第41話 残酷な罰
暗闇の中───
ジルベルトには、己の現状に抗うかのように、ずっと何者かの叫びが聴こえていた──
───思い出せ……
(何だ……? 誰だ……?)
───手放すな……
(何を……?)
───己の唯一である存在を……
(誰の事だ……?)
───自分の命よりも大切なその存在を手放すな……
その時、ジルベルトが暗闇の中で感じたのは、覚えのある温かさ。
その温もりに身体が包まれた時、力が漲るようなその感覚に、ジルベルトは覚えがあった。
(何だ……この感覚は……?
この感覚……覚えがある……)
『ジル……大好きよ……』
(この声は……?)
『ジル……』
暗闇の中で、ジルベルトの目の前でふわりと光が射し、浮かび上がったのは蜂蜜色の髪を靡かせた少女。
その少女の翡翠色の瞳から零れ落ちていく涙に、ジルベルトの胸は、理由はわからないが締め付けられる。
(何故……涙を……?)
───お前が泣かせたんだ……
(私が……?)
───何があっても、どんな事からも、彼女だけは自分が守りぬくと誓ったのに……
(守る……? 私が……彼女を……?
私に語りかけるこの声は誰だ?)
───このまま、彼女を手放すのか?
それで、お前は生きていけるのか?
このまま、唯一の存在を失っていいのか?
(誰だ……?)
───お前は、わかっている筈だ
(この声は……)
───彼女が何にも替える事の出来ない、お前にとって掛け替えのない唯一の存在だと!
(この声は………私の声──
彼女が私の唯一………?)
目の前の少女が悲しげな表情を浮かべ、そしてジルベルトへ向けたその言葉に、ジルベルトはドクリと心臓の音が鳴った。
『……ジル……さようなら……』
(レティっ!!)
────パァンッッッ!!!
ジルベルトの精神へ語りかけてくる、この声が自分の声だと気が付き、咄嗟に手を伸ばし少女の名を叫んだ時、何かが弾けたような音が聴こえ、そしてすぐジルベルトの目の前がクリアになった───
ジルベルトは、目の前がクリアになった時に、そこにいた存在をはっきりと認識した。
「レティ……」
ジルベルトが自分の名前を以前と同じように呼んでくれた事に、レティシアはふわりと笑みを溢す。
「ジル………良か───」
レティシアが言葉を言い終わらないうちに、彼女がそのまま後ろに力なく倒れていくのを、ジルベルトは咄嗟に抱き止めた。
「レティっ!? 何が──」
レティシアの重みを腕に感じた時、ジルベルトの脳内には、今まで自分がレティシアの記憶を失っていた事、その時の自分の彼女へ対しての酷い振る舞いが次々と思い起こされる。
そして、先程から自分の身体に起こっている、覚えのある変化を理解した瞬間、血の気が引いた。
意識を失っているレティシアと自分の状況に、様々な感情が交錯し身体が震えていく。
「私は………なんて事を……
レティ……、君は───」
その頃、マリアベルの滞在している部屋では大きな破裂音と共に、テーブルの真ん中に置いていた瓶が粉々に割れ、中に入っていた薬液がテーブルに広がり溢れ落ちていた。
その思いもよらない突然の出来事に、マリアベルは顔を強張らせ、驚く。
その時、薬液に浸かっていたジルベルトのイヤーカフを囲むように小さな魔方陣が現れると、マリアベルがその事に気が付いた瞬間イヤーカフの姿が消えた。
「………わたくしの術を、破ったというの……?」
◇*◇*◇
王家の森へ向かおうとしている、アルフレッドとアランは、レティシアを抱き抱えたジルベルトと鉢合わせる。
レティシアの様子に、二人とも顔色を変えた。
「レティ!?」
「レティシア!?
ジルっ!何があった!?」
問い掛けた瞬間、ジルベルトの表情に、アランとアルフレッドはゾクリと殺気を感じた。
「アル、私の私室に宰相と侍医、それから治癒魔術の使える魔術師を呼んでこい」
「え……?」
「一刻を争う、早くしろ!」
「あ……、わ、わかった!」
アルフレッドがその場から離れた後、アランは再度ジルベルトに問い掛ける。
「何があったんだ!?
レティシアのその様子は!?」
「レティが、あの力を私に使った」
「レティがあの力って……、その呼び方……
お前、記憶が戻ったのか!?」
「……ああ、己の警戒心の薄さから招いた、愚かな事態も全てな」
「その事だが、アルが漸くお前をそうした相手の尻尾を──」
「マリアベル王女だろう?」
アランが話そうとした相手の名前をすぐに答えたジルベルトに、アランは驚く。
「何を驚く必要がある
全て思い出したと言っただろう?
そして、これを奪って、私を操っていたようだが、それももう出来ない」
ジルベルトが見せたのは、失くしていた彼の守護石の埋め込まれている聖剣の姿を変えたイヤーカフであった。
「それは……」
「万が一手元から離れた時の為に、転移の術を施してあったんだ
全ての魔術を遮断する何かで、イヤーカフを覆っていたようだが、それが壊れたのだろう?
記憶が元に戻ってすぐ、その陣が発動した」
ジルベルトの私室に着くと、彼は抱き上げているレティシアを自分の寝台に横にした。
真っ青な顔色で意識を失っているレティシアに、アランは顔を歪める。
「やっぱり、何か考えていると思ったら……
あの力を使うなんて……
しかも、こんなになる程……
おかしいと思ったんだ、お前に別れを告げた後、修道院に行きたいなんて突然言うから……
自分の存在がお前以外に宛がわれる事を、拒否したかったんだな……」
「………レティを追い詰めたのは、私の愚かな決断のせいだ……」
レティシアの手を握り締め祈るように、その握り締めた手を自分の額にあてるジルベルトに、アランは複雑な気持ちになった。
操られていた状態であったから、仕方がないとわかってはいるが、ジルベルトを責めたい気持ちが沸き起こるのを必死に抑える。
「お前は操られていたから……」
「そんなの言い訳にも何にもならない
あんなにも強く想っていて、何かがあったとして、他の事を忘れたとしても、レティの事だけは覚えている自信があったのに……
そんなのは、ただの上っ面な自信で、実際はこんな様だ
さらに、あんな酷い仕打ちをレティにしただけでなく、婚約解消なんて有り得ない事を自分が言葉にするなんて、自分に対して怒りしかない
こんな私は、レティに見限られても当然であるのに、レティはこんな私に対して、あろうことかあの力をこんなになるまで使うなんて……」
(許さない……
自分は勿論だけど……
レティ、君もだ……
こんな私に、何故こんなになるまで……)
「レティは、お前の事をずっと支えたいって言っていた
今の現状は、レティなりに考えた支え方だったんじゃないか……?
お前に拒否されて、離れなければならなくなるなら、お前に力だけでも……って……
命を落とす覚悟で、力を使ったんだろう……」
「この状況は、あのようになった愚かな私に対しての罰だというのか……?
私から、唯一の存在を奪う事が罰であるのか……?
レティ……君が許してくれなくても、それでも私は君に許しを請いたい
自分が君を手放そうとして、こんな言葉は虫がいい話だが……
私から君を奪うなんて……
そんなの……罰を下す神だろうが、受け入れたくはない…………っ……!」
ジルベルトの悲痛な声が溢れ落ちていった。
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◇お知らせ◇
明日、明後日(12月5.6日)の更新はお休みさせて頂きます。
◇作者の呟き◇
漸く、ジルベルトが元通りに戻りましたが、ヒロインのレティシアが今度こういう状態になるっていう……
もう……主人公が誰だかわからなくなっているのは、私の力不足であります……が、このまま押し進めていきますので、ご理解ください。
鬱展開が続いており、イライラさせてすみません。
今回のお話は、私の技術力の無さで、あまり、上手く表現出来なかったなぁ……と、もやもやしている作者です。
レティシアの捨て身の行動(『あの力』をジルベルトに使う)が切っ掛けとなり、マリアベルの術でジルベルトの追いやられていたレティシアへの想いを、ジルベルトの強い感情が押し退け、術を破ったという事を表現したかったのですが……(ジルベルトは、レティシアの記憶を全て失った訳ではなく、レティシアへの想いも含めて記憶を精神の片隅に追いやられていたのです)
表現方法が難しいですね……わかりにくかったら申し訳ありません。
それでも、これから、正常に戻ったジルベルトが反撃に出ます。
レティシアは……、まだ内緒です。
まだまだ、伏線が残っておりますので、そちらを回収しながら、エンディングへ進めていきたいと思います。
この辺りの部分は、削ったり、書き足りない部分も多く、連載が落ち着いたら書き足そうかとも悩み中であります。
レティシアの『あの力』ですが、所々にも出てきたり、登場人物紹介にもありますが、周囲の者が知っている治癒魔力の方ではなく、強く願うと相手の全ての力を増大させる事の出来る、殆どの者に内密にしている力の方であります。
この力の欠点として、力を使うとレティシアへの反動が大きく身体に多大な負担がかかってしまいます。
その力を、今回ジルベルトと離れなければならなくても、彼を支えたいというレティシア自身の強い思いもあり、前の話(第40話)のジルベルトへの口付けを通して彼に使いました。
その為、ジルベルトが術を解いた時と同時に、レティシアは意識を失っています。




