の生徒を巻き込んで、俺達の協力者に仕立てていく。
これで華奈を敵視する人間は少なくとも、劇のメンバーの中ではこれ以上増えないだろうな。これから一緒に行動するメンバーに、南部さんの布教活動をされては、叶わないからね。あの思わせぶりな口調で、南部さんの信者を増やされ、劇に支障が出ても困るんだよ。手を打てそうな部分は、なるべく先に打って置こうかな…。
こうして南部さんは俺の罠に、お芝居の中の乙女ゲーのヒロインとして、あっさり自ら飛び込んで来た。何の疑いもなく俺の提案に乗り、ヒロインという役に飛びついた。まあ俺も態と、題材がゲームだとしか言わなかったが…。乙女ゲーだと言えば、警戒されるかもしれない。最近の乙女ゲーでは、悪役令嬢が主役になったりするらしい。そういう話の中のヒロインの中身はお花畑だと聞くし、KYな南部さんにピッタリなキャラだと、俺は…思うけどね。
よしっ!…次の罠は、ヒロインの相手キャラだな。南部さんはヒロイン=主役ではないのだと、漸く気付いたばかりだ。今度は、どういうリアクションを取るだろうか?…そういう意味では、ちょっぴり楽しみな気がしてくるよ。くくっ…。
台本を読んだ南部さんは、ヒロインの役柄に眉を顰めたが、役を外され舞台裏に回るよりは、マシだと考えたらしい。彼女はきっと相手役の第一王子が、俺だと思っているだろう。残念ながら俺は第二王子役であり、第一王子は3年生の別の生徒が遣るのだが。第二王子役ぐらいは1年から選ぶべきなのに、華奈を守りたい俺は、誰にも…譲りたくなくて。
だから、俺が適任だと言ってくれたクラスメイト達には、感謝している。舞台上で何が起こるか分からなくて、どうしても俺が助けたい気持ちが強かった。特に俺から頼んだつもりはなくとも、もしかしたらこの計画を立てた時点で、俺の気持ちは丸分かりだったのかもしれない…。
俺の気持ちは、肝心の華奈には届いていないけど、それでも俺は華奈を守るのは、俺がいい…。兄の葉壱には負けても仕方がないけど、他の男子には負けたくない。出来れば葉壱にも…。絶対に譲れないんだ、華奈のことだけは……。
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相手役でもある第一王子役の生徒を見て、南部さんの顔が歪む。第一王子役の生徒は、俺達のクラスでは男女に人気のある人物だ。特別なイケメンではないかもしれないが、其れなりに女子にモテているし、現在彼には付き合っている相手がいるらしい。本来ならば女子がそこまで嫌がる人物では、ない筈である。
彼が南部さんにとっては、理想の異性ではないのだと、俺は知っていた。南部さんが本当は、誰を狙っているのかも。俺は敢えて、配役を公表せずにいた。第一王子は3年生が演じるとしか、教えていなかった。俺が演じるのだと、敢えて勘違いするように仕向けて。
そうして南部さんは、はっきりと落胆した様子を見せた。これが第2の罠である。然も彼には彼女が居るので、もしも南部さんが必要以上に仲良くしようとすれば、当然南部さんが悪く言われる原因となる。彼自身も簡単に浮気をする人物ではないので、南部さんに懐柔される恐れもなく、安心である。
「レギラーナの役の子は、葉壱の妹だろ?…葉壱も真面目で良い奴だし、妹も兄思いだと聞いてるよ。だから…君の話すことの方が、僕には信用出来ないな。」
案の定南部さんは彼を懐柔して、華奈の悪口をバラ撒こうとしたようだが、流石に兄のクラスメイトである彼は、妹がどういう子なのかは葉壱を通して、知っている筈だよ。彼は葉壱や俺とも仲が良いのに、ほぼ初顔合わせの南部さんを信じたら、おかしいよな…。南部さんは葉壱には眼中にないようだが、葉壱は案外とモテるんだよな…。素っ気なくとも、優しい奴なんだよ。顔は可愛い系だし、イケメンとまでは言えなくとも、決して悪くもないだろう。
既に華奈は、彼女の穏やかな優しさに触れた3年女子にとり、マスコット的なキャラとなるほどの人気者になっていた。但し、華奈本人は全く気付いていないけど。クラスの女子の中には、俺と華奈がカップルになるのを、応援してくれている女子生徒もいたりする。応援まではしなくとも、生暖かい目で見守ってくれる女子生徒もいて。クラス中の生徒達が、俺達を見守ってくれているようだ…。
そうなると面白くないのが、南部さんであろうか。追い込まれた南部さんは、裏でコソコソ動き出す。俺との約束を忘れて、華奈を昔みたいに嵌めようとしているのだろう。そうはさせないっ!…君の思うようには、絶対にさせないからなっ!
ここで第3の罠の発動である。南部さんは俺達のクラスでは通じないと思ったらしく、今度は1年の合同授業で他のクラスの生徒達に、あることないことを噂話として語り、部活でも華奈を悪役にして語っていた。俺はクラスメイト達に手伝ってもらい、その噂話を全力で潰しにかかることにする。南部さんが話した人物に、デマだと触れ回るのだ。お陰で南部さんが触れ回っても、華奈を悪く言う噂は思うように広まらず、南部さんは芝居の稽古中も、始終イライラしていたようである。
予め手を打っておいたのも功を奏し、俺達がデマだと触れ回る前に、南部さんから直接話しを聞いた人物達は、南部さんに対して不信感を持ったようである。俺も割と腹の中は黒いから、南部さんが取りそうな行動は、大体見当が付くんだよね…。先に手を打つなんて、俺には…朝飯前だったよ。
第4の罠は、芝居の衣装である。南部さんにはお花畑のお嬢様を演じてもらう為にも、悪役令嬢役の田中さんや取り巻き役の華奈とは、全く異なるタイプの衣装を用意してもらった。衣装は3年女子達の手作りなので、気に入らなくともどうすることも出来ないだろう。もし最悪、衣装を態と破ったりした時は、強制的に南部さんを外すつもりだ。代わりに3年女子に、出場してもらう手筈となっていた。彼女には万が一に備えて、セリフや動きを覚えてもらっていて、何の心配もない。
但し…役を外すのは、最終の手段だ。南部さんには思いっきり、舞台で恥を掻いてもらうという以外にも、他に第5の罠が張ってある。出来ればその方が、南部さんには良い罰になることだろう。だから衣装を台無しにされないように、前日まで衣装を見せなかった。
前日に衣装を見た南部さんは、明らかにドン引きしていたが、先輩達の手作りと言われて似合うなどと言われれば、口元をヒクヒクさせ引き攣った笑顔を見せて…。衣装合わせの後は、3年女子達が厳重に管理すると言っていた。まあこれで、衣装を汚すことさえ、出来ないだろうな。
こうしてその衣装で舞台に出た南部さんは、第5の罠に明らかに戸惑っていたようだ。何故ならば、第二王子の役が俺だとは、知らなかったからだった。練習の間はずっと、葉壱にやってもらっていた。ああ見えて、葉壱は器用である。本番も葉壱でも良かったけれど、それは俺が我慢できないからね…。
華奈の演技は完璧で、俺の助けは特に必要がなかったけれども、劇中で婚約者の役が出来て、俺は凄く…嬉しかったんだよ。華奈、君はどう思ってくれたのかな…。
まだ中学生なので、恋愛になる前の段階でしょうか。まあ、柚弦は自覚しているような感じですけど…。華奈至上主義の彼には、咲歩子は目の上のたんこぶ…というところですね。仕返しが此処まで用意周到だと、逆に怖い……。
咲歩子のことを、「南部さん」と書いて「あの子」読みさせるのは、柚弦が名前さえ呼びたくない…という気持ちの表れからです。それだけ嫌っている訳で…。
※本編は既に完結しています。残すは、番外編のみとなります。この作品はあと数回で、完全に終了となる予定です。




