第7話 忍ぶ想い
ジルベルトとクララが、連れ立ってダンスホールへ足を進めていく様子を、黙って見詰めているレティシアに、オスカーはポツリと言葉をかけた。
「いいの? 黙って見送って」
「え?」
「そんなに快く、あの二人がダンスを踊る事を笑顔で見送っていいの?」
「わたくしが、殿下を一人占めしてしまう訳にはいきませんから……」
「殿下は、君に一人占めして欲しかったのが、本音だったのじゃないかな?」
「均衡のとれないような行動を公の場でとることは、殿下の評判にも傷が付いてしまうおそれもありますので……」
「模範解答みたいな言葉だね
そして、聖女のように自分の感情とは反対の事でも何でも受け入れて、自分の感情は消し、不満も言わずに、綺麗な笑顔で、殿下をヘインズ嬢へ差し出したのかい?
それは素晴らしいね」
レティシアはオスカーの言葉に、様々な感情が綯交ぜになったような感覚を覚え、表情を僅かに歪ませた。
「………オスカー様は、何を仰有りたいのですか?」
「なんだかさ、君を見ているとイライラするんだよ
もっと殿下に、我が儘を言えばいいのにって思ったりさ……
君は自己犠牲精神が強すぎるから、余計にそれが腹立たしい
あ、別に君の事が嫌いだから、こんなことを言っている訳ではないんだよ?」
レティシアの作った表情に影がさした時、オスカーは彼女の前に手を差し出した。
「こんな所でジッとしているのもなんだし、俺達も踊りに行こうか?」
言っている事と、行動が食い違うかのように、自由に振る舞うオスカーに、レティシアは戸惑いながらも手を重ねた。
そして、目の前で自由に軽い口調で振る舞うオスカーの今の姿が、本当の姿でない事もレティシア自身知っている事であった。
(自己犠牲……それはオスカー様だって……)
騎士団長を務める、マルクス公爵の次男として産まれたオスカーは、天賦の才とも言われるような武術の才能に恵まれていた。
この王国には昔から正妻の長男が家を継ぐという、古い慣習がある。
オスカーは、兄よりも武術に長けていた自身が、武官の跡取りという、兄の人生を狂わすのではないかという恐れを持っていた。
その恐れが強くなってきた頃から、自分は重要な地位には相応しくないと周囲に思われるかのように、わざと女にだらしない人間に振る舞っていた事を、とある日レティシアは知る。
そして、もっと自分を大切にしてほしいとオスカーを諭した事があったのだ。
ホールに流れるワルツに合わせ、クルクルと支えられた身体が回る。
オスカーは武術だけでなく、ダンスもとても上手であった。
ジルベルトのように優雅で流れるようなステップではないが、相手の事をしっかりとフォローしつつも、所々無理なくアレンジを加え、周囲の目を惹くような華やかさのあるステップを踏む。
レティシアは、先程オスカーから言われた言葉が頭から離れず、何時もよりも近い距離の彼をジッと見詰めた。
オスカーは、そんなレティシアの視線に気が付く。
「何か俺に言いたいような顔だね?
何? 我慢しないで、何でも言ってくれていいんだよ?」
「…………自己犠牲って……、オスカー様は先程言われましたけれど……
それは、オスカー様だって……」
「だから、イライラするんじゃないかな?
自分の抑えている感情と重なる部分が君にもあるから、それが余計に目につくんだと思うよ?
君が我が儘になる事を殿下は求めているんだから、もっと感情を素直にぶつけたら良いのにと、俺は思うんだ
素直な感情を一度でも殿下にぶつけた事はある?」
「全くない訳じゃ、ありません」
「へぇ……
じゃあ、その時の殿下は迷惑そうだった?
反対に喜んでいなかったかい?」
レティシアが言葉を詰まらせた時、オスカーは彼女へ笑みを向けた。
「少し苛めすぎたかな?」
「………オスカー様は……、厳しいですね……」
「ん~……なんだろうな……
君を前にすると、嘘で固めた言葉が出てこないんだよ
他の令嬢方へ向けるようなね?」
「嘘で固めたって……」
「俺も、これでも少しは変わろうって思っているんだよ?」
「変わる?」
「以前、君に指摘されたような、令嬢方への軽い振る舞いは今は控えているつもりではあるんだよ
兄上とも以前よりも話をするようになったしね
君は俺に、自身の浅はかな考えから始めた、誰も得をする事がない振る舞いを、見詰め直す切っ掛けをくれたんだ」
オスカーのそんな言葉に、レティシアは彼の瞳を見詰めた。
「見詰め直す……?」
「俺が心配しなくとも、兄上は兄上なりに世間を認めさせるような俺にはない力を持っていると、殿下から教えてもらった事もあったしね
それに───」
オスカーは目の前の少女の瞳を見詰め返す。
(………手に入らないことは確実であって、想いを寄せるだけだとしても……
以前の、あんな振る舞いをしていた俺は、君へ想いを寄せるだけという、そんな資格さえなかった
だから……、君を心の中で想う人間としてだけでも、相応しい生き方をしたいと思ったんだ……)
「オスカー様?」
「ううん、何でもないよ
そんな風に、俺が変わろうと思った切っ掛けを作ってくれた君には、幸せになって欲しいと思ったんだ
我慢をしすぎないで欲しいと思ったって、言いたかったんだよ」
半分本当で半分偽りの、そんな言葉をオスカーはレティシアへ伝えた。
「………信じていますから……」
「信じて?」
「殿下が以前言ってくれたんです
私が、クララ様への複雑な思いを溢してしまった時に、私をこの王城へ迎えるまでに、昔からの慣習を少しずつでも変えていくって……
だから、殿下の気持ちを私は信じているんです」
「以前よりも強くなったね」
「強く?」
「より、妖精姫の魅力が増したように思えるよ」
「オスカー様っ! からかわないでくださいっ!」
「今は、このダンスを楽しもうよ」
「はい!」
レティシアが満面の笑みを自分へ向けた事に、オスカーは複雑な気持ちになるが、その感情は消していつも通りの表情をレティシアへ向けた。
(もっと、君の魅力に捕らわれてしまう……
君の前では嘘を固めた言葉を言えないって言ったけど、一番嘘の表情を向けて、自分の感情とは反対の言葉を掛けているのは君の前なんだよって伝えたら、君はどうするのかな?
君を困らせるつもりはないし、忠誠を誓った殿下へ歯向かう気もない
だけど、心の中でだけなら君を想ってもいいかい?
こんな風に、君の手を取って君の体温を感じられる、ダンスを踊れる機会なんて、もうないかもしれない……
だから、今のこの時間を噛み締めながら、楽しみたい
今だけは、君の一番側にいるのは俺なのだと感じたい……
このダンスが終わったら、また何時もの距離に戻るから……
今、だけは……)
オスカーは、そう密かに心の中で言葉を紡いだ。
そんな別々に踊るジルベルトとレティシアの様子を見ながら、アルフレッドのエスコートでダンスを踊っていたマリアベルが、言葉を溢していた。
「ジルベルト様とレティシアさんは、あまり仲がお良ろしくないのですか?」
「え? どういう事でありますか?」
「お二方が直ぐに、他の方と楽しそうにダンスをされておりますから……」
アルフレッドは、ジルベルトとレティシアの方へ視線を向ける。
表面上はにこやかにクララと踊るジルベルトと、笑みを向け合うレティシアとオスカーの姿が目に入った。
「あれは……
兄上が自ら進んで、楽しく踊っている訳ではないと思います
それに、兄上が離れている間に彼女を一人で残す事にをしたくないから、兄上が信頼している友人に彼女を託したのだと思いますよ」
「そうなのですか……
まあ、どの国にも仕方がないような柵はありますものね
アルフレッド様も、そうではありませんか?」
マリアベルが含みを持ったよう笑みを自分へ向けてくる事に、アルフレッドは僅かに訝しげな表情を顔に浮かべた。
「何を仰有りたいのですか?」
「いえ、深い意味はありませんことよ?」
アルフレッドの胸中は複雑であった。
兄のジルベルトがレティシアを残して、あまり好ましく思っていないクララと義務的に共に踊っている間、本当であったら自分がレティシアの側にいたかった。
しかし、それは叶わず、さらにレティシアがオスカーと楽しそうに踊っている姿も合わさり、何とも言えない気持ちになった。
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