第42話 計略の手段
治癒魔術を使える魔術師が、レティシアへ治癒を施したが、侍医からはレティシアの状態は、楽観視出来るものではないと診断された。
外傷こそないが、身体の機能の至るところが弱っているとの見立てであった。
想像以上にジルベルトへ使ったレティシアの力からの、彼女が受けた身体への反動が大きかったのだ。
レティシアの力の事を公にしていない事もあり、魔術で襲撃を受けた可能性があるとしか侍医や魔術師には伝えられなかった。さらに、その事も周囲に知られた場合、憶測を生む事は許されない為に箝口令がしかれた。
レティシアの手を握ったまま、彼女の隣から離れないジルベルトの姿に、アランとアルフレッドは彼が倒れた日のレティシアの姿と重なる。
その時、ジルベルトがポツリと呟く。
「恐ろしいね……」
「ジル……?」
「このまま、レティが目覚めなかったら……なんていう、最悪の事が頭を過る
目覚めたとしても、私の事を覚えていなかったとしたらとも思ったり……
そんな恐ろしい事ばかりが、頭の中を支配する
だが私は、レティにその事を実際に味わわせてしまった
レティに、そんな苦痛を私が与えたなんて……
幾ら後悔したとしても、なかったことに出来ないんだ……」
「兄上……、レティに何があったんだ?」
レティシアの力の事を知らないアルフレッドは、何が起きてこんな風になっているのか理解が追い付いてこなかった。
どう説明したらいいのかアランが悩む中、ジルベルトがその問いに答える。
「詳しくは言えないが、お前の知らない力をレティは持っているんだ
その力を使ってしまった為に、力の反動がレティの身体を痛め付けた
その原因は私にある
お前に伝えられるのはそこまでだ
レティの力の事は、父上と宰相が人に知られる事を禁じている
国を揺るがす事にもなり得る事も理由の一つだが、私にとってはレティの生死に関わる事だから、お前だとしてもこれ以上は言えない」
アルフレッドは、思ってもいない兄の答えに驚きと焦りを感じた。
その説明だけでは、今のレティシアの状態の理由が半分もわからなかったが、彼女の生死にも関わるというジルベルトの言葉に、それ以上レティシアの事に対して、問い質す気にはなれなかった。
そのかわりにアルフレッドは、もう一つ気になっている事を問う事にする。
「わかった……レティの事はこれ以上は問わない
だけど、これは聞いてもいいよな?
アランに聞いたけど、兄上をおかしくしていた犯人の名前を、兄上は何故はっきりと答えたんだ?」
「全て思い出したからだよ
私が執務室で倒れる前に、執務室に訪れた者がいる
それが、あの王女だ
その時、魔術制限のかけられているこの王城内、さらに言うと私の執務室であの者は、あろうことか魔術を使った
私がその事に気が付いた時には、既に術が発動した時であったから、術を解く事が間に合わなかった
それに関しては私の警戒心が無さすぎたと、自分の愚かさを痛感しているよ
そのせいで、レティを傷付け苦しませたのだからね
それに、お前達そして父上や宰相をも、混乱させて迷惑をかけた」
「どうやって、制限のかけられている王城内で術を……?」
「制限をかけられているとは言っても、それは攻撃に特化した危険を含む術に限ってだ
生活や仕事に対して、簡単な魔術を使う事は当たり前になっているし、そもそもこの王城内の気候を魔術で管理している
例えばだがお前達や私も、小さな物に予め転移の陣を施して、術を使う事もあるだろう?
だが、簡単な術であれば使用出来るという、それが抜け穴であったんだ
あの者が術を発動させる為にした事は、幾つかの行動や体内に取り入れた物に陣が予め施されていた
それらを合わせても、危害を向けるようなものでなかったから、アルや魔術師団の者は、術に対しての違和感や危険を感じ難かった筈だ」
ジルベルトの言葉に考え込むアルフレッド、そしてアランはそこまで魔術に詳しくない為に、考えるより先にジルベルトへ内容をもっと簡単に噛み砕いて欲しいと頼む。
「俺には、複雑でよくわからない
つまり、どういう事だ?」
「彼女が使った術は、私と私の護衛の近衛騎士を眠らせる術だ
幾つかの行動というのは、一つ目が私が倒れる前に彼女に呼ばれ茶会へ顔を出した時に一口、口にしたお茶
その時、私の護衛にもとお茶を出されていた
二つ目は、私の執務室を訪れた時に彼女が身にふりかけていたと思われる香料
そして、3つ目が鈴の音
おそらく、彼女の何かの持ち物に付いていて、その鈴を鳴らした時に、術が発動するようになっていたのだろう
お茶と、香料は、それぞれ単独であれば何も起こらない
陣が予め施してあったのだとしたら、それらに薬物が入っていたわけでもないから、調べても何も出てはこない
お茶と、香料ではないかと思ったのには訳があるが……それは後で話す
それに、眠らせたといっても数時間で、その術自体には危害を加える要素はない
彼女にとっては、最終的な目的は眠らせる事ではないからだ」
「最終的な目的?」
「眠らせなければならなかったのは、その方が行動しやすいから
眠らせる事は、手順の一つでしかない
眠らせて意識がない間に、対象とした者の身につけている物を手に入れる為の手順だ
その身につけている物を使って、対象者が目覚めた瞬間に、操り始める事が彼女の最終的な目的
私の身に付けている物で目を付け狙ったのは、毎日身につけているイヤーカフだったのだろう
おそらく、対象者がより長く身につけ大事にしている物程、術の力が強まるのかもしれない
そうでなければ、危険を措かしてまで催眠の術など掛けなくとも、身につけている物を手にする方法はいくらでもある
その罠に、私はまんまと引っ掛かったという訳だ」
ジルベルトの説明に、今まで考え込んでいたアルフレッドが、ハッとした表情を浮かべる。
「レティの時も……」
アルフレッドの言葉に、ジルベルトは頷く。
「初めは、レティの事を操ろうと考えたのだろうね
だけど、レティの身に付けている物は、予定外の事が起こって上手く入手出来なかった、という事ではないかな?
レティは眠りから覚めても、操られていた訳ではないからね」
「だけど、同じ席にいた俺には何故術が、かからなかったんだ?」
「これは、憶測でしかないが、そのときはお茶ではなく、お前の苦手な菓子等に術が施してあったのではないか?
お前に術をかける理由は、王女にはなかっただろうから」
「あ……」
アルフレッドは思い当たるふしがあった。
「彼女がレティに上手く術をかけられなかったのは、魔術に長けているお前が同席していた事も、一つの要因だとは思う
そして、身につけている物で対象者を操る方法は……」
ジルベルトは、ハンカチで包んだイヤーカフを胸ポケットから出すと、アルフレッドへ手渡し言葉を続けた。
「シャルテについて、私と一緒に調べていたアランとアルなら気が付くだろう?
イヤーカフにまだ僅かに付着している、その乾き初めている液体に……」
その液体は幾つか特徴があった。
「これって……」
「ジル、これは……」
二人の声が重なる。
「ああ、父上や宰相、そして私がシャルテ王国の手綱を握っておいた方が将来的に、我が国の安全の為にも安心出来ると考えていた理由でもある、その現物だ」
アランは表情を固くする。
「それで、これらが揃ってお前はどうする気だ?」
「どうする?」
ジルベルトの纏う空気が一気に凍った事に、アランとアルフレッドはすぐ気が付く。
「元々、あの国にはあまり良い印象を持ってはいなかったけれど……
そこは、我が国に混乱を生じさせないよう眼を光らせておけば、特に大事にする気はなかったよ
だが、私とレティを引き裂くような、そんな事をする者が王族にいる国を、私が見逃すとでも思うのかい?
私に対しての行動ですら許されるものではないが、そこにレティを巻き込んで、さらにレティの立場を乗っ取ろうなんて考えは有り得ない
思い上がりも甚だしい
彼女には、自分の立場を良く理解させなければならないし……
彼女の犯した過ちに対しての処遇は……
そうだね……どうしようか……?
あ……それと、もう一人罪を犯した者の処遇を考えなければならない者がいるんだ」
ジルベルトの冷徹な表情に、アランは一番厄介な人物を怒らせたマリアベルの愚かな行動に、ため息を一つ吐く。
「もう一人とは、カーティス·イェドヴァルか?」
「いや?
あんな小者はどうでもいい
私のレティシアに対しての、あの邪な眼は腸が煮えくり返るがね
私は、レティに対して危害を加えようとする者に対しては、怒りしかないんだ
王女とは別に、許しがたい者がいるんだよ」
ジルベルトの纏う空気の温度がさらに下がった事を、アランとアルフレッドは感じた。
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◇作者の呟き◇
説明調な、回になってしまい申し訳ありません…
ジルベルト的な憶測も踏まえた、マリアベルの行動の説明であります。




