第10話 嫉妬
室内に入ったジルベルトは、軽く乱れたネクタイ等を整えながら、レティシアの側へ足を進めた。
「ごめん、遅くなって……
オスカーも悪かったね、昼休憩の時間に言伝を頼んでしまった上、レティシアの相手までしてくれて──
二人とも、どうかしたのか?」
二人の何時もとは違う様子に直ぐ気が付いたジルベルトは、僅かに訝しげな表情を浮かべる。
そんなジルベルトへ、ニコリと笑みを浮かべたオスカーは立ち上がると、扉へ足を向けた。
「これで、俺のお役目は終わりだよね?
まだ、半分休憩時間が残っているようなので、俺はこれで失礼しようかな?
じゃあ、レティシア嬢……、あまり強がらない方が、いいんじゃないのかな?」
そういうと、何時もの砕けたような振る舞いでオスカーは、生徒会室内にいるメイドと護衛を連れ、部屋を出ていく。
「レティ?
オスカーと何かあったのか?」
レティシアの隣に腰掛けたジルベルトは、レティシアの顔を覗き込むように声を掛けた。
「レ──……」
ジルベルトの視線がレティシアの瞳とぶつかった時、レティシアの瞳からポロリと一粒の涙が零れ落ちた事に、ジルベルトは息をのんだ。
「何があった!?
オスカーが、何か──」
「違うの」
「レティ?」
「オスカー様は、関係ない……」
「じゃあ、何故涙なんか……」
(こんな事、言ったら駄目だってわかってる……)
レティシアの瞳から、涙がポロポロと幾つも零れ落ちていく様子に、ジルベルトはレティシアをギュッと抱き締める。
(昨夜から、この感情を止める事が出来ない……)
ジルベルトの腕の温もりを感じた事に、レティシアの涙はさらに溢れた。
そして、ずっと気付かない振りをしていた、自分の胸の中の違和感を認めざるをえなかった。
(何時もと違う時間が、ほんの少しあっただけなのに……
今までの時間が、当たり前だと思っていた自分が嫌になる
ジルの隣に居るのが自分でない事に、こんなに苦しくなるなんて……
アルが何時ものように、自分に優しく話しかけてくれる事が少ない事に寂しく思うなんて……
そんな……、マリアベル王女殿下に、自分の居場所を取られてしまったように思った自分を認めたくなかった
だから、オスカー様にあんな模範解答のような返答をした自分がいたの
その事をオスカー様に言い当てられた事が、恥ずかしくて、自分に対して嫌悪感しかなかった……
こんなに傲慢で、自己中心的な考えを持っている自分が嫌になる……)
なかなか泣き止まないレティシアの頭を、ジルベルトは優しく撫でる。
「レティ……、君のその涙の訳を、私には教えてくれないのかな?」
「………聞いたら、ジルはきっと呆れて幻滅するもの……」
「私が、君の事を幻滅なんてする訳がないだろう?」
普段のレティシアなら、わざわざ時間を作って自分のもとへ来てくれたジルベルトに対して、こんな言い合いをする事はないが、今日は何故だか言葉が止まらなかった。
(こんな事を、折角来てくれたジルに言いたくないのに……
どうして、言葉が止まらないの?)
「ジルは私の心の中を知らないから、そんな風に言えるのよ……
知ったら、幻滅して軽蔑してしまうわ
だけど……、知った方がいいのかもしれない……
こんな私なんて、ジルには相応しくなんて──」
「レティ」
レティシアが溢し始めた言葉を言わせないように、ジルベルトは強めの語気で彼女の名前を呼んだ。
その事に、レティシアはビクリと肩を揺らす。
「そういう風に自分の事を蔑むのなら、私は怒るよ?」
「だって……」
「レティっ!」
さらに語気を強めたジルベルトは、レティシアを抱き締める手を緩めると、彼女の瞳をじっと見詰めた。
そのジルベルトの視線に堪えきれなく、目を逸らそうとしたレティシアの両頬を、ジルベルトは自分の両方の手のひらで包む。
「レティ、私から逃げないで
私がどんな君も受け止めると、以前に伝えた事を覚えている?
その言葉を、君は信じてくれないのかい?」
「ジルの事を信じてない訳じゃない……」
「じゃあ、君の今の心の中の気持ちを教えて?
どうして君が、私が君の事を幻滅するだとか、軽蔑するだとか思ったのか教えて欲しい」
ジルベルトの真っ直ぐ自分を見詰めてくる、金色の瞳とその言葉にレティシアの瞳にはまた涙が溢れてくる。
そして、そんなジルベルトに抗えなく、彼には絶対知られたくないという、自分の黒い気持ちを押し殺せず、簡単に口から溢れ落ちていく事にレティシアは、余計に自分が嫌になった。
「私……、最低なの……
ジルは王太子として、王女殿下のエスコートを昨夜も、そして今日もしている事をわかっているのに、ジルの隣に王女殿下がいる姿を見ただけで、寂しくて、苦しくて嫌だった
外交は、大切な事だってわかってる
だけど、ジルの隣は私の場所なのにって、そんな勝手な傲慢な気持ちが、自分の中にある事を認めたくないのに……」
レティシアの溢した言葉にジルベルトの顔つきが、先程までの厳しい表情から柔らかな微笑みに変わると、彼はレティシアの瞳に溢れる涙に唇を寄せて吸い取る。
そんなジルベルトの行動に、疑問しかわかないレティシアは口を開いた。
「私が、こんな嫌な事を考えてるって知って、軽蔑して呆れないの?
昨日から、こんな事ばかり言っているのに……」
レティシアの言葉に、さらに笑みを深めたジルベルトは、手のひらで包み込んでいたレティシアの頬を優しく撫でた。
「レティは、私の事をまだよくわかっていないね」
「え?」
「さっきの君の言葉で、私が君に幻滅して軽蔑したり、呆れたりなんかするわけがない
反対に嬉しさしか、ないのだからね
昨夜も同じような事を言っただろう?」
「嬉しさ……?」
「レティは、マリアベル王女に妬いてくれたって事なんだよね?」
「妬いて……って……」
「君が嫉妬してくれたなら、こんなに嬉しい事はないよ」
「……っ………」
レティシアは、今の自分の心の中にある感情を、こうして改めて嫉妬という言葉にされると、余計に自分に対して嫌悪感を持った。
しかし、ジルベルトはその感情を笑みを向けながら、嬉しいと言う事に疑問ばかりが浮かぶ。
「………どうかしてる……」
「どうして?」
「こんな感情……、向けられて気持ちの良いものじゃあ、ないでしょう?」
「どうかしてる……、か……
まぁ、君の事に関しては、私は本当にどうかしてるのかもしれないな
だけどね、狂おしいくらい想いを募らせた相手からの、嫉妬という感情は、私にはご褒美でしかないのだよ
反対に、レティは私がそのような感情を君の前で、隠さずに露にしたら幻滅する?」
「ジルが嫉妬……?
そんな、幻滅なんてしないけれど……
そもそも私の事を好ましいって、近付く方なんていないわよ?」
レティシアの言葉に、ジルベルトはため息を一つ吐く。
「本当に、君は自分の事を全くわかっていないのだね
私が、何時もヒヤヒヤしている事に、全く気が付いていなのだから……」
「ジル……?」
「それが、君なのだろうけど……」
ジルベルトはレティシアの額へ口付けを落とした。
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