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暴君





ファンデルフィ王国は、千年の歴史を誇る大国である。恵まれた地形と、鍛え抜かれた騎士達によって、他国や魔物達の侵入を拒み、今なお三代大国の一つとして大陸に君臨している。


 そしてファンデルフィ王国騎士団も、千年の時の中でさらに力をつけ、今では大陸一の規模を誇る巨大な騎士団へと成長していた。

 そんな王国騎士団は現在七つの部隊に分かれて組織されている。王族や城の警備をする近衛部隊、そして国の治安や魔物の討伐を行う一から六までの部隊である。

 その六つに分かれた隊の内、もっとも勇者な騎士達を集めたのが第一部隊であり、身分関係なく徹底された実力主義によって組織されているのもまた第一部隊の特徴であった。


 そして私はそんな第一部隊に所属してはや六年、今日も今日とて訓練ではボコボコにされていた。第一部隊の訓練は訓練とはいえ容赦がない。気を抜けば骨の一本二本簡単に折れるので、毎日が命懸けである。


「ちくしょう……隊長め、いつか絶対あの綺麗な方で半べそかかせてやるんだ………」


「ああ………そん時は俺も協力するぜ、アルネ」


鼻血を垂らした私の周りに、同じくひどい有様の隊員達が集まってくる。睨む先は勿論、第一部隊の頂点にして暴君、レオン・スカーレッド隊長である。褐色の肌に、空を写し取った様な青い瞳は大人の色気がムンムンで、ブルネットの髪は伸ばし放題のボサボサなのに、顔が良いのでそれすら色香に変えてしまう恐ろしい男だ。その色気で国中の女性をたらし込んでいるともっぱらの噂なのだが、しかし実は妻帯者の愛妻家で、私隊員には慈悲のじの字もないのに、奥さんの前だけでは優しく笑うのだ。

 そんな所も女心をくすぐるらしく、城に出入りする女性からは羨望の眼差しを常に向けられている。

 しかし私達隊員が負けるのは、恨みのこもったじっとりねっとり熟成された視線である。もちろん尊敬はしているし、私達が隊長の事を慕っているのに変わりはないのだが、何せ容赦がない。今日も何人かの隊員が骨を折られて医務室に運ばれて行った。


「ったく、なんだよテメェら。文句あんのか」


「あります!!見てください隊長!私の顔!血だらけですよ!年頃の女の子の顔が!血だらけなんですけど!?」


「アルネ、お前………チャレンジャーだな………」


「アルネと隊長は第一部隊に入った時期、同じだから………」


いざとなると文句を言えない弱虫達が後ろで何やら言っているが、どうせ怒られるのなら文句を言って怒られた方がいいに決まっている。

 手をあげてはっきりと文句を言った私に、隊長はニヤリと意地の悪い笑顔を向けた。ニッコリではなく、ニヤリである。


「ほぉ、アルネ………お前そんな事気にすんのか?なんだ、男でも出来たのか。なら紹介しろ、俺が見極める」


「なに!?男だって!?」


「認めません!お父さんは認めませんよ!?アルネに恋人だなんてまだ早い!」


「昨日までこんなにちいちゃい子供だったのに!一体いつの間に!?」


隊長の余計な一言で、私が小さい頃から第一部隊にいた古株達が騒ぎ出す。最近入ってきた騎士達はその光景を面白そうに見ているだけで、誰もこの騒ぎを止めようとはしない。


「いや、出来てないですけど………ちょっと隊長!隊長の所為で変な空気になっちゃったじゃないですか!」


「いやお前………もう一九だろ?変な虫がつくよりは良いが、何も無いなら何も無いで、本当色気のない奴だな」


「うわー、それ、色気がないって隊長に言われると一番ムカつきます。いいんですよ、いつか私だって隊長みたいに色気ムンムンになってみせるんで」


「ハッ、なれるもんならなってみろ………そうだアルネ、色気の前に、お前顔洗ってちゃんと制服着てこい。三十分やるから、着替え終わったら俺の部屋まで来い。他の奴らは休憩行って良いぞ。午後は予定通り見回りだ」


「え?呼び出し!?」


「おい、アルネ!お前何やったんだよ、呼び出しなんて」


「分かんない、どれだ、どれなんだ………」


「嘘だろお前………そんなにやらかしてんの?」


心当たりならいくつかある。

まず一つ目は隊長の執務室にあった焼き菓子をつまみ食いした事。

 二つ目は力加減を誤って訓練用の模造刀を三本折ったこと。

 そして最後の大穴、昨日の売人の件を未だに報告していない事である。昨日は結局ヘトヘトになるまで街の中を走り、さっさと家に帰って寝てしまったのだ。今日は今日で駐屯所に行ったら、例の売人の手配書が綺麗さっぱり消えていたので、何となく昨日の事を報告し損ねた。昨日男が死んだ事を知っているのは、黒髪の男と、眼鏡と、私だけの筈である。それなのに騎士団の手配書が消えているだなんて、一体どういう事なのか。あの後男は売人の死体を騎士団に届けでもしたのだろうか。


「うーん………どうか二つ目であって欲しい……」


「………アルネ、俺らお前の無事を祈ってるから。また明日生きて会おうな!」


全く励みにならない仲間の励ましを受け、不安を抱えながらも制服に着替えるために更衣室へと向かう。第一部隊に女は私だけなので、伸び伸びと綺麗に使えるのが嬉しい所だ。

 顔を洗うだけではなく、どうせなら汗も流したいのでシャワーを浴びる事にする。長い髪を乾かすには時間が無いので、髪を濡らさないよう顔と体だけを素早く洗った。

 体を拭き、着替える前に鏡を覗く。あんなにドバドバ鼻血が出たから、てっきりアザにでもなっているのではないかと思ったのだが。私の顔は相変わらず真っ白で、アザも傷もできていなかった。


「改めて見ると………ほーんと薄ぼんやり」


日に焼けにくい真っ白な肌、白っぽいブロンドの髪、瞳の色だけは薄い紫だが、それでも全体的に薄ぼんやりした見た目である。本当は隊長の様に色のハッキリした、強そうな野性味あふれる見た目になりたいのに。私のこの薄ぼんやりな見た目は、どこからどう見ても弱そうで、私はあまり好きではない。


「ま、見た目なんてどうしようもないし……気にするだけ無駄かな」


こんな事で落ち込んでいては人生落ち込みの連続、悲劇のヒロインになってしまう。見た目の事は早々に諦めて、私は制服に袖を通した。黒と銀を基調とした騎士の制服は、強そうなので気に入っている。近衛隊は白を基調とした制服で、それ以外の部隊は黒い制服と決められているのだが、私は黒で良かったなとつくづく思う。私は黒がどんな色の中でも一番好きなのだ。何色でも呑み込み、自分の色に変えてしまうところがなんだか強そうでカッコいい。


 きちんと制服を着れている事を確認し、長い髪も綺麗に結い直す。動いても邪魔にならない様、休日以外はいつも低い位置で一つにまとめて、三つ編みにしている。

 鏡にもう一度全身を写し、くるりと回って最終確認をする。隊長はあれで身だしなみにうるさいのだ。特に呼び出しがあったときにはちゃんとしていないと、余計に怒られる。


「どうか………あんまり怒られません様に」


祈る様に呟いて、善は急げとばかりに隊長の部屋へと向かうことにした。

 


 

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