第39話 怒りの矛先
マリアベルの滞在している部屋に、感情的な声が響いた。
「話が違うじゃないですか!?」
それは、クララの声で礼儀もわきまえずに、感情的に責める言葉を発する彼女に、マリアベルは不快な表情を浮かべたのを隠すように扇を口元にあてた。
「何の事かしら?」
「マリアベル殿下は、レティシアを失脚させたら、わたくしをジルベルト殿下の正妃へ薦めてくれると仰有ったじゃないですか!?
それなのに、何故マリアベル殿下がジルベルト殿下の妃に名乗り上げられたのですか?
マリアベル殿下は、アルフレッド殿下のお相手としてこの国に来られたのでしょう!?」
マリアベルは、クララを蔑むような目で見ながら口を開く。
「王妃には、気品が必須であるという事を知りませんの?
貴女の本性がそのような形であるから、ジルベルト様も貴女を選ばなかったとは思えないのかしら?
その点は、レティシアさんの方が気品はあったのかもしれませんわね?
まぁ……それでも、わたくしの足下にも及ばないとは思うけれど……」
「なっ!? あんな女とわたくしを比べないでください!」
クララの言葉遣いに、冷たい視線をマリアベルは彼女へ向ける。
「優しくしていたら、何を勘違いなされたのかしら?
ご自分とわたくしを、同列だとでも思っていらっしゃるの?
わたくしを誰だと思っていらっしゃるのかしら?
貴女はただの侯爵家令嬢なだけであって、わたくしは、王女よ?」
「………っ……も、申し訳……ありません……」
「それにクララさん、貴女は何をなされたのかしら?
色々、こちらがお膳立てしてあげたのにも関わらず、貴女がなされたのは、レティシアさんの良くないお噂を流した事ぐらいでしょう?
それも、中途半端な……
それだけで、ジルベルト様からのレティシアさんへの寵愛が無くなったとでも、思っていらっしゃるの?
わたくしは、皆様が幸せになれる方法をジルベルト様に提案しただけであって、わたくしを妃にと決められたのはジルベルト様ご本人であったという事だけ
そんな風だから、今回も選ばれなかったのではないのかしら?」
「…………っ!」
マリアベルの言葉に、苦虫を噛み潰したような表情をクララは浮かべた。
「わたくしは、側妃をおく事に関しては広い心で認める余裕はありますの
ですから、後はご自分のお力が足りないのであれば、お家のお力でも使って、側妃のお立場におつきになるといいわ」
マリアベルのその言葉に、クララは屈辱にかられる。
そんな彼女を、マリアベルが合図した侍女達が部屋から退出させた。
その様子を眺めていたカーティスは、呆れたような笑みを浮かべる。
「クララ嬢は、取り繕い方が下手くそだよね?
中途半端というか、上の立場の人間にも媚びへつらう事が本当は好きではないのだろうね
人の上に立ちたいっていうタイプなんだろうなぁ」
「わたくしは、ご自分の立場を理解していない方はあまり好きではないわ」
「あ~あ……、マリアを怒らせちゃって、彼女、側妃の立場も危ういかもね」
「ああいう方は秩序を乱しがちだから、後宮を取り締まる立場としては目障りよ」
そんな事をマリアベルとカーティスが話している頃、マリアベルの部屋から出されたクララは、様々な感情が全て怒りという感情へ行き着いた。
そして、その怒りの矛先は、ごまをすっていたのにも関わらず、屈辱を味わわされたマリアベルでなく、昔から彼女にとって目障りであった者へ向けられる。
「………許さない……
あの女が初めから居なければ、こんな事にならなかったのに……」
そして、それは次の日、学園で起こる。
ジルベルトからの関わりもなくなり、良くない噂が流れる中であっても、レティシアの立ち振舞いは以前と変わらなかった。
落ち着いた仕草で、柔らかな笑みを相手に向けるような所作。
今の状況に何も動じていないような様子にも、クララは腹の虫がおさまらない。
レティシアが、所要の為に学園の階段を登っている時であった。
校舎内であるのに、突如として起こった不自然な突風に一瞬レティシアの身体が浮く。
その弾みで体勢を崩し、彼女の視界が上を向いた。
「え……?」
(何……? 落ち──)
次に来ると思った衝撃に、レティシアが身体を強張らせ目を瞑った瞬間、覚えのある香りと温もりに彼女の身体は包まれ、来るであろう衝撃を感じなかった。
瞳をゆっくりと開けると、目の前にはレティシアが今一番傍に居て欲しい存在がいた。
「今、魔力を感じた
不審者が居ないか、辺りを確認しろ!!」
「はいっ!」
レティシアは、自分の護衛達に指示をするジルベルトをぼんやりと見詰めた。何故彼がここにいて、自分を助けてくれたのかわからないが、それでも彼に久し振りに抱き締められている事に様々な感情が沸き起こる。
そして思わず、いつも呼んでいた彼の愛称が声に出てしまった。
「ジル……」
ジルベルトの視線が自分に向いた瞬間、レティシアは我にかえる。
「……ぁっ……もっ、申し訳ありませんっ……殿下の御名を……」
「いや、いい……
それよりも、大丈夫か? 怪我は?」
「殿下が、助けてくださったので、何ともありません
殿下こそ、お怪我はありませんか?」
「私は君を抱き止めただけだから、何ともない
怪我がないのであれば、良かった」
「助けてくださり、ありがとうございます」
「いや、礼などはいらない
それにしても、学園内は魔術制限がかけられているはずなのに、魔術の反応を感じたと思ったら、君が階段から不自然な形で落ちてくるから焦った」
「………私の……心配をしてくださるのですね……」
「それは……君は、宰相やアランが大切にしている存在だから……」
ジルベルトの返答にチクリとレティシアの心が痛むが、レティシアはジルベルトへ笑みを向けた。
「そういうお優しい所は、お変わりありませんね」
「私が優しい……?」
「ええ、自分の身の安全を考えずに、その身を呈して守ってくださるところ……
本当にありがとうございます
殿下が助けてくださらなかったら、このように動く事も出来なかったと思います」
「それは──」
(──君だから)
「……っ!?」
一瞬過った自分では考えもしない言葉に、ジルベルトは咄嗟に自分の口元を押さえる。
そんなジルベルトの様子に、レティシアは首を傾げた。
「殿下?」
ジルベルトは、その自分ではないような考えを否定するように一度感情を無にし、言葉を言い直す。
「いや……、君に怪我がなくて良かったよ
それと、以前君に伝えた事だが……
まだ、父上と上手く話が進んでいなくてな……」
そのジルベルトの言葉に、レティシアは表情を変えずに彼を見据えた。
「そのお話についてですが、今度、殿下にお伝えしたい事があるのです
殿下のお時間を頂ければと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「伝えたい事……?」
「ええ」
ジルベルトは、他の令嬢方やマリアベルと一緒に居る時の不快感が、この時レティシアと一緒に居る時は全く感じなかった事を、彼女とその場で別れた後認識した。
その不思議な感覚を否定しようとする自分と、否定したがる自分に抗おうとする感情の反発という、気味の悪い感覚を何度も感じていた。
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