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第58話 王家の森

 マリアベル達の犯した今回の件の話し合いが、シャルテ国王の代理として来国した第一王子のルーカスと一通り終わった後、ジルベルトは自分の執務室にレティシアとアルフレッド、アランと共にいた。

 アランが、先程の話し合いでのルーカスの印象を言葉にする。


「シャルテの王子は、臣下からあまり良い評価をうけていないという事だったが、想像していたのと、今回の印象は違ったな」


「巧く、()()振る舞っていたのだろう?

 私も、部屋に入ってきた時の彼の雰囲気から、聞いていた噂とは違うと察した

 臣下の忠誠心や思惑を量るのであれば、馬鹿で使えない人間を演じるのも一つの手だ

 それが、現国王の考えなのか、第一王子(あの男)の案なのかはわからないがな

 この考え通りであるならば、彼はかなりの曲者であろうね」


「お前もそうだが、次代を治める予定の近隣諸国の君主は曲者揃いだな

 近隣諸国の動きの楽観視は、出来ないって事か」


「私達世代に限った事ではないよ

 統率者が単純な人物であったら、国外どころか、国内でその地位を揺らがしかねない」


 アランは一つため息を吐くと、ジルベルトへ問う。


「何故、あの王女達が企てた全ての事を、第一王子がいたあの場で明らかにしなかった?」


「全て未然に防いでいたし、実害も殆どなかった事と、あの場で公にすると多少ならず、我が国の恥をシャルテへ晒す事にもなりかねなかったからね」


 マリアベルが企てたという事……

 それは、今回のジルベルトを魔術で操ったり、幻覚作用もある樹液を国内に持ち込み蔓延させようとした事の他に、用途不明の陣を城下街に幾つも張っていた疑いがあった。

 マリアベルが来国してから、ジルベルトの仕事が増えた理由にそれも関わっていたのだ。

 ただ陣を張る事に、危険性が含まれていなければ、罪を問う事が難しい現状がある。

 さらにその陣全てが、マリアベルが張ったという証拠も揃ってはいなかった。

 マリアベルが城下街に出向いた記録もなく、陣の魔力の中にマリアベルの力と見られるものが残っていた事で、ジルベルトはマリアベルが企てたと睨んでいたのだ。

 もし、秘密裏にマリアベルが動いていたら、警備面的に緩いという国の落ち度を露呈する事になりかねない事から、ジルベルトは今回この件は公にはしなかった。


「あの王女は何を企んでいたのだろうな」


「シャルテが、我が国を手中に治めたいと目論んでいた事は掴んでいた

 あの陣は自分がこの国の妃になった時に、発動させようとしていたのかもしれないし、今のところその真相は掴めていない

 魔術で人を操ったり、薬のような品を使ったり……

 魔女としか言いようがない者だよ……」


 ジルベルトの言葉に、4人ともマリアベルのおかげで振り回されてきた事を思いだし、何とも言えない表情を浮かべる。


「まぁ、取り敢えずあの王女の処遇も決まった事だし、これでレティシアを城の外に出しても文句はないだろう?

 今日で、屋敷に連れて帰るからな」


 そのアランの言葉にジルベルトは、溜め息を吐くと不貞腐れたような表情を浮かべた。


「それは……仕方がないけどね

 あの宰相がこの一件が落ち着くまでと言って、渋々何とか納得してくれた事ではあるし、駄々をこねるつもりもないよ

 だけど、あと少し時間をくれないか?

 レティと少し話したい事があるんだ」


「……ったく……半刻だぞ」


 アランの言葉に、今まで黙って様子を伺っていたレティシアの前にジルベルトは手を差し出す。


「レティ

 あの池の畔で、少し話そうか」


「ジル……?」


 レティシアは、そっと自分の手をジルベルトの差し出した手へ乗せた。



 ◇*◇*◇


 王家の森と言われる、王族しか立ち入る事の出来ない王城の端にある森の中にある池の畔は、ジルベルトとレティシアにとって幼い頃からの思い出の場所であった。

 二人が思いを伝え合ったのもこの場所で、そして今回ジルベルトがマリアベルの術を解き、レティシアの事を思い出したのもこの場所である。


「ジル……?

 話って……どうしたの?」


「うん……

 レティへもう一度、謝罪と礼をしたいと思ってね……」


「謝罪と礼……?」


 ジルベルトは上衣の内ポケットから手巾(ハンカチ)を取り出す。


「レティの想いの強さのおかげで、私は術を解く事が出来たのだと思っているんだ」


 そう言葉にしながら、ジルベルトは取り出した手巾の刺繍にそっと触れた。

 その手巾は、以前レティシアがジルベルトへ送った彼女自ら刺した刺繍の入ったものである。

 ジルベルトは、言葉を続ける。


「ここで、あの日……

 私に向けての想いを込めて、君が私に触れてくれなければ……今のこの状況はなかった

 術を私一人では解くことは、恐らく出来なかったと思うんだ」


 ジルベルトが言う「想いを込めて触れた」という事は、レティシアがこの場所で眠っていた彼へ、口付けを落とした事だ。

 その事を本人から言われて、レティシアは羞恥からか顔を真っ赤にし、視線をジルベルトから反らす。


「そ、それは……

 はしたない事をしたと、自覚はあるわ……

 それに……ジルがあの時眠っていたから……出来た事だし……」


「そんな悪い事をしたように、捉えないでよ

 私は嬉しかったし、感謝しているのだよ?

 そのおかげで、術で精神の奥に追いやられていた君への気持ちも、君の記憶も思い出す事が出来たと思っているのだからね」


 ジルベルトは、レティシアをそっと抱き締める。

 そして、言葉を続けた。


「以前も伝えたけど、術にかけられていたとはいえ、レティの事を忘れてしまってごめんね……」


 レティシアは、自分を包み込むジルベルトと温もりと、彼の気持ちが伝わってきて、気持ちが込み上げるような感覚を覚え、ジルベルトの服をギュッと握る。


「今……ジルがこうして私の傍に居てくれるから、それだけでいいの……」


「君は本当に、私に甘いな……

 以前も言ったけど、私の事を罵ってくれたら、いいのに……」


「そんな事……

 あのね……私、ずっと気になっていたことがあって……

 どうしてあの日、ジルはここで眠っていたの?

 待ち合わせする為にわざわざその場所にいるのに、あんな風に眠りに落ちるなんて、ジルには珍しいって思って……」


 ジルベルトは、少し抱き締めている腕の力を緩めると、レティシアの顔を見詰めた。


「この場所は、少し不思議な場所であるのだよ」


「え……?」


 二人の思い出の場所でもある王家の森については、王族しか立ち入る事が出来ないという事ぐらいしか、国民は知らない。


「不思議な場所……?」


「そう、王族の者しか知らない事だけれど、この森には不思議な力があると昔から言い伝えられているんだ

 だけど、そう言い伝えられてはいるけれど、そんな森の力はここに立ち入る全ての者が毎回見られる訳でもないし、どんな不思議な力が起こるのかも決まっている訳でもない

 ただ、何かに阻まれるような事態に陥っていたり、自分を見失っている者が立ち入った時に、その者を正しい道へ導くような、不思議な力が現れる時があると言われている

 私が、レティと会う前に眠りに落ちたのは、そんなこの森が、私へ最後の警告をする為の切っ掛けを作ってくれたのではないかと思ったのだよ

 操られていたとはいえ、自ら一番大切な存在を手放そうとしていた時であったからね」


 ジルベルトの言葉に、レティシアは森へ視線を移した。

 空は日が傾き、夕日が池を照らす。

 森の匂いを含んだ優しい風が、レティシアの頬を撫でていく。

 幼い頃から、穏やかな気持ちになれ、温かく自分の事を見守ってくれているようなこの場所が、レティシアはお気に入りであった。


「私達を繋ぎ止めてくれて……

 ありがとう……」


 そう、ポツリとレティシアは呟く。

 そんなレティシアの事を、ジルベルトは再度抱き締めた。



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