第6話 ひとときの二人の時間
ダンスホールに響くワルツの調べに合わせ、優雅に踊る一組の存在は招待客の視線を一斉に集めた。
蝶のようにフワリとドレスのチュールを揺らしながら、柔らかな笑みを浮かべるその令嬢を多くの男達の視線が追う。
そして、その令嬢を力強く支えながら、長い足で軽やかにステップを踏む相手の紳士には、多くの令嬢達が頬を染めていた。
「漸く君の事をエスコートして、こうしてダンスを共に踊れた」
「え?」
「アランの隣にいる君の姿を見る度に、その場所は私の場所なのにと悔しく思っていたのだよ」
「殿下にはお役目がおありでしたから……」
「ジ·ル」
「ですが……」
「ダンスを踊っている時くらい構わないだろう?
他の場では仕方がないと納得しているが、こうして二人だけの時間の時は、何時も通りに呼んで欲しい」
ジルベルトのそんな言葉と乞うような表情に、レティシアは困ったような表情を向けつつも、ジルベルトの願いを受け入れた。
「………ダンスの間だけよ……? ジル……」
レティシアの、その言葉に満足そうな表情をジルベルトは浮かべる。
「このまま、何曲踊り続けようかな?」
「ジルっ
ジルに話し掛けたい方が沢山いるのだから、そんなこと……」
「私の役目は、取り敢えずは終わったのだからいいだろう?
本音でいえば、ファーストダンスは君と一緒に踊りたかったのを我慢したのだからね」
「でも、完璧なファーストダンスだったわ
他の方も称賛を送っておられたし……
お似合い……だとも……」
レティシアのそんな言葉に、ジルベルトはピクリと表情を消すと言葉を発した。
「君もそう思ったのかい?」
「え……?」
「私とあの王女がお似合いだと、そう思ったの?」
「……………」
レティシアは視線をジルベルトから逸らすと、ジルベルトは彼女を真っ直ぐ見詰め甘く名前を呼んだ。
「ねぇ、レティ?」
「……わかってるくせに…」
「わからないよ
しっかり言葉にしてくれないと、わからない」
「……いたかった………」
「レティ?」
「胸が痛かったの……」
「痛い?」
「ジルの隣に自分でない女性が立っている事が、胸が痛くて嫌だった……」
レティシアが珍しく素直に言葉に表した、彼女の小さな嫉妬を思わせるようなそんな言葉に、ジルベルトは彼女の腰に添えていた自分の手に力を入れて、彼女を自分の方へ抱き寄せた。
その事に、体勢を崩しそうになったレティシアが、ジルベルトへ抗議の目を向ける。
「ちょっ、ジルっ!」
「そんな言葉を聞いたら、離したくなくなるじゃないか」
「ジルが言わせたんじゃない
こんな気持ち……、私は言いたくなかった」
「そうかもしれないけれどね……?
だがそれは、先程から煩い男どもの君への視線が鬱陶しいと思っていたから、私の心の安定と安心材料として君に言わせたかったのだよ」
「え? 何?
虫? 安心材料って……?」
「レティは、まだわからなくていいよ
私だけを見てくれているなら、それでいい
今は、このダンスの時間を共に楽しもう」
「うん……」
結局、ジルベルトはレティシアとのダンスを三曲立て続けに踊り続けた。
休憩を挟む為に、ダンスを一旦終えると、ダンスホールの輪の中から二人は離れる。
ジルベルトは、レティシアを壁の端にある椅子に座らせ、給仕から果実水の入ったグラスを彼が受け取る。
受け取った果実水を、ジルベルトが一口、口に含み味や匂いに違和感がないか確認した後、彼女へ手渡した。
「レティ、喉が渇いただろう?」
「ありがとうございます……」
レティシアは、今のジルベルトの行為に複雑な表情を浮かべながら、差し出されたグラスを受け取る。
ジルベルトが、そこまでレティシアが口にするものを徹底して調べる訳は、彼女がこの王国に生息するセルイラの花という植物の成分に過剰に反応し、命を脅かされた事が何度もある為であった。
セルイラの花とは、通称『青の雫』とも言われており、様々な症状を癒し治癒する成分のある万能薬として使われる事が多い。
だが、その成分を別の煎じ方をすると、反対に劇薬にも成り得る両極端の特性があった。
その為に、国で徹底した管理のもと取り扱われているが、少量であれば人に害を成すものでもなく、手続きを踏めば香料等としても使う事があったり、媚薬として使われる事もある。
だが、レティシアの体質ではその少量でも命取りになる事があった。
ジルベルトのこの行為は、そのセルイラの花の成分が僅かにでも使用されていないか、自ら徹底して調べる為であった。
しかし、王族で王太子でもあるジルベルトへ毎回毒味のような真似をさせている様に、レティシアは複雑な思いで一杯になるのだ。
「レティ? どうかしたのかい?」
「殿下にここまでさせてしまうなんてと、思って……」
「私がしたくてしている事であるのだから、君が気にする事はないよ」
「でも……」
ジルベルトは、そんな複雑な表情を浮かべているレティシアの髪の毛を1束手にすると、自分の唇に寄せて言葉を続けた。
「誰に何と言われようとも、私が君を守る一番の存在になりたいのだから、君であってもその役目を奪わないで欲しいな」
ジルベルトの言葉に、レティシアは幾分か表情を緩ませる。
「頑固ね」
「君の事に関する事は、特にそうなると自覚しているよ」
ジルベルトとレティシアの間に穏やかな空気が流れていた時、その空気を途切れさせるような声が、二人の会話に割って入った。
「ジルベルト殿下
ご歓談中に、お声掛けするこ無礼をお許しください」
その声の主は、王政派と対立関係の貴族派に属しているヘインズ侯爵家の令嬢であり、以前はジルベルトの婚約者候補の一人でもあった、レティシアと同い年のクララ·ヘインズのものであった。
レティシアが正式なジルベルトの婚約者となったいまは、両派閥関係の均衡を保つ為に、王族は両派閥の令嬢を娶る必要があるという、暗黙的に貴族間で長年続く考えから、クララはジルベルトの側妃候補筆頭として名前があがっている令嬢でもあった。
クララは、綺麗な淑女の例をジルベルトへ向ける。
そして可愛らしい笑みを浮かべた。
「ヘインズ嬢、どうしました?」
「王女殿下のエスコートが落ち着いた様でしたので、殿下が宜しければ、わたくしともダンスを共にして頂きたいと、お願いにあがらせて頂きましたの」
クララのその誘いに、ジルベルトは表情には出しはしなかったが、彼の纏う空気が急降下した。
そんなジルベルトの感情に気が付きながらも、レティシアはあえてクララの誘いを彼へ進めるような言葉をかける。
「殿下、わたくしはこちらでお待ちしておりますので、クララ様とご一緒にダンスをお楽しみください」
「レティシア……、君って子は……
しかし、君を一人でこの場に待たせる訳にはいかない」
女性側から誘われた事を無下に断る事は、女性に恥をかかせることになり、良いこととされていない。
だが、ジルベルト的にレティシアに見惚れている者が目につく今の状況下で、彼女を一人この場に残すという選択肢もありえなかった。
ジルベルトはレティシアの兄であるアランを探すが、将来有望な彼の側には沢山の令嬢達が集まり、すぐ自分達の所に来られるような状況ではない。
アランでなくレティシアをいつも見守っている、自分の弟のアルフレッドは今はマリアベルのエスコートをしている。
そんな状況も合わさり、クララの誘い対してジルベルトの機嫌はさらに悪くなった。
ジルベルトは、そのまま周囲を見渡すと、ちょうど一人になった所のオスカーと目が合った事に、今は仕方ないというような表情を隠す事もなくオスカーを自分の側に呼んだ。
「殿下、どうされました?」
「オスカーに彼女を託す事は不本意ではあるが、私がレティシアの側を離れている間、彼女の側に付いていてくれ」
オスカーは、ジルベルトの側にいるクララの姿を目に止めると、今の状況を直ぐに把握し快く承諾した。
「殿下の心の声が駄々漏れなのは、聞かなかった事にしますよ
レティシア嬢、殿下の代わりとしては心許ないとは思いますが、俺にエスコートさせてくださいますか?」
そんなオスカーの言葉に、笑みを浮かべたレティシアは差し出された彼の手に自分の手を重ねる。
ジルベルトはその様子に、不機嫌そうな表情も隠さず口を開いた。
「オスカー、私はお前の事を信用して彼女を託したのだからな?
その事を忘れる事がないようにしてくれ」
「勿論ですよ殿下、お任せください」
ジルベルトが、自分に釘をさした事をオスカーは心に止めた。
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