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第6話(Re):店長は子どもがお好き?

 子どもの腕白ぶりって、大変ですけど、見ててほっこりすることがあります。


 さて、今回も。

 お気軽にお読みください♪



     ◇



「店長の意外な一面ですか?」

 御新規さんは、答えを待っている。

「意外というか。子供好きな一面ですかね?」

 私の言葉に目を丸くする。

「子どもの扱い方、上手いんですよね。店長」

 私は思い出すように言った。



     ◇



 その日は、名曲喫茶【ベガ】にしては珍しく、たくさんの客で溢れかえっていた。


 それもそのはず。


 近所の保育園の子どもたちが、遊びに来ているのだ。



「俺の父は物好きでな。子どもたちを喫茶店へ呼んで、お菓子パーティーを開くことがあった。今回の企画はその名残なのだよ」


 心底めんどくさそうに(すばる)さんが言っていたことを思い出す。


 どうやら昴さんのお父さんは、ボランティア活動みたいなこともしていたらしい。


 近所の保育園の子どもたちを呼んで、お菓子を振る舞ったところ、保育士さんからも絶賛だった。


 そのため、ご近所付き合いとして、毎年開催されているのだという。



 そして現状はというと……。


「わぁー、ピアノだ! おっきいよー!」


「ねぇねぇ、おじさん。これなあに?」


「おねえちゃん、お菓子まだー?」


 と、ご覧の有り様である。


 十数人の子どもたちが狭い店内を探検して、きゃっきゃと騒ぎ立てていた。


 かわいいんだけど!

 でも私はそれどころじゃない。


「もうちょっと待ってねー。って、そっちは危ないからダメ!!」


 私は急遽用意した小さなテーブルに、ケーキやクッキー、紅茶(さすがに今回は市販のもの)を並べることで手一杯だった。


 その上、子どもたちの好奇心は旺盛で、少し目を離すと、どこへ行くか分からない。


 私は慌てて、バックヤードに入りかけた男の子を止めた。


武蔵野(むさしの)さん、いつも本当にありがとうございます」


 保育士さんの一人、三十代ぐらいの女性が昴さんに声をかける。


「いえいえ。子どもたちを見ていると、こちらも元気を貰えるというものですよ。それよりも、アレルギーのある子はいないですか?」


「ええ。念のため、メニューを親御さんにお渡しして確認も取っています」


「それはよかった」


 ちょっとびっくり。


 昴さんは、子どもを見て、にこやかに微笑んでいた。


 ふーん、そういう営業スマイル出来るんだ。

 こうしていると、本当にカッコいい大人って感じなんだけどね。


 昴さんの本性を知っている私は、違和感バリバリだ。


「さあ、みなさん。お菓子の前に、武蔵野さんがとーっても楽しい演奏をしてくださるそうです」


 何も知らなかった私は、保育士さんの声にぎょっとする。


 まさか子ども相手に、長い高説を話したりしないよね。


 はらはらと見守る私をよそに、子どもたちがピアノの周りに集まる。


 子どもたちはきゃーきゃー騒ぎながら、昴さんを囲んでいた。


 ある子なんて、ピアノの下に入り込んでいる。


 しかし、保育士さんも昴さんもそれを咎めはしなかった。

 昴さんは、彼らに笑顔を向けながら、ピアノを弾き始めた。






 あっこれ。

《きらきら星》だ。


 子どもたちもすぐに歌い出す。


「わぁ! このうた、ぼくもしってるよ!」


「「「きらきらひーかる」」」


 子どもたちの調子外れの歌も、気にせずに昴さんは、弾き続ける。


「なんかはやくなった!」


「スーパーきらきら星だ!」


「こんどはピョンピョンはねてる!」


 子どもたちは瞳を輝かせている。

 まるで星のような目をしていた。


「あれ、ゆっくりになったよ?」


「ぞうさんのきらきら星だね」


 曲調が変わっていくきらきら星に、子どもたちはめざとく反応する。


「なんか、おほしさまが、ないてるよ?」


「たぶん、おほしさまがケンカしちゃったんだよ」


 暗い曲調になると、子どもたちも心配そうな表情をして、話し込んでいる。


「わぁ、びっくりした。おっきな音!」


「あれ、こしょこしょ話になったよ」


 音の強弱にも反応する。

 彼らは心から楽しそうに昴さんの生み出す宇宙へ入り込んでいた。


「わぁっ、かっこいい! 手がバッテンになってる!」


 私も子どもたちと同じように、その姿を変えていく《きらきら星》に夢中になった。


 最後に、宇宙を駆け回るような《きらきら星》が、昴さんの手から紡ぎ出されて、曲が締め括られた。







「「「すごーい!」」」


 子どもたちの歓声を聴き、昴さんは立ち上がり、優雅に一礼した。


「ねぇ、わたしもおとなになったら、こんなふうにできるかな?」


「勿論だとも。君が弾きたいと願えばきっと弾けるさ」


 見上げて尋ねる女の子の頭を、軽く撫でながら彼は答えた。


「素敵な演奏ありがとうございました。それじゃあ、みんなお菓子を食べましょう。席についてー」


 子どもたちは、再び大きな歓声をあげる。



 音楽って、こんなにも人を笑顔に出来るんだ。

 私は子どもたちの姿を見て、思うのだった。



     ◇



 嵐のような時間が過ぎ、子どもたちを見送った私たちは後片付けに奔走していた。


 さすがに今日ばかりは昴さんも、洗い物を手伝ってくれた。


「あの《きらきら星》、昴さんが作ったんですか?」


 私は隣でコップを洗っている昴さんに問いかけた。


「いや。あれはモーツァルトが作曲した変奏曲だよ」


「え? あのモーツァルトですか?」


 誰もが作曲家の名前が出て吃驚する。


「その通りだ。フランスで作られた流行歌を変奏曲にしたものだ」


「あの曲って流行歌だったんですね」


「うむ。元は恋の歌だ。……まぁ、ここ日本では、童謡として有名な旋律だな」


「……クラシックの作曲家って難しい音楽しか作らないんだと思ってました」


「とんだ偏見だな。世の中にはユーモアに富んだ名曲も多数ある。この変奏曲にも、観客を楽しませる仕掛けが多数あるぞ」


「私も楽しかったです。色々な《きらきら星》が空を飛び回っていました」


「そうであろう。観客が飽きたらわざと大きな音を出したり、見映えのする技巧を用いたりと、彼の工夫がそこかしこに見られる。まさに神童の成せる業だな」


「子どもたちも本当に楽しそうでした」


「子どもは楽しんでこそだ」


「意外です。昴さんにああいう一面があるなんて」


 子どもを優しげに見つめる様子は、普段の彼からは考えもつかない姿だった。


「音楽の楽しみ方は人それぞれだ。大人には大人の、子どもには子どもの楽しみ方がある」


「音楽って不思議ですね。人それぞれで違うだなんて」


「うむ。その要望に答えるのが、音楽家という職業なのだよ」


 もしかしたら……。


 昴さんにも、あの子どもたちのような楽しみ方をしている時代があったのかもしれない。


 恥ずかしそうに顔をしかめる彼を見て、私はそんなことを考えた。



 ――それはとある特別の日のこと。

 小さな星々が、きらめく日の出来事。

 私にとって、夜空を飛び回るような時間だった。


第6話fin


 誰しもが耳にしたことがある曲ですが、神童の手にかかれば、こんな風になるんですね。


 私は遊び心のあるモーツァルトも好きですが、大人のモーツァルトも好きです。

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