第40話 最期の願い
その日の朝、ハーヴィル公爵家では公爵夫妻と長男のアラン、そして長女のレティシアが、公爵の執務室で複雑な表情で顔を合わせていた。
公爵が娘のレティシアに再度問う。
「レティシア、その考えを変える気はないのか?」
「………公爵家の名を汚してしまう事はわかっております
ですが、殿下の申し出を受け入れて、アルフレッド殿下の元へ嫁ぐという事は出来ません……
私の事に、これ以上アルを巻き込みたくない……」
レティシアの言葉にアランが言葉をかける。
「アルは、それでもいいって言ったんだろう?
それに、ジルを元に戻すまでの一時凌ぎであるなら、あの、おかしくなったジルの申し出なんて、そもそも受け入れなくていいんだ
だから、お前のその決断は俺は認めたくない
お前は今まで通り、王太子の婚約者として登城すればいいんだ」
「お兄様……アルは優しいから、そう言ってくれたの
でも、そんなの駄目だし、私のせいでアルの人生まで滅茶苦茶にはしたくない
だけど、ジルの申し出を受け入れないで、これからも変わらず何らかの形で私が登城するって事は……、王女殿下が気になさると思うから……」
「そもそも、あの王女が───」
「アラン」
アランが思わず口に出そうとした言葉を、父親の公爵が止める。
「父上……」
「まだ、確証もない事であるのに、隣国の王女殿下に対しての疑惑をそう簡単に口にしてはならない
何処で誰が聴いているのか、わからないのだからな」
「………はい」
「レティシア」
「はい、お父様……」
「殿下の申し出をこれ以上引き伸ばせなかった、力のない私を許して欲しい
陛下の言葉も、今の殿下には届かないようだ
この申し出には、隣国も関わってくる事でこれ以上の引き伸ばす事は難しい
だが、お前が殿下の婚約解消の申し出を受け入れるのに、すぐ修道院にまで入る必要はないのだ
修道院に入って、周囲の声や殿下の姿を見る事を遮断したいお前の気持ちもわかるが、それは私は許す事は出来ない
アルフレッド殿下と、婚約を結ぶ事を避けたい理由もわかるが、これからどう状況が動くかもわからないんだ
だから、暫くは領地のマナーハウスで過ごしなさい
学園も、この状況が落ち着くまで、休む事を伝えておく」
「レティシア、マナーハウスにはわたくしも一緒に向かうから心配しないで」
レティシアは両親のその言葉に、なるべく自分が傷付かないように動いてくれている家族の優しさを感じた。
「わかりました
ありがとうございますお父様、お母様」
ここ数日、あまり表情を変えずにいるレティシアを見ていたアランは、先日のアルフレッドの言葉を思い出す──。
『レティの考えている事がはっきりわかった訳ではないが、何か気にかかるんだ
あいつ……ずっと悟ったような表情を浮かべていて、変な事を考えていないよな?』
──そんな言葉を、アルフレッドはアランに溢していた。
そして、それはアランも同じ様に感じており不安が過る。
それは、申し出を受け入れる代わりに修道院へ入りたいという、突然のレティシアの言葉にも、何か引っ掛かると思ったのだ。
「レティ……お前、何かおかしな事を考えていないよな?」
アランの言葉に、レティシアはふわりと笑みを浮かべながら首を傾げた。
「おかしな事って……、お兄様何を言ってるの?
お兄様にも、沢山心配をかけてしまってごめんなさい
ジルと私の間での振る舞いに、とても苦しかったでしょう?
でも、私はもう今の状況を受け入れているから大丈夫よ
私の周りには、こんなに優しい人達が沢山いるんだもの
だから、もう心配しないで?
最後に、今日私との時間をとってくれるよう、ジルに頼んでくれてありがとう」
「そんな事は、何ともない
間に合わせる事が出来なくて悪かった……
レティ……、あまり思い詰めるなよ」
「うん」
レティシアは今日、ジルベルトの婚約解消をしたいという申し出への返答を、直接自分からジルベルトへ伝えたいと、アランから彼へ伝えてもらっていた。
先にアランと父親は登城し、その後約束の時間になると、レティシアは久し振りに登城した。
そんな彼女の姿を見る城の者は、レティシアのアルフレッドとの良くない噂や、ジルベルトとの関わりが無くなり寵を失ったという噂からか、色眼鏡で見るような視線を彼女へ向ける者も多くいた。
そんな視線にも動じる素振りを見せずに、通い慣れたジルベルトの執務室へレティシアは足を進める。
しかし、ジルベルトの執務室に着くと、中にはジルベルトの姿はなかった。
中にいたアランがその理由を告げる。
「王家の森に……?」
「ああ、あの場所はお前達の思い出の場所だろう?
あの場であれば、他に邪魔をする者もいないし、ゆっくり話せるかと思って、お節介かもしれないが、俺がジルに進めてあいつもそれを了承した
だから、あの場でお前の気持ちを隠さず、全て伝えてこい
それで、今のジルと気まずくなったとしても、どのみち、お前は明日から領地に向かうのだから、何も我慢も取り繕う事もしなくていい
ありのままのお前の気持ちを、ジルへぶつければいいんだ」
「お兄様……」
「俺に出来る事は、それくらいだからな……」
アランの自分を思いやってくれる気持ちに、レティシアは再度兄の優しさを感じた。
「ありがとう……
私……お兄様の妹で良かった……」
「レティ……?」
レティシアの別れ際浮かべた表情に、不安を募らせていたアランの元に、暫くするとアルフレッドが息を切らして訪ねてきた。
「アランっ!
やっと、尻尾を掴んだ!
兄上は!?」
「アル……?
尻尾って───……」
◇*◇*◇
王家の森───
レティシアとジルベルトが、幼い頃からよく二人で過ごし、そしてお互いの気持ちを伝えあった場所でもある思い出の場所。
その森の中にある池の畔へレティシアが近付くと、ジルベルトの姿があった。
何時から待っていたのか、待ち疲れてなのかわからないが、目を瞑り眠っているような様子のジルベルトに、一瞬また何か彼にあったのかとレティシアの胸に不安が過る。しかし、規則正しい呼吸音や顔色も悪くない様子に、疲れからか眠っているのだろうかと不安が和らいだ。
そして、レティシアの胸はキュッと締め付けられるように苦しくなっていく。
あの日、ジルベルトが自分の事を忘れ、様子がおかしくなった。
アルフレッドやアランは、ジルベルトが何かに操られていると言った事を支えにしながら、レティシアは自分の弱い心に叱咤しながら、今の状況を受け入れ抗おうとした。
しかし、ジルベルトから婚約解消したいと言われた時、レティシアは自分の張り詰めていた糸がプツリと切れたような気がしたのだ。
それでも、ジルベルトへ向ける気持ちは変えられず、自分はどうしたらいいのだろうかと、何度も自問自答を繰り返した。
そして、行き着いたレティシアの答えは───
(私のこの考えは、ただの自己満足だと誰からも否定されるのかもしれない……
それでも、どんな形でも、ジルの支えになりたいって気持ちは変えられなかった
もしジルが、昔のジルに戻ってこの事を知ったら……きっと怒るわね……
だって、ジルは誰よりも優しくて、いつも私の事を考えてくれるから……)
レティシアは、ジルベルトの傍に近付き膝をつくが、ジルベルトが目覚める様子はなかった。
もし、この時にジルベルトが目を覚ましていたのなら、思い止まっていたのかもしれない。
(ジル……、こんな弱い私でごめんね……
ジルに嫌われたとしても、私はジルの一番の支えになりたいって気持ちが止められなかったの
隣で支える事が出来ないのなら──)
今のジルベルトにこんな事をしたら、きっと嫌悪感をしめすだろうとわかっていながら、その感情をレティシアは止める事が出来なかった。
(許してくれる?
最期にジルの優しい口付けを欲しいっていう願いを、一方通行だとしてもその願い叶えたい
欲の深い私でごめんね……)
「ジル……
何処にいても、私はずっとジルの事を愛してるわ……
私の事で、ジルが悩み苦しむ姿は見たくないの
だから私の事を気にせずに、ジルが選んだ女性とこれからを歩んで?
だけど私は、その姿を見る事を堪えきれないから……だから……
弱い私でごめんね……
ジル……
さようなら───」
そっと、触れるだけの口付けをレティシアからジルベルトに落とす。
その時、レティシアの瞳から零れ落ちた涙がジルベルト頬に落ち、頬をつたってジルベルトの口に流れ落ちていった。
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