閑話:わすれもの
蛇足かとも思いましたが……。
音楽も抜きです。
ちょっとした息抜きにどうぞ♪
それはある平日のこと。
至って、平凡な日なんだけど……。
少しだけ。
本当にちょっぴり、私の心臓は高鳴っている。
白く短い吐息は、鼓動に呼応して立ち昇る。
外は寒いはずなのに、なぜか暖かく感じられた。
風邪でもひいたかな?
夜の小町通りは閑散としていて、少し寂しい。
満天の星空から、月の光が優しく降り注いでいた。
今、私は一つの目的を胸に抱いて、ある場所を目指していた。
いつも歩いている道が、途轍もなく長く感じる。
辿り着いた場所は、名曲喫茶【ベガ】だった。
思えば、バイト以外の日にここへ来るのはいつぶりだろう?
そんなことを思いながら、深呼吸をする。
こんなに空気って、甘いものだっけ?
私は鼓動を懸命に抑える。
とくん、とくんと。
リズムを刻む音がする。
落ち着け。落ち着け。
私は重い扉をゆっくりと開けた。
ちりんちりん、と。
鈴が鳴る。
「む? 雪菜君か。どうした? 今日はシフトではないはずだが」
彼は、いつも通りピアノに座っていた。
その雰囲気に、今日だけはとても安心する。
「ちょ、ちょっと忘れ物をしてしまって」
私は用意した言葉を口に出す。
私はバックヤードに置いておいた折り畳み傘を持ち、振った。
「ふむ。わざわざ今日来るぐらいなら、次回のバイトまで待てばよかろうに」
もう!
こういう時に限って、頭の回転が速いんだから!
今日じゃなきゃダメだったんだよ!
なんて言える訳なかった。
「その前に、雨に降られたら困るじゃないですか!」
「う、うむ。そんなに心配だったのか」
ちょっとむきになり過ぎたかな。
彼はたじろいでいた。
よし!
後は、さりげなく目的を果たすだけだ!
「あっ、そういえば……」
「なんだ?」
「この前、江波ちゃんとお菓子作ったんですけど、多く作りすぎちゃって。余った分、置いておくんで気が向いたら食べてください」
私は一気に言った。
「……ん? そうか。ありがとう」
うん!
気付いてないね、今日が何の日か。
流石は彼だ。
私は、神と彼の唐変木に感謝をしつつ店を出た。
あー、緊張した!
私は一仕事果たした気持ちで、るんるんと帰路に着くのだった。
――それはある平日のこと。
甘い香りが漂う日の出来事。
私にとって、小さなお仕事を終えた日のことだった。
fin
みなさまの中にも、なにかを送る予定の方いらっしゃるかもしれませんね。
想いが通じることを願っております。