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第28話 傍観

 しばらく涙を溢していたレティシアは、漸く涙も止まりかけ、何度も呼吸を整える。

 握りしめていた、アルフレッドから借りたハンカチを見詰めながら、もう一度大きく息を吐くと、空を見上げた。


「少しは落ち着いたか?」


「………うん……

 ありがとう……後、ハンカチも……

 涙で濡らしてしちゃったから、洗って返すね」


「俺は特別な事はしてないから、気にするな」


「うん……

 アル………まだ、原因はわかっていないの?」


「ああ……

 今回の事は公にしていないし、知らない者の方が多いから、大々的に動けない事もあって、何が起こったのか全く掴めていない

 だけど、明らかに兄上を狙っての暴挙であるとは考えられている

 ただ、その目的が何なのかわからないし、この起きた事が兄上を狙った相手にとって成功したのか、失敗したのかすらわかっていない

 兄上の身体的には、今のところな何も問題はなかったという事がわかっているだけだ」


「ジルの身になにもなかった事は、良かったものね……」


 その言葉に、アルフレッドはレティシアを見つめる。


「何もなかった訳ではないだろう?」


「私の事を除けば、ジルの身に何かがあった訳ではないもの」


「強がるなよ!」


 アルフレッドが、レティシアの呟いた言葉に対して語気を強めた事に、レティシアは僅かに表情を歪めた。


「ジルが目覚めて、私の事を覚えていなかった事を目の当たりにしてから、ずっと考えているけれど……

 私の事を除けば、ジルは今まで通りであるし、今ジルの事を苦しませているのは、私の存在なのかもしれないって……

 そう思うと、私がこのままの立場でいいのかなって、思ったりもしてたの」


「ただの、一過性のものかもしれないだろう!?

 お前の事を、明日には思い出しているかもしれない

 それに、どんな原因なのかもわからないし、お前の立場を危うくする為なのかもしれないだろう!?」


 レティシアは、ぼんやりと前を向くと言葉を続ける。


「一過性かもしれない、ジルの記憶を戻す為に頑張るべきだ

 私はそう思わなければいけないってわかってるし、私自身もジルの事を支えなければいけないって事もわかってる

 私のその考えは、今の現状を認めたくなくて、逃げ出したい自分の臆病さからだって、自分でも自覚してる

 今の現状を見ないふりをして、逃げたい……

 ジルの知らない者を見るような、私へ向ける視線が辛い……

 そう考える自分は弱くて嫌だけど、でも……、もう気持ちが追い付いていかないの……」


 弱音を溢すレティシアを、アルフレッドは抱き締めて「もう、何も考えなくていい」と、言ってしまいたかった。

 ここが、学園の庭園で誰かに見られる危険がなければ、そうしていたかもしれない。

 グッと、拳を一度握り締めるとアルフレッドは、レティシアの頭に自分の手を乗せ、優しく撫でた。

 その様子を、生徒会室からジルベルトが見ていた事に、二人とも気が付かなかった。



 ◇*◇*◇



 それからもジルベルトが、マリアベルからの誘いを受けたのか、クララも同席する学園でのマリアベルの昼食の席に共にする姿や、王城での茶会に顔を出す姿が度々見られた。

 その頻度は、当初婚約を結びたいとシャルテ国王から打診のあったアルフレッドよりも多い頻度であった。

 さらに、その席には必ずクララがいた事から、クララがジルベルトの側妃としてあがることは確実であるという噂が、多くの者の耳に入る。

 そして、それと同時に、レティシアとジルベルトの交流がパタリと失くなった事が目につくようになる。そんな状況に、レティシアへのジルベルトの寵が失くなったのではという声や、婚約を解消するのではというような憶測をも含む噂も広まりつつあった。


 ジルベルトの一件を知らない者でも、二人の仲に違和感を持つ様子に、レティシアの兄のアランは苛立ちを募らせていくが、レティシアからの言葉もあり、感情を押さえ込んでいた。






 そんなある日、視察に出ていたジルベルトは、当初の予定よりも早く視察が終わり、時間にも余裕があったので、予定にはなかった近くの孤児院へ視察に訪れた。

 その孤児院は、ハーヴィル公爵家も寄付をしている施設である。

 突然の王太子の訪問に驚いた施設長であったが、ジルベルトの訪問を歓迎し、さらに彼へ思いがけない言葉を言った。


「知らせなしの訪問で申し訳ないが、市井の視察として考えてくれ」


「王太子殿下にわざわざ来て頂ける事は、私共にとってはとても光栄な事ですので、子ども達も喜ぶと思います」


「施設の運営に、困る事などはないか?」


「国の支援も恵まれておりますし、貴族の方々からも多くのご寄付を頂いておりますので、ここにいる子ども達は恵まれておりますよ

 何よりも、未来の国母様が、子ども達を慈しんでくださっているので、この施設の子ども達の笑顔は絶えません」


「未来の国母?」


「ええ、今日も丁度いらっしゃっている日で、殿下も訪問してくださるとは、来訪日を知ってらしたのですね」


 施設長が案内した先にいる人物に、ジルベルトは驚く。


「毎週、こんな所へわざわざ来てくださって、子ども達に読み書きを教えてくださったり、治癒のお力で調子の悪い子どもや、この近隣の住民を癒してくださっているのですよ

 市井のこのような場所には、普通は貴族のお嬢様は近付きたがらないと思うのですけれど、あの方は、そんな偏見など一度も見せる事もなく、あのように子ども達の目線になるように、膝までついてくださっているのです」


「毎週、来ているのか?」


「ええ、殆どの週は来てくださっておりますよ

 こちらに来られるようになって、もう数年になりますね

 ここ以外にも、他の多くの施設に足を運んでいらっしゃるそうです

 私共からは、聖女様にしか見えません

 本当に素晴らしいお方です

 だからこそ、今年周知された殿下とのご婚約の事は、市井の者は皆、心から喜んでいるのですよ」


 そこには、目の前にいる子ども達と同じ目線になるように、ドレスが汚れる事など気にもせずに、その場に膝をついて座り、優しい表情で本を読んであげているレティシアの姿があった。

 そんなレティシアのもとへ、腕を怪我した子どもを連れた近隣の住民なのか一組の親子が現れると、その子どもの傍に寄り膝をついて怪我をしている子どもの腕にレティシアは手をあてた。

 ふわりと柔らかな空気にその場が包まれると、腕の怪我が目立たなくなる。

 彼女の持っている治癒の魔力で治した事が、ジルベルトにもわかった。


「本当に素晴らしい方がご婚約者になられましたね」


 その施設長の言葉に、ジルベルトは何も答える事が出来なかった。







 日が傾きかけた頃、レティシアが施設の子ども達の見送りに手を振り、馬車へ戻ろうとした時、彼女が一瞬ふらついたのを付き添っていた侍女のエマが支えた。


「レティシア様、お力を使い過ぎです

 旦那様や奥様に、アラン様からもお力を使い過ぎるなと言われていらっしゃるのに」


「でも……、治癒を待っている人をそのままになんて出来ないもの

 しっかり休めば私は大丈夫だし、何も問題はないわ

 だけど、お父様方には今日力を使いすぎてしまった事は、内緒にしてね

 ただの気休めでしかないのかもしれないけれど、初めて市井の状況を知った時から、自己満足でしかないかもしれないけれど、自分の出来る事をしたいって思ったの

 私のやっている事は、見える所だけしか助けていない偽善的な行動なのかもしれないけれど……

 それでも、やらないより、やったほうがって思ったから……」


「レティシア様……」


 レティシアが馬車に乗り施設を後にする姿を、ジルベルトは声を掛けずに眺めていた。




ここまで読んで頂きありがとうございます!

ブックマークもありがとうございます!読んで頂けている方がいらっしゃる事が励みになっております!



◇お知らせ◇

先日、活動報告でもお伝えしましたが、土日の更新はお休みさせて頂きます。また、月曜日に更新再開したいと思いますので、宜しくお願いいたします。


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