第43話 許せぬ所行
ジルベルトは、レティシアの髪の毛を梳くようにしながら、頭をゆっくりと撫でる。
「レティは心配かけたくないと思って、あの日あった事をアランやご両親の公爵夫妻には言わなかったのだろうけれど……
レティに対して身の程を弁えもせずに、悪意を向けて危害を加えようとした者がね、いたのだよ……
一歩間違えば、最悪な事にもなりかねなかった……」
ジルベルトの言葉に、訝しげな表情をアランは向ける。
「何の事だ?」
「先日、学園の階段をレティが登っている途中に、あろうことか魔術で風を起こし、レティを階段から落とそうとした者がいる
私がたまたまその場に出会して、レティを受け止めた事で大事にはならなかったが……
あの、おかしくなっていた自分が、レティの事を助けた事も奇跡だった……
万が一にでも、見ぬふりをしていたならば、今日レティの記憶が戻ったとしても、私はレティの傍に近寄る資格すらなかっただろう……」
「何だそれは……?
全く知らない
それで、犯人は?」
「直ぐ、私の護衛達に付近を捜索させたが、逃げ足が早いようでその付近には姿は既になかった
だがね、余程焦って逃げたのだろうね……
大事な物を落とした事にも気付かずに、その場を離れたのだから……」
「大事な物?」
ジルベルトはパチンと指を鳴らすと、彼の手に転移術で、あるものが現れた。
その現れた物に、アランもアルフレッドも驚愕する。
「一時的に魔術制限を解く為の魔具だ
学園内は魔術制限がかけられているから、これを使ったのだろう
さらに、これは我が国で承認していない、シャルテの物だよ」
「え……?
まさか、レティに危害を加えたのってマリアベル王女が!?」
アルフレッドの言葉に、ジルベルトは首を横にふる。
「いや、彼女はその日は既に学園を出ていた
それに魔具には、普通の人間にはわからないが、魔力が高かったり魔術に特化している者が探れば、使った者の魔力の痕跡が僅かでもすぐわかる
アル、お前ならこれを誰が使っていたのか、直ぐにわかるだろう?」
アルフレッドが、ジルベルトの持っている魔具に手を翳すと、表情を険しくした。
「これは……」
アルフレッドがジルベルトへ目を向けると、ジルベルトの纏う空気がさらに下がった事がわかった。
「クララ·ヘインズ
王女に対して、やけに胡麻をすっているかと思えば……、このとおりだ
側妃の立場しか目指せない事に、あの者も父親であるヘインズ侯爵も不満を持っている事はわかっていたが、大人しく下手な淑女のふりをしていればいいものを、化けの皮が剥がれたようだ
それも、あんな最悪な形でね
だが、この証拠だけではまだ緩い
あの者の全てを調べあげる
そして、あの王女と共に、自分達がどれほど罪深い事を仕出かしたのか、ようく思い知らせねば、私のこの怒りはおさめる事は出来ない」
アランもアルフレッドも、目の前のジルベルトの怒りが相当深い事を察する。
ジルベルトの表向きの顔は、周囲の者への振る舞いはいつも穏やかな様子で、笑顔も絶やさず、口調も柔らかであり、優しく聡明であるというイメージで通ってきているが、実際はジルベルトの本質はかなり冷酷な部分が大きい。
長年仕えている者であったとしても、自国を害するような要素が僅かにでもあれば、その者に恩情をかけるよりも冷酷に切り捨てるような面を持ち合わせており、イメージとは真逆であった。
そんなジルベルトと、自分よりも大切にしているレティシアとの関係に皹をいれようとしたマリアベル。そして、レティシアに直接危害を加えようとしたクララ。その二人の事をジルベルトが、見逃す事も彼女達へ注意するだけに留まる事も絶対にないだろうと、ジルベルトの事を良く理解しているアランとアルフレッドは確信を持った。
ジルベルトは、首に掛けていたチェーンに通した守護石の指輪を、未だに意識のないレティシアの指に嵌める。
「レティ、この指輪は君の為のものだ
だから……、もう一度君に嵌めて欲しい……
あんなに酷い仕打ちをした私が、意識のない君の今の気持ちを確認しないで嵌め直す事は、私が犯した罪を反省していないとも思われるかもしれないが……
それでも、これは君に身に付けていて欲しい
こんな愚かな私であるのに、君の事を手放す事が出来なくてごめんね……」
ジルベルトは指輪を嵌めたレティシアの指に、そっと口付けを落とした。
ジルベルトはある事を考えていた。
レティシアの記憶を戻していながら、ジルベルトは彼女の記憶を戻したような素振りは見せずに、表面上操られていた時と同じような振る舞いを続けると、今の現状を知っているアラン、アルフレッド、国王や宰相に伝える。
さらに、意識のないレティシアが現在ジルベルトの私室に居る事を知っている者には箝口令をしいた。
予定通りレティシアは学園を休学し、領地で一時的に過ごしている形をとっているという話をわざと流し、その話題が貴族の中に知れ渡る。
そして、暫くそのような偽りの振る舞いを続けていった。
そんなジルベルトの様子に不信感を持ったのは、自分の術を破られたと思っているマリアベルである。
しかし、ジルベルトはマリアベルから取り返したイヤーカフは身に付けず、聖剣と守護石は違う形の物に変えて身に付けていた為、マリアベルは自分の前から消えたイヤーカフの所在がわからないままであった。
ジルベルトを招いた茶会で、彼の様子を伺うマリアベルに、作った笑みを浮かべたジルベルトは問いかける。
「マリアベル王女?
どうかされましたか?」
「え……? いえ……
あの……ジルベルト様……」
「何でしょう?」
「以前、わたくしがジルベルト様へお話した提案を、覚えていらっしゃいますか?」
「提案……ですか?」
一度、マリアベルを見据えたジルベルトは、ニコリと笑みを王女へ向ける。
「ジルベルト様?」
「覚えていますよ
マリアベル王女が、慈悲深く、皆の幸せを考えてくれた提案ですからね」
そのジルベルトの言葉に、マリアベルはジルベルトが術を破った訳ではないのかもしれないと思うのと同時に、未だにジルベルトは自分の手の内にいると考えた。
「あの……それで、ジルベルト様のお返事は……?」
「私の返事は、伝えるのに相応しい場所で貴女にお伝えしようと考えていますから、その時は私の答えを受け取って頂けますか?」
「そうなのですね……
ええ、楽しみにしておりますわ」
マリアベルは、ジルベルトへ安心しきった可愛らしい笑みを向けた。
◇*◇*◇
日も落ち、執務を終えたジルベルトが王族の居住区へ足を進めると、一人の女官が自分の私室前にいる様子が目に入った。
「そこで、何をしている?」
「殿下
本日から殿下の身の回りのお世話を女官長から命じられまして、殿下の私室に伺いました」
「私の世話だと……?」
女官の言葉の後、ジルベルトはすっと手を上げると後ろに控えていた護衛達が女官を取り押さえた。
「なっ!? 何をなさるのですか!?」
「誰に命じられたのか知らないが、暫く陛下や私が認めていない者は王族の居住区に近付く事を禁じている
それは、女官長も知らない事ではない
それなのに、そんな捻りもないような嘘をついて……
私が、そんな子ども騙しのような嘘に引っ掛かるような、うつけ者だと思われているようで、癪に障る
お前には、後でゆっくり色々な話を聞かせてもらおうか」
捕まった女官が不自然な動きをした瞬間、ジルベルトは手を翳し女官の身体の動きを一瞬止める。
「奥歯に仕込んだ毒か?
それとも、舌を噛みきろうとでもしたのかい?
駄目だよ?
死ぬなんてそんな楽な事はさせないから、覚悟しておいたらいい」
ジルベルトの術がかかっている間に、護衛達は女官の口に猿轡を嵌め、拘束した。
「ちょろちょろと目障りな鼠を放つ事しか出来ないとは……
虫酸が走る……
あんな大層なことを仕出かしておきながら、その程度であったという訳か……」
そうジルベルトは呟くと、部屋に入る為に自分の私室に施していた結界を解いた。
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