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ひょんな出会い






 雲ひとつない青空、今日も王都の街は快晴である。心地よい風が街中を吹き抜け、春の朗らかな匂いを運んでくる。長い長い冬が終わり、春の陽気とともにやってくるこの匂いが私は昔から好きだった。こんな日は森に出掛けて、澄み切った湖のほとりで寝転んで昼寝をするのが一番なのに。


 なぜ私は人気の無い街の端、冷たい地面に背をつけて、息を飲むような美丈夫を見上げているのだろう。しかも身動きの出来ない私の首には、ギラリと光る短剣が突き付けられている。少しでも動けば即、今生とオサラバだ。


「………」


「………」


(いやっ、何か喋れよ)


 心の中で思わず叫ぶ。私の命を握った美丈夫は、私を組み伏して剣を突き付けたきり黙り込んでいる。エメラルドのような瞳を見上げても、その瞳は真っ直ぐに私を見下ろしているだけで何を考えているのか全くわからない。太陽の光をいっぱいに浴びてそよそよと風に揺れる黒髪は、いつもなら綺麗だと思えるはずなのに。今日に限っては死神のベールにしか見えず、残念極まりない。

 しかしいつまでもこうしている訳にもいかないだろう。いくら人通の少ない通りとはいえ、こんな光景人に見られたら犠牲者がふえるだけ。私は意を決して口を開いた。


「……あの〜」


「なんだ」


 案外あっさりとした返事が帰ってきたので、思わず拍子抜けしてしまう。耳に心地よく、聞き取りやすい低い声だった。


「あの、やっぱり私の事、殺すんですか?」


「そうだな、アレを見られたんだ。殺すしか無いだろう?」


 無いだろう?なんて聞かれても、私は勿論死にたく無いので、なく無い!としか言いようがない。小首を傾げて聞かれても困る。


(それもこれも全部アレのせい……)


 アレは、今現在物言わぬ骸となり少し離れた所に転がっている。


 そもそもアレは、少し前まで薬物を売買する売人として街を騒がせていた悪人である。その手口は非常に悪質で、金のある人間には初めは安く薬を提供し、中毒になってきたところで値段を釣り上げる。それだけではなく、平民の子供に薬入りの菓子を食べさせ中毒者を増やしたり、質の悪い薬を売って死人を出したりと、兎にも角にも非常に悪質なやり方をする売人だった。

 しかし逃げ足が速く、尻尾をつかんでも直ぐに行方をくらませてしまうため、私の所属する王国騎士団でも緊急指名手配をしていた。駐屯所の至る所に手配所が貼られていたため、私も嫌でも顔を覚えたのだが。

 運の悪いことに、たまの休日を謳歌するため街をぶらついていた私の前に売人が現れたのだ。パン屋のショーウィンドウを覗いているのを偶然目撃してしまった。勿論見過ごす訳にもいかずにこっそり尾行して、人気が無くなったところで捕まえようとしていたのだが。

 それよりも先に、この黒髪の男が売人を殺す所をバッチリ目撃してしまったという訳である。そして馬鹿な私は特に不審に思うこともなく、男に近付いてしまった。てっきり同業の騎士か何かかと思って、お礼まで言おうとして、馬鹿な私は気を抜いていた。

 しかし笑顔で近付いた私を男は素早く組み伏せて、今現在こういう状況だという訳である。よくよく顔を見てみれば、こんな黒髪の美丈夫は騎士団にはいなかった。こんなに目立つ顔をしているのだから、見かけたら忘れるはずも無い。

 見た目の良い騎士が集められる近衛かとも思ったのだが、そういえば近衛騎士隊は街の見回りなんてしないし、取り締まりもしない。つまり近衛騎士たちがあの売人の顔を知るはず無いのである。

 ここまで考えてようやく、私はこの黒髪の男がただのヤバイ奴であることに気づいたのだった。


 しかしだからと言って大人しく殺される訳にもいかない。無い知恵を絞って、この状況を打破する方法を考える。


 そして結局思いついたのは非常に原始的で単純な方法だった。


「ふんっ!!」


「ぐっ………」


 きっと凄く痛いのだろう、私には想像がつかない痛みの類だが。

 激痛にうずくまる男を押し退けて、私は全力で走り去る。


「いやっ、本当、なんかごめんなさい!お大事に!」


 怖くて後ろを振り返ることはできないのだが、一応誤っておく。女の私には無い急所を、騎士として鍛えられた私の脚力で蹴り上げてしまったのだ。再起不能になって、あとで恨まれてはたまらない。ワンピースが捲れるのも気にせずに、全力で大通りへと一目散で駆けてゆく。


 しかし後ろから微かな殺気を感じて、考えるよりも先に私の体は反射的に左に避けた。


「うわっ、何!」


 氷の槍のような物がものすごい勢いで私がいた場所を通過していく。もし避けていなければ、今頃私は串刺しになっていた。


「あ、あっぶな………」


「ふふふ、どうやら貴方、只者じゃ無いですね?」


「えぇ…誰…」


 何処からともなく現れたのは亜麻色の髪に眼鏡をかけた、笑顔の胡散臭い男だった。状況的に氷の槍を投げてきたのはこの男、つまりこの胡散臭い眼鏡は魔導師ということになる。それにしても街中であんな危険な魔法をぶっ放すなんて、この男どうかしている。ヤバイ奴の仲間はヤバイということか。


「貴方が旦那様を動けなくしてしまったから、私がこうして来なくてはいけなくなったんです。私、戦闘はあんまり得意じゃ無いのに。ひどいですよね」


「もしかして、加減が効かないタイプですか?」


「はい!その通りです!」


「うわっ!?」


 にっこりといい笑顔で特大の氷の矢をいきなり三本も打ってきた。しかもいきなりである。


(うわーここの家の人、ごめんなさい!)


 全て避けられたはいいもの、後ろの壁には見るも無残な穴が三つ開いてしまった。私が避けたせいではあるのだが、命には変えられない。


「凄いですねぇ、この距離で今のを全部避けるんですか」


「も、もういい加減にしてください!私、今日休日なんです!」


 こうなれば逃げるが勝ちである。身体強化で脚力を強化し、屋根の上へと思い切り飛ぶ。ワンピースの裾が何やら大変なことになっているが、仕方ない。次からは休日を過ごす時もズボンを履けばいいだけの事だ。


「おぉ、白ですか」


 眼鏡が何やら言っているが、この際下着なんてどうでもいい。私は身体強化をかけたまま、馬よりも速くその場を後にした。


 この時の私はこの不幸な出会いが、あんなにも面倒なことになるとは夢にも思っていなかったのだった。
























 

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