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第56話 矜持

 ジルベルトは、突き刺すような視線をマリアベルへ向ける。

 その時、今までジルベルトの隣に黙って座っていたレティシアが不意に立ち上がった。


「レティ?」


 ジルベルトが声を掛けたが、レティシアはその声に止まらず、そのまま椅子から離れると、先程マリアベルが放った扇を自ら拾い、王女を見据えるとその拾った扇を王女へ差し出す。

 そのレティシアの行動に、マリアベルは訝しげな表情を浮かべた。


「何のつもり……?」


「わたくしは……まだまだ不完全な所が多々ありますし、王女殿下から見られれば、ご不興を招かられるのかもしれません

 ですが、周囲へ顔向け出来ない事はしないという、矜持は持ち合わせております」


「不躾に……何が言いたいの?」


「王女殿下は、ご自分の振る舞いが上に立つ者として相応しい事であったと、周囲へ胸を張って堂々と話す事が出来ますか?」


「…………っ!!

 無礼なっ! 誰にものを言っていると思っているのっ!?」


 レティシアの言葉にカッとなったマリアベルは、差し出されていた自分の扇を奪い取ると、その扇をレティシアの顔目掛けて振り上げた。

 だが微動だにせず、マリアベルを真っ直ぐ見据えたままのレティシアに、マリアベルが振り上げた扇が当たる事はなかった。

 扇がレティシアの顔に当たる寸前の所で、レティシアを抱き寄せたジルベルトが扇を掴み、止めていたからだ。


「マリアベル王女

 私が、己れが害される事よりも許せない事があるという事に、今までの経緯を聞いていて、まだ気が付かないのだろうか……?」


 マリアベルを睨み付けるジルベルトは低い声色でそう言うと、扇を掴んでいる手に怒りからか力が入り、パキッと扇に皹の入る音がした。

 そのまま、マリアベルから扇を奪い取ると床へ放る。

 そんなジルベルトの様子に怯みながらも、マリアベルはキッとレティシアを睨み付けた。


「ジルベルト様に助けて貰うのを見せ付ける為に、わたくしに扇を渡そうとしたのね!

 そのように清楚な素振りを装って、周りの王子や子息に色目を使うしか能のない者に腑抜けている者が王太子だなんて、オーガストラ王国に未来もないわ!

 地に落ちたものよ!!

 一人の令嬢の為に、国家間に溝が出来るような事をするなんて、あり得ない!!」


「訂正なさってください」


 マリアベルの言葉に、ジルベルトが口を開こうとしたよりも先に言葉を発したのはレティシアであった。


「はっ!?

 わたくしは真実を言っているのよ!?

 何故、訂正などしなければならないよ!!」


 ヒステリックに叫ぶマリアベルを、静かに見据えるレティシアは再度同じ言葉を掛けた。


「先程のお言葉を訂正なさってください

 わたくしの事は、どう仰有られてもかまいません

 それは、そのようにマリアベル王女殿下に誤解を与えかねないような、淑女としての振る舞いに足りない面があったのかもしれませんので……

 ですが、ジルベルト殿下の事は、マリアベル王女殿下であったとしても、先程のお言葉は訂正して頂きたく思います

 ジルベルト殿下は、国の事を第一にお考えになって、ご自分のお時間までも割いて、執務や公務にあたっております

 その信念は、何事にも揺れ動く事もありません

 もし、わたくしが国の為にならない事に、手を染めれば即刻断罪し、お側に立つ資格を剥奪されるでしょう

 そのような殿下に対して、腑抜けなど愚弄する言葉を、勢いとはいえ……見過ごす訳には参りません」


「なっ……王女であるわたくしに向かって……何様のつもりなのっ!?

 無礼者っ!!

 王太子の婚約者といえども、所詮まだ婚約者であって、ただの臣下である公爵令嬢である者が、王女であるわたくしに命令するつもり!?」


 ジルベルトは、レティシアに対し捲し立てるように叫ぶマリアベルを見据えながら、口を開いた。


「私は、シャルテとの関係などどうでもいい

 それは、私の意見だけでなく、この国の国王陛下も同意見だ

 それに私個人としては、なによりも許せないのは私とレティシアとの関係を貴様が脅かした事だ

 レティシアは身分上は公爵令嬢であるかもしれないが、辿れば王族の血筋でもある

 小国であるシャルテの王女という身分しかない貴様より、存在価値が様々な理由からもかなり高い事は陛下も認めている事だ

 その理由は貴様等に言うつもりはないがな

 私は本当は、貴様を()()()で、断罪するつもりであったんだ

 その自信に満ちた顔を、観衆の前でどう歪めてやろうか、私はずっと考えていたのだよ

 ()()()というのは、貴様が思った通りわざわざ私自らが用意した、学友達との茶会の場だ

 だが観衆の前で、貴様を辱しめる事に難色を示した者がいてね

 だから、急遽場所をこの応接室へ移したんだ」


 冷たく射抜くような視線を向けるジルベルトに、マリアベルは先程迄の威勢はどこにいったのか、ゾクリと嫌な汗が彼女の背中を流れ落ちていく。


「断……罪……?」


「そもそも、王太子でしかない私が個人的な感情論だけで、このような事を勝手にしているとでも貴様は思っているのか?

 そうであったとしたら、周囲へ王女だと身分をひけらかしておきながら、本当に政に無知なお姫様であったという訳だ」


「なっ……!?」


 マリアベルがジルベルトの言葉に、己れが馬鹿にされたと感じて、言い返そうとした時、扉前にいたオスカーが外からの言伝てをジルベルトへ伝えた。


「殿下、お話しを遮り申し訳ありませんが、こちらにお着きになったようです」


「そうか、入ってもらえ」


 ジルベルトがそう告げると、応接室の扉が開き入室してきた者に、マリアベルとカーティスは驚きを隠せなかった。


「お、お兄様……!?」


「ジルベルト王太子、この度は我が妹のマリアベルとイェドヴァル公爵が子息カーティス·イェドヴァルが、貴国へ大変ご迷惑をお掛け申し訳ありません」


 応接室へ入室してきたのは、マリアベルの兄で、シャルテ王国の第一王子であるルーカス·シャルテであった。

 マリアベルと同じストロベリーブロンドの髪色に空色の瞳を持つルーカスは、真顔であるのだろうが、ぼんやりと笑みを浮かべたような少し頼りなさそうな風貌であった。


「陛下とはもう謁見を済ませられたのか?」


「ええ、先程……

 シャルテ国王の代理として、第一王子である私が謝罪を……

 オーガストラ国王から、今回の一件はジルベルト王太子へ一任されているというお言葉から、この場に案内されました」


 淡々とジルベルトと話す、自分の兄であるルーカスの姿を見て、マリアベルは今の状況に頭が追い付いて来なかった。

 そんな、マリアベルの様子に呆れたジルベルトはため息を一つ吐くと、ルーカスと話を続けた。


「貴国の王女は、未だに自分の仕出かした事の重大さを理解していなくてね、どうしたものかと思っていた所であったのだよ」


 ジルベルトの言葉に、ルーカスがマリアベルへ視線を移す。

 その心情がよくわからないようないつもと同じ表情に、マリアベルはゴクリと喉を鳴らした。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

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