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聖剣と悪魔

作者: 坂本 尊花

練習用小説、二本目。

前回の作品は全く誰にも読まれません、よろしければ読んでいただけませんか?


改善点やら問題などございましたら、コメントしていただけると幸いです。

 ―――或るところに、一振の聖剣があった。


 人の通れる幅すら残さずに木々が生い茂る森の最奥、溺れそうになる樹海の心臓にその剣はある。樹海の心臓は言ってしまえばただのくぼ地で、花一つ咲かない枯れた土が寂しそうに虚空を見つめているだけ。昔はまだ私の方を見てくれていたけれど、今は何気ない日常のオブジェクトとしてしか見てくれなくなった。当然のことである、だって私は喋りかけることも栄養を与えることも出来ない。私を彼らが好きになる理由が何処にも無いのだ。だけど私は、私の周囲を果てしなく覆う彼らとも、その遥か先に見える窮屈そうな彼女らとも、何処までも世界に優しさをもたらすあの青い紳士とも、全てのものと仲良くしたかった。そう心で思っていても、行動できずにいた。私の根は、彼女ら草木と同様に深く地底に繋ぎ止められている。―――いや、私の場合は地獄にか。


 そう、ここは地獄。何も出来ない私が背負う、どうしようもない重罪を永久に償うための地獄。

 ・・・・・・私が言うには孤独な独房、それは世間にとってのとてもありがたい『聖地』。


 昔々のその昔、まだ人々の間に共存という二文字が無かった頃の話。人間が最初に宣戦布告した、魔族と人間の『聖戦』において劣勢を強いられた人間陣営。飢えで昇った星の数はいざ知れず、金貨は食い物とみなされず、正義という名の生暖かい風に背を押されて狂乱を続けた人間の国家には、最早希望などというものは無かった。そんな中に現れた一人の漢、彼に名前は無く、あるのは一つの剣だけ。だが彼は強かった、魔族を散りゆく花弁のように舞わせ、太陽のように人々を導く、とても強い男だった。・・・・・・そして、誰も知らない彼は、いつも悲しそうな顔をしていた。

 「そんな顔して、どうしたの?」

 一人の少女が、誰もいなくなった戦場で彼に問う。彼は、勇者は少女に驚きもせずにただ応答する。

 「殺した、魔族を」

 その答えに、少女は困惑した。禁忌を犯してこの地に降り立ったというのに、その対価があまりにも少ない。まさか勇者は自分の行いを悔やんでいるのか?それならば面白くない、折角の戦が台無しになってしまう。傍らにぶら下がって、勇者が素手や魔法で魔族を蹂躙するさまを安全圏から眺めている方がよほど楽しい。落胆とつまらなさに無職宣言をする少女は、勿論のことながら鋭くとがった流れを勇者に向ける。勇者はそれにそっぽを向くと、今度は歌でも歌うかのように己が世界を語りだした。

 「魔族はちょっと強いだけで、人間と何も変わらない。喋る言語も食べる物も、美しく感じるものだって一緒だ。今日殺した七曜魔の一人、『月下の色欲』は自分の姿が崩れるとき命乞いもせずに言ったんだ。自分たちの種に対して欲を持つということは、形は違えども美しいことです。ってさ、彼女のやり方には賛同できないけど、とても美しい敵だった。俺自身が種を重んじる立場にいるからこそ、そう感じたのかもしれない。昨日は『木陰の怠惰』を殺した、魔族の兵士たちを殺して城の中に突入した時に彼は城の支柱である大樹の根元でぐっすりと眠っていた、たまらず俺は質問した。仲間が死んでるのに、何平気で寝てやがるってね。殺した本人は俺だが、彼はそんなことさえ面倒くさそうに返答してきた。死んでいった友人たちをずっと思い続けるのは疲れると思うし、僕も一緒に逝くことにしたよ。そして、彼は眠りについた。天からさす日が彼と大樹に照って、まるで天使が居るかのように見えた。そこにいるのは紛れもなく、敵を率いていた魔族の七柱だっていうのに」

 勇者は、魔族を度々『敵』と称して話を進めた。この話を聞いた時、少女は自分の浅はかさを酷く恨んだ。人間も魔族も大差がないと知ってしまいながらも魔族を敵とみなさなければいけない勇者、彼は心に不動の領域を持ち、自分がどれだけ苦しかろうと魔族という悪を討つのだ。それが、勇者の定めなのだ。―――だが、少女はどうしても、


   私はどうしても、それが正しいとは思えなかった。


 だから、斬った。勇者が勇者であるために必要な、勇者という概念を一人の漢から切り離したのだ。『全てを切り捨てる力』それが私の、伝説の聖剣の力である。


 時は過ぎ、現在。私は勇者を勇者でなくした大罪を償い続ける。私の行動によって人間の国は希望を失い、滅び、魔族に隷属を果たした。私によって人間の世界は滅びたのだ。

 真実を伝える手段は一度禁忌を犯した私には無い。滅亡そのものである私が聖剣と呼ばれるのは、それを知らない信者たちによる酷く虚ろ気な勘違いだ。もちろん聖剣という名前に喜びなどない、即刻忌まわしがって欲しいぐらいだが、しかしこれも全ては私によって引き起こされた自業自得の断罪である。消せない罪を必死で消そうとする私は、傍から見れば酷く滑稽に見えるだろうな。

 ・・・・・・静かだ。私の独房に、いつもの静けさが満ちていく。人類の希望を切り殺した私にここまで似合った地獄はそうそうない。ここは絶対に誰にも見つけられない、それは大げさな事ではなくただの事実だ。この森全体に張られた霧の結界、その最奥にあるこの地獄にはまた違う結界が張られている。一振りの聖剣の心、『贖罪』の結界。全てを切り捨てる力が概念にまで影響を及ぼすように、概念として存在する私の結界は私の意思が遂行されるまで―――つまり永遠の大罪を償うまで効力を継続させる。それが意味するところは即ち、永遠の孤独。私を使う騎士は絶対に現れない、それが私の贖罪、剣であることをやめるという私なりの断罪だ。だから、これでいい、このままずっと、静けさの中、独りで―――

 ―――・・・・・・音が、聞こえる。聞こえるはずのない、聞こえてはいけない、音が、限りなく近くで。

 私は突如として現れたその音源を認識した。そして、驚愕する。

 細身で肉付きがよくないくせに無駄に傷が多い背中と、女子よりも長髪でありながらも手入れされていない髪の荒野。私に倒れ掛かったそれの横顔は、悲しいのに微笑を浮かべるようなその苦しい笑顔は、


 勇者。


 一瞬、そう思った。勇者でないと一秒もかからずに知ったが、刹那の間勇者を錯覚した。

 それは、魔族だった。蝙蝠のような羽を持ち、山羊の角を生やし、獅子のような鋭い牙を輝かせる典型的な魔族。変わっているところは、どうにも負傷しているらしく羽に風穴があいているところだ。いや、訂正、腹部にもかなりデカいのがあいている。満身創痍であるらしい。そして、最大の疑問はこいつが何故結界を抜けられたのかだ。状況からして逃げてきたのは分かる、しかしそれなら目に付いた場所に行くはずだ。結界によって認識されなく、ありえないことだが認識された場合でも薄くなるはずのこの場所に自然とたどり着く訳が無い。ハッキリ言ってこいつはかなりの不審者だ。


 「・・・・・・あぁ、クソ。もうそろそろヤバいな」


 その魔族は、私のことなどお構いなしに一人話を進める。死にかけているようだ、今にも死にそうな奴だ。辞世の句を詠みだした、母への謝罪が始まった。お気楽な奴だ。このまま放っておいてもいずれ死ぬだろうが、それでは何処か申し訳ないので少し話してやることにした。


 「おい、魔族。何故此処に来た?」


 私が声を掛けると、その魔族は驚きで体を震わせる。数秒辺りを見渡すと、私のことをあっけらかんとした目で見つめ停止した。まるで奇怪なものを見たようではないか、やめてくれ。


 「・・・・・・逃げてきた」


 小さくて、今にも消えそうな返答が聞こえた。そして、それだけ言ってその魔族は視線を落とす。リアクションの割にあっさりした奴だ。


 「何故、逃げている?」


 私は再び質問する。魔族は、数秒押し黙ると口を軽く噛んで言葉を紡ぐ。少し憎らしく、それでいてとても悔しい、その行為からはそんな感情が伝わってきた。


 「俺は、悪魔だから」


 また消えそうな返答。こいつはもしや森の霧からできた精霊なのではないだろうか、などと考えるほどには霧消する言葉だ。しかし、何故だろう?それが悪いとは思わない。


 「・・・・・・なるほど、色々と事情があるのだろう。だが、お前が私に寄りかかっているということは私にも知る権利はあるということだ。短くていい、逃げている理由を話して欲しい」


 ・・・・・・。


 沈黙が続く。・・・・・・静寂、慌てて私は魔族の安否を確認する。どうやら、まだ死んではいないようだ。もし死んでいても何も問題は無かったが、こいつの話に少し興味が引かれてしまった故に此処で死なれるのは区切りが悪い。それに、こいつには何か縁のようなものを感じる。結界を抜けたからか死にかけだったからか、情が移ったのかもしれない。だが、理由はどうあれこの魔族にはあまり早くには死んで欲しく無い。

 私にとって魔族は敵で、魔族にとって私は仇。しかし皮肉か天啓か、憎み憎まれの間柄だったこの二者が幾百幾千の時の末に経緯はただの成り行きとは言えども背中合わせで会話している。そして、片や鉱石の冷静で、もう片方は―――魔族らしからぬ、人の子のような号泣を、泣いて哭いて啼いていた。

 冷徹で、卑劣で、狡猾で、唐突で、簡潔で、辛辣で、瞬殺な悪物。『魔族』であるはずの、思惑無くして泣くはずがない種族である筈の青年が、意味もなく大雨の心模様を溢れさせている。まるで、種族として何処か欠けているような、それでいて少し暖かさを感じるような、魔族から『悪魔』と称された青年は熱暴走を起こした粗悪品なのであろう。だから、ここまで逃げてきたのであろう。青年が実際に何をやったのかは私には全く分からない。ただ、断言するべきことがある。それは、これほどまでに泣ける青年が己が種に追われる罪を犯したのならば、罪は己が為ではなく他が為に背負ったものであるということ。そして、種に咎人と確定されようと、彼が今まで救ってきたであろう個は彼を英雄として見てるであろうこと。それらを彼は知らないであろうこと。最後に、私が―――勇者の面影を見たのは、きっと偶然じゃなかったこと。


 確証なんて、無い。必要ない。

 魔族だろうが悪魔だろうが、彼はただの青年で、泣いてしまうだけの心は持ち合わせている。

 昔々のその昔、勇者は私に言いました。

 『魔族はちょっと強いだけで、人間と何も変わらない。喋る言語も食べる物も、美しく感じるものだって一緒だ』

 最初で最後の私の騎士へ。私は君の言葉を信じることにした。




 「ねぇ、悪魔。君は何になりたい?」


 悪魔は、今度は口を開いてくれた。


 「―――・・・・・・人間に、無限の世界と決して諦めない強い心を持った―――救えない、僕では救えなかったとても弱くて強い人間に」


 予想外であったその言葉に、不思議と驚きは生まれなかった。なるほど、確かにこいつならば私の結界を抜けられるな。心の何処か、又は心の底からそう思った。だから、すまないが数十年、私はこの地獄を去ることにした。贖罪という結界で作られた、私の独房はいずれ、来たるその日に本当の聖地となる。誰も知らない、知り得ない、知るすべもないその場所に、きっとそれは今日のように突飛にやってきてくれるだろう。だから、私は物語の最初をなぞるかのように、成るべく優しく声を掛ける。


 「悪魔、君は絶対に人間になれる。泣き虫なその弱い心が、君の希望を叶えてくれる。だから、もし君が再び目覚めたとき記憶も何も残っていないだろうけれど、君が君であったなら、私を一緒に連れて行ってくれ。それまで何百年も何千年も何万年も、無限の時間を待ってやる。だから、おやすみ、新たな希望」


 全てを言い終えると、悪魔は灰となって空に消えていった。


 勇者を殺し、人類を滅ぼした聖剣。

 全てが空っぽになった世界の末に、彼女は何を思うのだろうか。

 それはきっと、ただ一つ残った人類の弱さ―――そして、強さ。永遠の大罪を償う聖剣と、真に強く在りたかった悪魔のまだ遠く未来の物語、一言でいえば――――





                        希望「hope」―――

自分では綺麗に終わったものだと思い込んでおりますので、後に何か書き加えるのは少し気が引けます。


 けど、これだけは言わせてください、「読んで下さりありがとうございました!」

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