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第27話 認めたくない現実

 朝、学園にレティシアの乗った公爵家の馬車が着いた時、丁度王室の紋が入った馬車も着き、ジルベルトが降車する所だった。

 その様子が目に入ったレティシアが、僅かに身体を強張らせた事を、一緒の馬車に乗っていた兄のアランはすぐ気が付く。


「レティ……? 大丈夫か?

 このまま、屋敷へ戻ってもいいんだぞ?」


「私は、大丈夫

 お兄様こそ、そんな風に顔に感情を出していたら、周りから変に思われるわよ?

 ジルの今の状況は、限られた人しか知らないのだから……

 いつも、冷静なお兄様らしくないわ」


「俺だって、感情的になる事もあるんだよ」


「お兄様、ありがとう」


「レティ?」


「私の為に、怒ってくれているのよね?」


「……当たり前だろう?

 俺の妹の事なんだからな

 お前が、大丈夫であるなら馬車を降りるぞ」


「はい」


 レティシアが馬車を降りると、その事に気が付いたジルベルトが近付いてきた。


「おはよう」


「おはようございます」


 レティシアは、今の挨拶に含まれた意味合いをすぐ察した。

 昨日、自分の事を彼が『レティシア嬢』と呼んだ事に、兄が怒った事も考えて、彼は不自然にならないように、学園ではなるべく自分の名前を呼ばないようにしたのかもしれないと察する。

 今のレティシアの事を忘れている彼の中では、『レティ』と愛称を呼ぶ程の間柄ではないから、以前と変わらないふりだとしても、恐らく呼びにくいのであろう。

 ジルベルトは、レティシアの事を一年生の学年棟までエスコートしようとしたが、レティシアはそれに断りを入れた。


「生徒会のお仕事もたまっていると、兄から聞いておりますので、私は大丈夫です

 ですから、生徒会室へ兄と一緒に向かってください」


「あ……そうか

 気遣いありがとう」


 ジルベルトがレティシアの申し出に、一瞬ホッとした表情を浮かべた事に、レティシアはすぐ気が付く。

 ふりだとしても、知らない相手と一緒にいる事は大変であり、気疲れするのだと思う。

 しかし、その小さなジルベルトの変化がレティシアにとっては、今の彼が自分の事を本当に覚えていないのだと、何度も再認識させられた。


(お兄様は、私の事を気遣ってくれるけれど

 今、一番大変なのは、記憶を失くしているジルであって──)


 自分の考えにレティシアは、悲しい現実を悟る。


(ジルが大変なのは、私の事だけを覚えていなくて、婚約者のふりをしなくてはいけない事で……

 私が居なければ、ジルはその他全てを覚えているのだから、何も大変な事も、苦しみもなくなるのかもしれない……)


 レティシアの顔には自虐的な笑みが浮かぶ。


(今のジルにとって、大変なのは私が傍に居る事……)


 レティシアは、後ろ向きな思考で一杯になっていった。








 お昼の休憩時間になり、プリシラと一緒に食堂へ向かったレティシアは、先に食堂へ入ったプリシラの様子が変わった事に、どうしたのかと彼女へ声を掛ける。


「プリシラ? どうかしたの?」


「レティ……あの……」


 プリシラが先程まで見ていた方向へ視線を向けると、そこには食事を共にするマリアベルとクララ、そしてジルベルトが居た。

 レティシアは、プリシラへ笑みを向ける。


「きっと、王女殿下から誘われたのだと思うから、私は大丈夫よ」


「でも、レティ……」


「プリシラ、ごめんなさい

 私、ちょっと用を思い出したから

 今日一緒に食事をとるのは難しくて……」


「あ、レティ!」


 レティシアが食堂を離れて直ぐ、アルフレッドが食堂に入って来た。

 プリシラと一緒にいるはずのレティシアの姿がなく、プリシラ一人で居る事にアルフレッドは表情を険しくする。


「何かあったのか?

 レティは?

 一緒に居たんじゃないのか?」


「殿下……

 レティは、その……」


 プリシラが、視線を向けた場所にいる者達に気が付いたアルフレッドは、プリシラへ問いかけた。


「レティは、()()を見たんだな?」


「はい……

 それで、用を思い出したから、一緒に食事は出来ないって……」


「………っ!」


 アルフレッドは踵を返すと、レティシアの向かったであろう場所に、アルフレッドの心当たりのある場所へ急いだ。




 ◇*◇*◇


 学園の庭園の端にある、生徒会室の見えるガゼボにレティシアは座り、自分の心の中とは、正反対の澄みきった青空をぼんやりと眺めていた。


 今までジルベルトは、昼食の時間は殆ど生徒会室で食事をとっていた。

 マリアベルがこの王国へ来訪してから、王女が学園に入学して直ぐは彼女が学園に慣れるまではと、王女と一緒に昼食をとることもあったが、最近はなくなっていた。

 しかし、その場面を見てしまうと、たまたま誘われたからであるのだと言い聞かせても、レティシアの心の中は複雑な感情で一杯になる。

 そして、ポツリと言葉が溢れ落ちた。


「こんな事を(ひが)んで、嫌な私……

 邪魔者は……自分の方なのに……」


 レティシアは、ずっと心の奥で考えて、否定して、を繰り返していた事を、言葉に出してしまうと、胸がどんどん苦しくなっていく……

 そして、レティシアの視界は涙で膜を張り、潤んで見えずらくなっていった。

 この時、レティシアの瞳からはジルベルトが目覚めてから、初めて涙が溢れ落ちていった。

 ずっとレティシアは、今起きている現状を認めたくなく、自分の心の中で現状を何度も否定していたのだ。


「なんで……?

 どうして私の事だけ───」


「レティ!!」


 その時、レティシアの名前を呼んだのはアルフレッドだった。


「アル……」


「やっぱり、ここにいた……

 もしかしてって、思って──

 お前……」


 レティシアが涙を溢している姿に、アルフレッドは顔を歪めた。

 そして、自分のハンカチをレティシアへ、そっと差し出す。

 そのハンカチに、今まで我慢していた悲しみが一気に溢れて、レティシアは涙が暫く止まらなくなった。

 アルフレッドは、そんなレティシアに何も声を掛ける事はしなかったが、隣に座り彼女が落ち着くまでずっと傍にいた。




「アル……、ごめんね……驚いたでしょう……?

 ハンカチもごめんなさい……こんな所で泣くなんて……私……」


「謝らなくていい

 ここには、誰も居ないんだし、俺はここに居たくて居るんだから

 気にしなくていい

 我慢するな

 お前が落ち着くまで、待ってるから……」


「ごめんなさい……

 ありがとう……」


 レティシアが見ないふりをしていた、傷付いた自分の心に、アルフレッドの優しさが酷く染み入っていった。




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