第15話 止められない感情
レティシアの目にチラリと映った、自分の腕を掴みその場に留めるジルベルトの表情は、何とも表現しずらい表情を浮かべていた。
「……離してください」
「嫌だ」
「離してください……」
「君とこんな状態のまま、君の事を離すなんてしない」
「こんな状態って……、いつもと変わらないじゃないですか」
「私は、君から敬称で呼ばれたくないと、以前にも言った
公の場では仕方がないとしても、何故二人きりでいる今もそのように呼ぶ?
その、話し方もだ
私に不満があるのなら、本音をぶつけて欲しい」
「不満なんて……、ないです……」
「あるだろう?
君のその表情……、それがまさにその事を物語っている
どうしたら、その表情をいつもの君の表情に戻せる?
君に何も伝えずに、あの場に居た私の失態は、君に対して不誠実だったと思うし、申し訳なかった」
「…………」
ジルベルトが、自分の行動について謝罪すればする程、レティシアの胸の中には嫌な感情が渦巻いていく。
(自分が駄々をこねるように、分別のない振る舞いをしている事はわかっているのに、感情がその事を冷静にとらえさせてくれない
こんなことで、ジルの事を困らせて執務の邪魔をして、最悪だ……
私が自分の立場を弁えれば済む話なのに……
ジルは何も悪くないのに……
口を開けば、ジルを責めるような、棘のある言葉ばかり出てくる……
だけど……)
「君が登城している事を、私は知っていたのだから、君に伝達だけでもするべきだった
本当に悪かった……」
(ジルの謝罪の言葉なんて聞きたくなんかない……)
「今回の件は私の考えのなさが一番悪かったのだ
レティ、すまない」
(ジルが謝罪の言葉を口にする度、それが……)
「………ないで」
「レティ?」
「もう、謝らないで!」
「え……?」
「ジルが私に謝る度に、ジルの意思で私に黙って、王女殿下やクララ様と会っていたって言われているように感じるの!
だから……謝ってなんか欲しくない……
仕方がなく、あの場に居たって言うなら謝らないで……」
「レティ……」
「自分で、どうしようもない事を言っているってわかってる!
ジルの立場では、外交としても王女殿下の誘いを受ける事は当たり前の事だし、その事に私がどうこう言うべきでない事もわかってるの!
感情に振り回されないで、冷静でいなくてはいけないのが王太子の婚約者の務めなのに、今の私は……
感情が追い付かないで、自分の愚かな感情をジルへぶつけて、困らせて……
本当に嫌……
こんな自分、大嫌いっ!!」
「………っ……」
レティシアが、自分の感情を言葉にしている姿を見詰めていたジルベルトは、そっと彼女を後ろから抱き締めた。
レティシアの顔は見えないが、抱き締めているジルベルトの手にポツリポツリと零れ落ちてくるある感触に、ジルベルトはグッと抱き締めてる腕に力を入れる。
レティシアは、気持ちを吐露するかのように、ポツリポツリと言葉を溢す。
「………何事にも感情を出さないで、相手に心の内を悟られない表情を作る……
国王陛下や王妃陛下、王太子殿下から意見を求められれば、意見を言葉にしても良いが、意見を違える事はあってはならない……
教えは覚えているけれど、私は未熟過ぎるから……
どうしても、上手く出来ない……
周りから、王太子妃の器じゃないって言われている事も知ってる
私の振る舞いは、きっと周囲から見たら、穴だらけで不完全なものなんだと思う
王太子妃の振る舞いはしっかり出来ないくせに、こんな醜い嫉妬は人一倍大きくて、それを表に出して、ジルへぶつけてしまうなんて……」
ジルベルトは、レティシアを抱き締めたまま、彼女の首筋に顔を埋めた。
「私は、完璧な王太子妃なんか求めていない
君は、君が思っている以上に公の場でしっかり振る舞っているよ
だけど、私は二人でいる時は、君からそんな振る舞いをして欲しくはない
君には、あるがままの君の姿で、私と関わって欲しいんだ
それなのに、君はいつも自分の感情を私の前でも隠してしまう
そんな事は、寂しいし、虚しい」
「慰めなくていいよ……」
「慰め?
これは、私の本心だよ
ねぇ、レティ?
君は、私から上っ面でしかない王太子の姿で、いつも接して欲しいかい?
そんな感情も伴わないような接し方で、嬉しい?
君が言っている、完璧な王太子妃っていうのは、そういう事なのじゃないのかな?
君から笑顔で、他の令嬢の元へ行けと言われる度に、私の本音は不満しかない」
「ジルは、私に甘すぎるわ」
「そうだよ、もっと甘やかしてドロドロに溶かしてやりたいとさえ、思っている
私の前だけでは、君のありのままの姿でいて欲しい
自分を偽らないで、私に接して欲しいんだ
レティ、もっと私に甘えて?」
そう言い終わると、ジルベルトはレティシアを抱き締めたまま、長椅子に腰を降ろした。
「キャッ!?」
その事で体勢を崩したレティシアは、そのままジルベルトの膝に座っているような状況に、気まずくなり俯く。
「こら、俯かないでちゃんと顔を見せて?」
「だって……」
涙でぐちゃぐちゃな自分の顔を、ジルベルトには見られたくはなく、レティシアが目を擦ろうとすると、彼女の手をジルベルトは取る。
「擦らない」
その言葉と同時にジルベルトの顔が近づき、彼は唇をレティシアの目元に寄せ、涙を吸い取るように口付けを彼女の顔に落としていった。
「ジ、ジルっ!!」
「君の涙も、私のものだよ
この涙は、私の愚かな行動で流したものだろう?
それならば、拭うのも、そして癒すのも私だけでありたい
君にもう一度だけ謝ってもいい?
だけど、この謝罪は私の行動を肯定するものではなくて、君の不安な感情にもっと早く寄り添わなかった謝罪として……」
「ジル……」
「そして……出来る事なら、君に許しを乞いたい」
「うん……」
「レティを不安にさせたままにして、ごめんね」
レティシアは、ジルベルトのその言葉が胸にストンと落ちると、とても安堵する自分がいる事に気が付く。
その事を感じながら、ジルベルトにギュッと自分から抱き付いた。
「うん……
ジルの気持ちが伝わったから、もう大丈夫
私の方こそ、棘のある言葉ばかりぶつけて、ジルの話も聞こうとしないでごめんね……」
レティシアは、自分が話し終るまでの間、ジルベルトが頭を撫でてくれる優しさに、涙が出そうになるのを必死に我慢した。
自分の我が儘でしかない感情を受け止めてくれるジルベルトに、どれだけ甘えているのだろうかと強く思う。
こんな自分は、ジルベルトに相応しいのだろうかという、後ろ向きな思考が頭を過った時、その事すらもジルベルトにはお見通しかのように、ジルベルトは言葉を紡いだ。
「レティ、君は頑張っているし、何事も求められている以上に出来ているんだ
だから、自分で自分の事を認めてあげて?
でないと、頑張っている君が可哀想だよ
外で頑張った分、私には幾らでも甘えていいから」
「ジルは、そんな私で負担にならない?」
「なるわけがないだろう?
それに、君の方が私に甘いんだよ」
「え……?」
「いや……
私が君の事を甘やかしたいのだから、それでいいんだよ」
ジルベルトは、レティシアを抱き締めながら思う。
(君は、私の本性を半分も理解していないから……そんな風に思うんだ
君の事になると、手をつけられなくなるぐらいの感情が全身を駆け巡る事をね……
そんな感情を、私は君に時々ぶつけるのに、君はそんな私の事を無意識に包み込むように、受け止めてくれているのだよ……
君はその事に、気が付いていないのだろうけどね
君の嫉妬は、私にとっては美味な嗜好品であるんだ
その涙も、表情も、私しか写していないという証拠なのだから……)
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◇作者の呟き
今回のお話は、レティシアの後ろ向き思考にイライラされませんでしたか?
そして、ジルベルトのレティシアへの執着心にも少し触れましたが
引かれてはおりませんか?
喧嘩までいっているのかわかりませんが…(レティシアが一人で、ショックを受けて一人で怒ってるだけのような…)お互いの気持ちをぶつけて想いを再確認な回にしたく、こんな感じになりました。
ジルベルトは、そのままにはせずにその場で解決したいという、思考の持ち主なのですぐ仲直りというような感じにしました。




