第8話 見えない心情
目の笑っていない笑みを浮かべるジルベルトが、オスカーの前に立っていた。
「………殿下、俺が何か殿下のご機嫌を損ねるような事をしましたか……?」
「いや?
レティシアをとても楽しませてくれていたようで、感謝しているが?」
「………その、言い方がもうすでに怒っているじゃないですか……
ここで、ぼんやり殿下が戻られるのを待つよりも、ダンスに誘ったほうがレティシア嬢も気が紛れるかと思っただけですよ?
何も疚しいことは、してませんから」
そんな二人のやり取りに、レティシアは二人の間に入る。
「殿下、オスカー様の言った通りです
オスカー様は、私の事を楽しませようとしてくれただけなので……」
「……随分、楽しそうであったように見えたけど?」
「それは……、オスカー様が私の事を励ましてくださったから……」
「励ましだって?」
「それは……」
言葉に詰まらせたレティシアを助けるように、オスカーが答えた。
「レティシア嬢が、彼女でない存在と殿下が共に居る事に不安を隠していたから、少し助言をしたんです」
オスカーの言葉に、ジルベルトは表情を僅かに揺らす。
そんな、ジルベルトの感情の揺れを察したレティシアは、彼を見詰めると柔らかい笑みを浮かべ、他に聞こえないくらいの囁き声で言葉を紡いだ。
「だから……私、オスカー様に、こう伝えたの
ジルの事を信じているから、大丈夫だって……」
「レティ……」
「だから、そんな顔をしないで?」
ジルベルトはレティシアのその言葉に、胸がグッと掴まれたように苦しくなる。
今、この公の場で彼女抱き締めたい気持ちでいっぱいになったが、そういう訳にもいかず彼女の髪の毛を一束手に取ると、今の感情を込めるような口付けを落とした。
「ありがとう……」
「え……?」
「私の事を信じていてくれて、ありがとう
私は、誰よりも君の事を想っているから……」
「うん……」
そんな、二人の様子を眺めていたオスカーは、複雑な感情を隠して二人へ笑みを向ける。
「そういう事で、殿下
俺の役目は、今日のところはこれで終わりということで、宜しいですか? 」
「ああ、今日は助かった」
「いいえ、殿下の大切な妖精姫に悪い男達が近寄る事と俺を比べて、俺の事の方を信用してくれて嬉しいですよ」
オスカーの皮肉も含んだような言葉に、罰の悪そうな表情をジルベルトは浮かべた。
和やかな雰囲気で話している三人を、じっと見詰める視線がある事に、この時は誰も気が付かなかった。
舞踏会も終盤になった頃、王城内の回廊にはアルフレッドとマリアベルが、女官や護衛を連れ歩いていた。
「アルフレッド様、わたくしのお部屋まで送ってくださりありがとうございます」
「いえ、エスコートを引き受けたのですから当たり前のことですので」
「今日は、この王国の事を少し知る事が出来て、とても貴重なお時間でしたわ」
「楽しんで頂けたなら、良かったです」
「ですけど、ひとつ疑問があるのですが……」
「何でしょうか?」
「こんな事を聞くことは、不躾だとは思うのですが……
アルフレッド様は、どうして婚約者の方をお決めになられていないのですか?」
マリアベルの突然の問いに、アルフレッドは僅かに浮かべた訝しげな表情を彼女へ向けた。
「………何故、そんな事を知りたいのですか?」
マリアベルは、特に他意もないような表情を浮かべ、可愛らしく首を傾げる。
「何故と聞かれると、深い理由はありませんが……
アルフレッド様のお兄様であるジルベルト様も、婚約者の方がいらっしゃいますし、お立場やお歳を考えても、せめて婚約者候補の方がいらっしゃる方が自然なのかと思ったまでですわ
ですが、候補の方もいらっしゃらないとお噂で聞きましたの
それは、何か特別な理由でもあるのかしら?と、思ったのです」
アルフレッドは目の前の王女が、自分の婚約者の有無を知りたい他の理由があるのではないかと思うが、王女の表情からはそんな裏の考えなど感じる事もない。
何も裏などもなく、本当にただ知りたいだけなのかよくわからなかく、どう答えようか考えあぐねているアルフレッドをマリアベルは見つめる。
そのように、アルフレッドが警戒しているのを察したマリアベルは、少し気を落としたような表情を浮かべた。
「こんなプライベートな事をお聞きして、お気を悪くされたのなら申し訳ありません……」
邪気を僅かにも感じられない目の前の王女に、アルフレッドは何とも言えない感情を持った。
「謝らなくてもいいです
婚約者の候補すらいない理由は、特に深い理由はありません
兄上の婚約が正式に決まったのも最近ですし、自分は兄上よりも前に婚約者を決める気もありませんでした
ただそれだけです」
「そう、なのですね
ジルベルト様の婚約が最近まで決まらなかったのは、どうしてなのかしら?
確か、ご婚約者のレティシアさんは、ジルベルト様やアルフレッド様の幼馴染みとお聞きしましたわ
それなら、もっと幼い頃に決まっていても良かったのでは?」
「………それも、特別な理由はありません
各所への働き掛けや、様々な兼合いからこの時期が最適だとされたのだと思います
何故、そんなに我々兄弟の婚約について気になるのですか?」
「アルフレッド様にこんな事を聞きましたが、そういうわたくしも、まだ婚約者がおりませんから……
他の王族の方はどうなのだろうか?という、単なる関心からですわ
王子と、王女では立場は異なるとは思いますけれど、わたくし達は自分の感情など無関係な場所で、この身を国の繁栄に結びつけられるのは、同じなのかしらと感じたのです」
「………それは、どういう……」
「特に他意はありません
ここまで、エスコートをありがとうございます、アルフレッド様」
「いえ……」
王城の貴賓室が並ぶ廊下の入り口で、マリアベルを見送ったアルフレッドは、彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。
そして、思う。
恐らくマリアベルは、シャルテ王の考えをわかった上で、この国へ遊学に訪れたのだろう。
だが、自分の意にそぐわない国王の考えに不満を持っているのだろうか? とも感じた。
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