初夏が笑う
よく分かりません。スマホのメモに勢いのまま書き殴ったものです。誰かに見られたくない、だからこそひっそりと綴ったもの。だけど、一人で消化するにはあまりにも寂しすぎる。だからどうか此処で供養させて下さい。
静かに想いを寄せていた友人が無くなったら、貴方はどうしますか?私ならこうするだろう、という気持ちを書いた作品です。
濃紺に照り返す太陽が目元を細ませた。視界一杯に入る景色は潮風と共に夏至を伝え、例年通りの湿度が肌を覆う。一隻、二隻…と水平線を滑る小舟をぼんやりと眺めては、幼少期に湯船へ浮かべた其れの様だと心の中で小さく笑みをこぼした。
砂浜に赴く訳でも無く、船に乗る訳でも無い歩先は港へと向かう。梅雨入りと言えど、初夏のような暑さに白い絵の具を散らしたような雲は空の高さを仰いでいるよう。
「あれから、まだ一年しか経って居ないんだ。調子はどう?」
波止場に座り込むと、水面に向けて両足を放り出した。背負っていた荷袋を気怠そうに下ろせば、アコースティックギターを取り出す。
音色を嗜み始めたのは、先刻独り言をぶつけた相手がこの世に別れを告げた日。今日とは対極な一年前、大粒の雨が落ちては、冷やすように地を這う一日だった。叶えるべき筈の夢と自身が抱え込んだ小さな相棒を残したまま、自ら命を絶ったのだ。
適当に弦の整調を終えると、F#M、A、Dとギターのコードを無意識に柔らかに奏で始めた。これから口ずさむ想いに前奏と一年前の過去を重ね合わせて、穏やかな波に話し始める。
「なぁ…、なぁ聞いてるか?あの日自ら望む世界に逝ったんだって事を前提に今から話すからよく聞けよ。一年前っていうとさ、すんごい大雨だっただろ。そんな日に、海に行くって連絡を寄越すんだもんな。嫌でも気付くだろ、止めて欲しかったんだって思っちゃうだろ、それも全部解釈違いだった訳だけどさ…君は違ったんだよな。狡い奴だよ、夢を俺に押し付けたまま死ぬなんて。大きすぎて俺には無理。でも、あれから死ぬほど練習したんだ…下手くそだって笑うなよ?」
息を継ぐ刹那に流れ出した如何にも悲観的なコードの流れに、歌詞を乗せる。込み上げた寂しさに声が震えては別れを告げる歌詞に喉元が締め付けられた。歌詞の端々に己を重ね合わせては頬に涙が伝う。
隣には小さな花束が一つ。
亡くなった直後、近隣からあれは事故だったのだろうと弔いの供え物が波止場一杯に置かれた。身寄りの無い彼を思い出す人々が居たのなら、この世界は自分が思うより随分と温かいものだと思ったのだ。月日が流れ、彼の最期を思う人間はもう居ない。あまりにも薄情な世界に自分一人が残されるくらいなら、此方から迎えに行くしかないのだ。
奏でたコードは終末を告げる。
"いつかまた"
我ながら、らしくない前向きな言葉に淡い期待を寄せて立ち上がる。
「これが最初で最後だ。次があるなら、その時は隣で歌いたい。」
小さな相棒を手にしたまま、キラキラと光りだす波へ身体を放り投げた。
穏やかな波の流れ、そこに浮かぶギター、波止場には潮風が仰いで揺れる一枚の楽譜。全てが二人の命日を飾るささやかなものであれと初夏が笑う。
梅雨の終わりは目の前に、夏が手招きをした。
拝読頂き誠にありがとうございます。
キラキラとした波に身を投げる。
死ぬ事を覚悟した人間が見た景色にはどう映るんでしょうか。
泣いた後の視界というのは、無条件に綺麗に見えますよね。