第23話:舞い散る花びら
明けましておめでとうございます。
今年も皆様に幸があらんことを。
それでは……。
お気軽にお読みください♪
年が明けて、早いもので一週間が過ぎようとしていた。
今日は一段と冷え込んでいる。
鎌倉の小町通りには、初雪がちらついていた。
はらりはらり、と。
花びらのように舞う雪。
天気予報は大外れだった。
鶴岡八幡宮へ遅めの初詣に来た人々は、傘を買い求めている。
着物を着ている人なんて、大変そうだ。
私も慌てる参拝客を横目に、小町通りを駆け、名曲喫茶【ベガ】に入った。
「明けましておめでとうございます、店長」
「うむ。おめでとう」
年が明けても、昴さんはいつも通り。
ピアノの前で、形式だけの返事をした。
私のことなど見向きもしない。
私、初出勤なのだけれども。
なんとも素っ気ない。
まぁ、昴さんだしね。
名曲喫茶【ベガ】も普段通り客もおらず……?
「これはこれは。雪菜さん。お久しぶりでございます」
違った。
客席には、一人の見覚えのあるご老体がいらっしゃった。
「神田先生、いらしてたんですね」
横笛の研究をしてらっしゃる和服を着たお爺さん、神田芳一朗先生だった。
「はい。散歩がてら鶴岡八幡宮にお詣りを、と思ったのですが……。途中で雪に降られましてな」
にこやかに言う神田先生。
彼は水を啜っていた。
あーもう、昴さん。
お偉い先生って言ってたのに。
なんでお冷やなのよ!
「紅茶でもいいですか?」
私は慌てて言った。
「お願い出来ますかな」
「雪菜君、頼んだ。失礼のないように、な?」
なにが『な?』だ!
失礼なのは昴さんの方じゃない。
私は一瞬だけ睨み付けてから、準備をした。
紅茶の芳しい香りが、店内に充満した頃合いで、お出しする。
「いやはや、ありがとうございます」
「こちらこそ。気の利かない店長ですみません」
私たちはぺこぺこと腰を曲げる。
一方の昴さんは、ピアノに向かったままだった。
そして、神田先生に向かって言った。
「……では、リクエストにお答えしましょうか」
どうやら、神田先生が何かを弾いて欲しい、と頼んだようだった。
なるほど。
だから、ピアノ椅子に座っていたのか。
流石の昴さんも、理由なく神田先生を放置していた訳ではなかったのだ。
「雪が花吹雪のように舞っておりますからな。お願い致します」
「えぇ。季節外れの桜吹雪といったところでしょうか」
ん?
なんの話をしているんだろう。
私がそんなことを思っていると、昴さんが鍵盤に手を置いた。
呼吸音の後に、音楽が奏でられる。
聞き覚えのあるメロディーだ。
それは《さくら》だった。
憂いを帯びたピアノの音色。
甘酸っぱいメロディーが響く。
一陣の風が吹き抜けて、私の肌を優しく撫でた。
風に乗った芳しい桜の香りが、鼻をくすぐる。
そして……。
はらりはらり、と。
薄紅色の花びらが舞い散るように落ちる。
それは外でちらついている雪のようだった。
すると突然、太鼓の音が響きだした。
太鼓の音に合わせて、桜の花弁が舞い踊る。
太鼓の音が過ぎ去ると、華麗に踊る花びらは、風に吹かれて空へと昇る。
そして、緩やかに散っていった。
「お見事です。日本の旋律と鼓動が届いて来ました」
「こんな曲あったんですね」
西洋の楽器を使いながらも、和を感じさせる曲だった。
「うむ。平井康三朗の《幻想曲「さくらさくら」》だ。民謡の旋律を変奏曲風にしている」
私の感嘆に、昴さんは頷いて答えた。
「日本の箏や太鼓の音が聴こえてくる名曲ですな」
「ロマン的な要素もまた素晴らしい。和洋折衷とは、まさにこのことだろう」
確かに。
ピアノの音と、和のメロディーが混ざり合って、儚くも美しい世界を創り上げていた。
「この曲を聴くと、春が待ち遠しくなりますな」
「もう間もなく、訪れましょう」
冬の真っ只中だというのに、昴さんはそんなことを言った。
でも、私も……。
窓辺から舞い散る雪が、まるで季節外れの桜の花びらのように思えた。
――それはある冬の日のこと。
雪がちらつく年始の出来事。
早めの桜が舞ったような日だった。
第23話fin
この曲は海外でも人気の曲らしいです。
どことなく和を感じさせる名曲です。
一度、聴いてみてください♪




