第39話︰子どものために
今回はビター程度でしょうか?
それではゆっくりお読みください♪
もうすぐお昼を過ぎようとする頃。
閑古鳥の鳴く名曲喫茶【ベガ】では、昴さんが熱心にピアノを弾いていらっしゃった。
「店長〜。そんなにピアノばっかり弾いていたら、お客さんが逃げちゃうかもしれないじゃないですか」
「煩いぞ、雪菜君。今、筆が乗っているところなんだ。話しかけないでくれ」
はいはい。
せいぜいアルバイトは黙ってますよ。
そういえば、私がシフト入ってない時、この店どうなってるんだろう?
いや、考えるのを止めよう。
嫌な場面しか思いつかない。
「暇ですね〜」
黙れと言われたのに、つい言葉が出る。
珈琲の一つでも入れようかしら、なんて考えていると、扉の鈴が鳴る。
ちりん、ちりんと。
入って来たのは伏見親子だった。
「いらっしゃいませ」
「お久しぶりです。昴さん、雪菜さん。お邪魔だったかしら?」
「うむ、ちょうど……」
と、昴さんが言いかけたところで、私が慌てて言葉を重ねる。
「そんなことないですよ。お客さんも全然来なくて、暇を持て余していたところでした」
昴さんのことだ。失礼なことを言うに違いない。
「あらそうですか。それじゃあ注文を頼みます。冷たい紅茶二つ下さい」
「かしこまりました」
私は、紅茶の準備に取り掛かる。
結城くん用に、砂糖は多めに準備しないとね。
「雪ねえちゃん、昴にいちゃん。オレ、また新しい曲やってるんだ!」
「ほう、そうかそうか。どうだ? 大きいピアノで弾いてみるか?」
昴さんは手を止めて、柔らかい笑みで結城くんに話しかける。
やっぱり昴さんって子ども好きだよね。
その優しさの少しでも、私に使ってくれればいいのに。
「うん!」
嬉しそうに答える結城くん。
せっせとピアノの傍に行き、彼には大きなピアノ椅子に座った。
第一音目賀大きな音で鳴らされる。
それは私にも聞き覚えのある曲だった。
確か小学生の頃の友達が演奏してたんだっけ?
曲名は知らない。
でも、何だか懐かしさが込み上げてきた。
あの子、今頃何しているかな?
結城くんの指は、元気に鍵盤の上を走り回る。
そして、素早いところを転びそうになりながらも曲は続いていく。
浮き上がるような音とともに、階段を駆け上がっていく。
雲の上にいるかのように、高い音でメロディが鳴らされる。
躓きそうな演奏だったが、最後まで結城くんは弾き終えた。
「ウィリアム・ギロックの〈子どものためのアルバム ソナチネの第一楽章〉だな」
昴さんは曲名をすらすらと言う。
「どうだった?」
結城くんの元気な声に、私はパチパチと拍手を鳴らした。
「上手だったよ」
「時に結城君。君はなぜピアノがピアノと呼ばれているか知っているかね」
「え? なんだよ急に。そんなこと、オレ知らないよ」
怪訝な顔をする結城くん。
「そうか。実はピアノの正式名称は、ピアノ・フォルテという」
「ぴあの・ふぉるて?」
「そうだ。その意味するところは、弱い音から強い音まで出る楽器ということだ」
「へぇ、そうなんだ。全然知らなかったよ」
「うむ。結城君、君の演奏はとても元気でよろしい。だが、時に優しく弾いてあげることも大事なのだよ」
「うぇー。昴にいちゃんもピアノの先生みたいなこと言う〜」
「とても大事なことだからな。ほら貸してみなさい」
結城くんの隣から、ピアノを弾き出す昴さん。
冒頭の部分から少しすると、とても柔らかく優しい音が鳴らされた。
「うわ! 全然違う!」
「だろう? だから、結城君もピアノと向き合って優しい音も奏でられるようにしなさい。そうすれば、もっと色んな曲も弾けるようになるぞ」
「分かった! 練習してみるよ!」
「うむ。楽しみに待っているぞ」
そう言った昴さんは、結城くんの頭を撫でた。
「うわ、やめろよ。オレ、子どもじゃないんだから!」
その光景を見て、自然と笑みが浮かんできた。
おっとそんなことしている場合じゃなかった。
「伏見さん。アイスティー、二つです」
私は伏見さんの客席に紅茶を二つ置く。
「ありがとうございます。ほら、結城。早く来なさい」
「はぁい」
伏見さん親子はその後、アイスティーを飲んで帰って行った。
◇
「あの曲、〈ソナチネ〉って言うんですね」
「ふむ。本来、ソナチネとは曲の形式のことを指す。あれはギロックの練習曲といったところだろう」
「へぇ、そうなんですね」
「ギロックは音楽教育家として熱心な活動をしていた。彼はバロックからジャズまで幅広いジャンルの曲を作った。その多くが子どもにも弾けるようになっており、子どもの練習曲として適していた。君にも聞き覚えがあったんじゃないか?」
「はい。小学校の頃、友達が発表会で弾いていたのを聴いたことがあります」
「一昔前までは、その新しいジャンルが入っていることを毛嫌いするピアノ講師もいた。だが今では彼の曲が子どもの発表会で弾かれていることも非常に多い。時代は移り変わっていくものだな」
昴さんはそんな事を言いながら、自分の作業に戻っていった。
本当に不思議な人だ。
珈琲も淹れられない程に不器用なのに、ピアノは器用に弾きこなす。
音楽以外は寡黙に近いのに、音楽のこととなると饒舌になる。
そして意外に子供好き。
ふふっと私は笑みを零しながら、片付けの作業に入っていくのだった。
この曲は子どもの頃、弾いた、聴いたことがある方が多いのではないでしょうか?
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