第9話 隠しきれない感情の揺れ
シャルテ王国王女であるマリアベルの、オーガストラ王国への遊学を歓迎した舞踏会の翌日、レティシアは複雑な表情で馬車に揺られていた。
その訳は、朝早くに届いたジルベルトからの文の内容にあった。
そして、そんな彼女へ兄であるアランが声をかける。
「あいつも、さすがにどうする事もできなかったのだろう?」
「ジルの立場なら、仕方がない事だと受け止めてるわ……」
「受け止めているような表情で、ないけどな?」
「………っ……、ごめんなさい………」
「別に、馬車の中には俺しかいないんだから、取り繕わなくていい
それに、ジルベルトの胸中も荒れているのだろうから、俺は今からそのフォローに回るのが大変そうだと思っているしな」
そんなアランの言葉に、レティシアは複雑な表情を隠しきれないような、憂いを含む笑みを向けた。
今朝、ハーヴィル家に届いたジルベルトの文には、マリアベルの学園の入学が急遽決まり、王女のエスコートの為、今朝はレティシアを迎えに行けなくなったと書かれていた。
レティシアは、日課となっていたジルベルトが朝迎えに来てくれる事が、自分にとって掛け替えのない時間になっていたのだと、改めて強く思わされたのだ。
「あいつが、進んでその役を買って出た訳じゃ、ないと思うぞ?」
「朝のお迎えが1日なくなっただけだもの、今までも公務がある時とか、一緒に行けない時もあったのだし、大丈夫」
「…………そうか、お前も難儀な性格だな」
「…………っ……」
アランには、レティシアが精一杯の強がりを言っているようにしか見えなかった。
レティシアが昨夜から、複雑な表情を隠している事に気が付いていたからだ。
馬車が学園に到着し、レティシアは自身の顔に笑みを張り付け、御者の手を借り馬車を降りると、目の前でジルベルトのエスコートで豪奢な王室の紋の入った馬車から、マリアベルが降りる姿が偶然にも目に入った。
ジルベルトと、華奢で庇護欲をそそるような容姿のマリアベルが並ぶ二人の姿は、レティシアの目から見てもとてもお似合いに見え、レティシアの胸がズキンと痛む。
だが、レティシアの目に彼女の存在に気が付いたジルベルトが、複雑そうな表情を僅かに揺らした事に、レティシアの心は救われたような気がした。
レティシアは、心の中で自分を叱咤する。
(俯かないで……、前をちゃんと見て……どんな言葉にも動じない表情を作らないと)
そんなレティシアの頭をポンと、アランは軽く叩いた。
「お兄様……?」
「昼にでも、生徒会室に来い
ジルには伝えておいてやるから、少しなら話も出来るだろう?」
レティシアは、アランのそんな言葉に様々な感情が綯交ぜになりながら、コクリと頷いた。
「うん……ありがとう……」
マリアベルは、本格的な留学というかたちではなく短期的な入学扱いではあったが、クラスはレティシアやアルフレッドと同じクラスとなっていた。
学園の入学規則としてある、能力試験を受けたのか、どうなのかはわからない。だが、近くに同じ王族のアルフレッドがいた方が良いという考えからなのか、王女の席はアルフレッドの隣であった。
マリアベルのエスコートに忙しそうなアルフレッドとも、レティシアは午前中、挨拶ぐらいしか交わす事が出来なかった。
だが、隣国の王女への外交が大切な事を認識しているレティシアは、昨日からの胸の中の違和感を見ぬふりをしていた。
レティシアは今朝アランが言ったように、午前の講義が終わるとプリシラからの昼食の誘いも断り、真っ直ぐ生徒会室へ向かった。
しかし、レティシアが今一番会いたい存在が、生徒会室に居る時には必ず立っている彼の護衛の姿が見られず、扉をノックしても何の応答もない。
どうしようかと、レティシアが考えあぐねていると後ろから声を掛けられた。
「レティシア嬢」
その声にピクリと肩を揺らしたレティシアが振り返ると、その場に立っていたのはオスカーであった。
「オスカー様……?」
「殿下とアランに伝言を頼まれて、俺がここに来たんだ
来たのが殿下でなくてごめんね」
「あ……、いえ……」
オスカーが謝った事に、レティシアは自分が今どんな表情を顔に浮かべているのか、不安に思い、戸惑い俯く。
そんなレティシアの様子に、オスカーは生徒会室の扉を開けるとレティシアを中へ促した。
「ここで話すのも何だし、中へ入ろうか
あ、周囲へ誤解を与えないようにって、殿下とアランからキツく言われたから、メイドと護衛を数人、中に置くからあんまり心配しないで」
柔らかな笑みを浮かべながら話すオスカーに、レティシアは何故だが泣きたくなる気持ちを必死で我慢した。
「本当なら、講義が終わってすぐ殿下は生徒会室に向かいたがっていたんだけど、今日はマリアベル王女殿下にとって初めて学園で過ごす事になるから、昼休憩の時間はエスコートをしなければいけないらしくてさ
だから、アランがここへ君に殿下が来られない事を伝えに来ようとしていたんだ
だけど、王女殿下がアランも一緒に昼食に同席して欲しいと言っているって伝達があって、それで殿下とアランから代わりに俺が、ここへ向かって欲しいって頼まれたんだよ」
「そうだったのですね……
オスカー様にお手数をお掛けしてしまい、申し訳ありません」
「………大丈夫?」
「え?」
「殿下と話せる事を、楽しみにしていたんじゃないの?」
「あ……、大丈夫です
他国に滞在している王女殿下の不安を取り除くのも、王族の方の外交の一つなのだと思いますし、そちらを優先する事は当たり前の事だと、弁えているつもりです
殿下とは、昨夜お話させて頂いているので……」
レティシアの返答にオスカーは大きなため息を吐くと、座っている応接用の椅子の背もたれに背を預けた。
「本当に、模範解答ばっかりだね」
「…………」
「さっき、俺が声を掛けた時に一瞬見せた表情が、本当の感情なんじゃないの?
本心は、殿下に会いたかったんだよね?」
「…………私は……」
「王妃教育で、感情を表に出さないような指導をされている事は知っているけどさ
ここは公な場でもないし、王城でもない
俺の前で、そんな仮面を被らなくたっていいのに……」
ずっと俯いていたレティシアが、聞き逃しそうなくらい小さな声で言葉を溢す。
「…………──ですか?」
「え?」
「どうしてオスカー様は、昨日からそんな風に私の心の中を探ろうとするのですか?
私は……、必死に自分の感情を出さないようにしてるのに……」
「それは……
そんな事をしてたら、君の心が壊れそうだと思ったんだよ」
「………っ……
だけどっ……、そんな……私の心配をして、オスカー様になんの得があるというのですか?」
レティシアの言葉に、オスカーの表情が変わった。
「言っていいの?」
「……え?」
オスカーは何時もの砕けたような表情ではなく、真剣な表情でレティシアの事を見詰める。
その、何時もとは違うオスカーの雰囲気に、レティシアの心臓はドクンと、音をたてた。
そう言いながらも、何も言葉を発しないオスカーにレティシアは、より戸惑う。
「あの……、オスカー様……?」
「得だとか、そういう事の前に、俺がこういう事を言うのは君だからだよ」
「私……?」
「……俺は───」
「レティっ!」
オスカーが言葉を言おうとした時、生徒会室の扉が突然開き、ジルベルトが少し息を切らして中へ入ってきた。
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