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第35話 茫然自失

 それは、突然であった。

 ハーヴィル家へジルベルトからの先触れが届いたのは、既に公爵である宰相も、アランも登城している時間。

 急いで身支度をしたレティシアが、既に到着し応接室で待っているジルベルトのもとへ向かうと、ジルベルトは椅子に腰掛けず、窓辺に立って外を眺めていた。


「お待たせして申し訳ありませんでした」


「いや、こちらこそ

 急な来訪で申し訳ない」


「今日は、どうされたのですか?

 父も兄も既に登城しておりますが……?」


「………いや……

 今日は、君に用があって来た」


 表情を浮かべずに話すジルベルトに、レティシアはどうしたのだろうかと思う。

 ()()ジルベルトが、わざわざ自分が一人の時に訪ねて来るとは思っていなかった。だが、先日少しだけだが、彼の本心に触れる事の出来た事もあり、このまま少しずつイチからだが、距離を縮められるかもしれないと思えるようになってきていた。

 もしかしたら、昨日アルフレッドと一緒に探していた、イヤーカフの事を聞きたいのかとも思い、レティシアは答える。


「わたくしに用……?

 先ずはお座りになってください

 イヤーカフの件でしたら、昨日アルフレッド殿下と一緒に探しましたが、まだ手掛かりも掴めておりません

 それらに関しては、アルフレッド殿下から詳しくご説明して頂けるかとは思うのですが……」


 レティシアが応接室の椅子へジルベルトを促そうとするが、ジルベルトは、今いる場所から動かずにそのまま言葉を続けた。


「いや……その件ではないんだ

 これまで、君の事を知ろうと、自分なりに自分と君との歩みを記録からみたり、関わっている者へそれとなしに聞いたりした

 それから、君の様子を自分の目で見ていた」


「え……?」


「それで、覚えていない自分でも気が付いた事が幾つかあったんだ

 君は、王太子妃として、それから未来の国母となる為に毎日厳しい教育を受けていて、その成果も既に申し分ないという答えがどの講師からも聞く事が出来た

 それに、市井の民達からも君が慕われている声も、この数日だけで幾つも聞いた」


「殿下……?」


「それに比べて、()()()私は、相手の事を考えずに、随分と傲慢で強引であったのだと思う」


 レティシアは、ジルベルトの話し出した言葉の意図がわからず困惑する。


「殿下、何のお話を……?」




 次のジルベルトの言葉にレティシアは、全身が凍りついた。









「私との婚約を解消しよう」






「え……」




 そして、思考が停止したかのように、時が止まったかのように感じた。



「他人の感情を無視し、自分の欲だけを押し付けて、強引に君の事を私は婚約者にしたのだろう?

 アルフレッドが、君を慕う気持ちを知っていながら……()()()私は何を考えていたのか、()()私には理解が出来ない

 私が見ている中で、君もアルフレッドの前では自然な笑みをずっと見せていた

 私との婚約を解消した後に、アルフレッドと婚約し直せるよう父上には伝えてみる

 なるべく、君に不利にならないよう周知もしよう

 アルフレッドにも、この事を今日伝えようと思っている」


「…………………」


 突然のジルベルトの言葉に、レティシアは何も反応が出来ない。

 そして、何故このような考えにジルベルトが至ったのかが、レティシアにはわからなかった。


「君には厳しい王妃教育を受けてもらったのにも関わらず、王妃に向かえる事が出来ない事は申し訳ないが、第二王子妃としても、その知識は役に立たない事ではないから許して欲しい

 それに、君にとっても()()私と共に居るよりも、信頼を向けているアルフレッドと、共に歩む方が幸せになれると思う

 宰相も、私との婚約には反対していたと聞くから、これで安堵するのではないだろうか?」


「…………───」




 あの後、ジルベルトに対して自分がどう振る舞って、ジルベルトがどう帰っていったのかも、レティシアにはわからず、気が付くと私室の椅子に座っていた。

 ジルベルトのあの言葉だけがなんども繰り返される。




『私との婚約を解消しよう』




(ジルにとって私は何だったのだろう……)



 レティシアは、先程のジルベルトの言葉がまったく受け止められなかった。

 そして思い出されるのは、幸せだった、自分の事を忘れる前のジルベルトの言葉の数々。




『誰に何と言われようとも、私が君を守る一番の存在になりたいのだから、君であってもその役目を奪わないで欲しいな』



『私の事を信じていてくれて、ありがとう

 私は誰よりも君の事を想っているから……』



『君は私の唯一なのだから

 私以外の男を選ぶなんて、許さないからね』



『君のことは、アルであっても絶対に奪われたくはないんだよ』



 レティシアの瞳には涙が溢れてくる。



(私達は、強い絆で結ばれているって思っていた

 不可抗力だとしても、私の事だけジルが忘れてしまった事は、とても悲しかった

 だけど、お互い歩み寄って関われば、ジルの記憶がこのまま戻らなくても、またお互いの気持ちを向け合えるって思っていたのは、私だけだったのかな……

 記憶がなかったら、私への想いも一つもなくなってしまうの……?


 私が、()()ジルに、歩み寄らなかったせい?

 どうして、あんな風にジルは思ってしまったの?


 私はどうする事が正解なのだろうか……?

 私のジルへ向けるこの想いを伝えたら、どうなるの……?)



 そんな自問自答が頭に浮かんだ時、涙で濡れたレティシアの表情には自嘲めいた笑みが浮かぶ。


(きっと、そんな事を()()彼に伝えたら、拒絶されるだけね……

 これで、私達の関係は終わってしまうの……?)




ここまで読んで頂きありがとうございます!

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