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第44話 ささやかな望み

 ジルベルトは、部屋中に二重に結界を張ってから、いつも私室を離れていた。

 結界を解いた後、私室の扉を開けると一人の侍女が頭を下げ、ジルベルトを出迎える。


「レティの様子は?」


「変わらず意識はまだ戻っておりませんが、殿下が正午過ぎにこちらに戻られた時より、呼吸音が幾分穏やかになってございます」


「そうか……」


 ジルベルトを迎えた侍女は、公爵家でレティシア付きの侍女として仕えているエマであった。

 ジルベルトが私室を離れなければならない時に、レティシアの傍で彼女を見守る役目を任せたのだった。

 エマは、レティシアが幼い頃から公爵家で彼女に仕えており、一番レティシアが信頼している侍女である。彼女の両親や兄のアランからも信頼も厚く、身辺的にも不信な面もなかった為に今回声がかかったのだ。


「後は、私がレティの傍に付いているから、君は隣の部屋で休んでなさい

 何かあれば、声を掛ける」


 エマが下がった後、ジルベルトはレティシア傍に寄り、そっと額に触れる。


「まだ……熱が高いな……」


 あれから一週間たっていたが、まだレティシアの意識は戻らなかった。

 不安定な呼吸音、さらに通常よりも高く心配な熱、だがそれでもそれらがレティシアが生きているという証しであり、ジルベルトはレティシアの命を確かめるかのように、日に何度も呼吸音と体温を確かめていた。

 冷たい水で冷やした布で、汗が滲むレティシア額等をジルベルト自らが拭う。

 その時、ピクリとレティシアの指先が動いた事にジルベルトは気が付くと、彼女の名前を呼んだ。


「レティ!?」


 うっすらとレティシアの翠眼が見え、ジルベルトは心臓をグッと掴まれたような感覚を覚える。

 レティシアが何かを言おうと微かに唇を動かした事に、彼女の口元に自分の耳を寄せた。


「………ぁっ……」


「レティ、どうした!?」


「……ジ………ル……?」


「…………っ……」


 掠れた声ではあったが、確かにレティシアがその声で自分の名前を呼んでくれた事に、ジルベルトは様々な感情が込み上げ言葉にならなかった。


「……これ……は……

 ゆ……め……?」


「夢なんかじゃない……

 レティ、君の傍に居るのは私だよ」


「わた……し……の……、な……まえ……を……

 また……、そう……呼んで……くれるの……?」


「ああ……これからもずっと、そう呼ばせて欲しい……

 思い出したんだ……君の事を全て……

 君の事を忘れるなんて……あんな酷い態度で君を傷付けてすまない……」


 ジルベルトのその言葉に、レティシアはふわりと笑みを浮かべた。


「いいの……」


「レティ……?」


「ジルが……、また……傍にいてくれるなら……

 それでいい……」


「君って、子は……」


 ジルベルトは握っていたレティシアの手を持ち上げると、自分の唇を寄せる。


(そうやって……君は私の事をいつも甘やかすから……)


「こんな愚かな私など……罵ってくれたらいいのに……」


 顔を歪ませるジルベルトの手を、弱々しくではあったがレティシアは力を込めて握り返した。


「名前……」


「え……?」


「いつも……呼んでくれるように……

 レティって……呼んで欲しい……

 ジルから……そう呼んで貰える事が特別なんだって、ずっと……思っていたの……」


 レティシアのささやかな願いに、ジルベルトは胸が苦しくなる。

 レティシアの手を握り締めながら、もう片方の手で彼女の頬を優しく撫でた。


「レティ……愛しているよ」


 そして、優しい口付けを彼女へ落とした。

 唇を離した時、レティシアの瞳が潤み、涙が溢れ出す様子にジルベルトは焦る。


「レティっ!? どうした!?」


「ずっと……そうしてジルに触れて欲しかった……

 だから……」


「レティ……

 もう二度と手放すなんて言葉……何があったとしても言わない

 本当にすまなかった……

 こんな私の隣に、これからも居てくれるだろうか?」


 レティシアは涙を溢しながら、笑みをジルベルトへ向けた。


「うん……

 ずっと……傍にいさせてね……」


 手を伸ばす彼女の手を取り、そのままジルベルトはレティシアの事をそっと抱き締めた。





 ◇*◇*◇


 レティシアが目覚めた後も、ジルベルトのマリアベルに対しての外向きの振る舞い方は変わる事がなかった。

 マリアベルも、警戒しつつも自分が操っていた時と同じような振る舞い方のジルベルトの様子に、術は解けていないと思うようになっていく。

 それは、彼女が偵察する為に飛ばした(ローザ)からも、公爵家ではレティシアが母親と共に領地に向かったという情報を得ていたからでもあった。




 少しずつレティシアの様子が落ち着いてきた頃、ジルベルトの私室に滞在している彼女の元には、アルフレッドとアランの姿があった。


「大分顔色も良くなってきたな」


「うん、今日は食事も自分で食べられるようになったのよ」


「へぇ、良かったな

 エマの手を借りなくても自分で食べられるようになったっていうのは、快方に向かっている証拠だな」


「えっと……」


 アルフレッドの言葉に、口ごもるレティシアに代わって、アランが口を開く。


「アル、お前にこんな事を言うのは悪いと思うけどよ

 ()()()が、レティの世話を人任せにすると思うのか?」


「へ?」


「この間、ジルベルトの私室(ここ)にレティの様子を見に来た時は、呆れたよ

 甲斐甲斐しく、一から十まで従僕のようにレティの世話をしている王太子の姿を見てさ……

 それこそ、あのおかしくなっていた時間を埋めるというか、反動というか……それはもう……

 まだ、婚約っていう立場なのにお構い無しだよな

 レティの安全の為にって理由があるのかもしれないが、そもそも婚約者でしかない立場の令嬢を、自分の私室に閉じ込めているって言うのも、執着心の塊のようなあいつらしいというか──」


「いったい、いつまでここにお前達は居るつもりだ?」


 アランの言葉を遮ったのは、まさに今話しをしていたその当人であった。


「兄上……」


 レティシアの昼食であろう食事が乗ったトレーを手にしたジルベルトが、彼等の後ろに立っていたのだ。

 そんな兄へ、アルフレッドがひきつった表情を向ける。


「お前達がレティを見舞いたいという事を許しはしたが、長居を許したつもりはないのだけどね?

 まだ、レティの体調は完全ではないのだから、無理をさせたらお前達であろうとも出入り禁止にせざるを得ないよ?

 それに私の私室に頻繁に立ち入る事は、変な疑惑を相手へ与えかねないのだから、行動は慎重にしてくれないと困るのだけれどね?

 それで? 執着心の塊が何だとか聞こえたが?」


「別に……、お前のレティシアに対する過保護ぶりを話していただけだよ」


 呆れた表情のアランが呟く。

 そんな二人に構わずジルベルトは、レティシアへ笑顔を向けた。


「レティ、辛い所はないかい?

 昼食を持って来たから、一緒に頂こうか」


「ジル……毎食ジルの手を煩わせる訳にはいかないわ

 執務だって、沢山あるのでしょう?」


「駄目だよレティ

 それでなくても、私が学園に行っている日は、昼食を一緒にとれなくて心配なのだからね

 学園が休みで、私が城にいる日は、私と一緒に食事をとる事は大切な時間なのだよ?」


 そうジルベルトは言うと、レティシアの額に自分の額をあてる。


「ジ、ジルッ!!」


 その事に、レティシアの顔は真っ赤になり、狼狽える。

 毎回このような熱の計り方をするジルベルトに慣れる事など、レティシアの性格上出来ない事は当たり前であった。

 そんな様子に、アランとアルフレッドの顔はよりひきつっていく。


「今朝より少し熱があるのではないのかい?

 顔も赤いし……

 やっぱり、まだ一人で食事をとるは早かったのだよ

 だから、あんなに言ったのに

 もう少し、私が食べさせてあげるから無理は駄目だよ?」


「えっ!?

 だ、大丈夫よっ!」


「いいや、無理をしてまた倒れでもしたら大変なのだから、大人しく言うことを聞いて」


「ジ、ジルっ!

 お兄様もアルも、黙ってないでジルに大丈夫だって、言って!」


 そんな焦るレティシアの言葉に、アランもアルフレッドもジルベルトへ声を掛けようと口を開きかけた時、ジルベルトが目の笑っていない笑みを二人へ向けた。

 その事に、二人は目をそらす。


 そんな、久しぶりに訪れた束の間の穏やかな一時であった。


皆様いつもありがとうございます!

ブックマーク、そして評価も頂き感謝で一杯であります!

これを励みに今後も頑張ってまいりたいと思います!



◇作者の呟き◇


漸くレティシアが目覚め、少し穏やかな日常をお届けしました。

さて、ジルベルトは何を考えているのでしょうか?

もう少しお付き合いくださいませ。

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