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第20話 繋がる空の向こう

 雪が降ると、わくわくします。

 私だけでしょうか?


 さて。

 お気軽にお読みください♪


 鎌倉にしては珍しく、突然小雪が降りだした日のことだった。


 ぱらり、ぱらりと。


 小さな雪の粒が、葉の落ちた街路樹に降りかかる。


 対照的に、道行く人々から漏れる息は、白く立ち昇る。


 凍てつく空気の中、ごみ捨て場に置かれたバケツの水も氷を張っていた。


 私は寒さに辟易しながら、マフラーに口をすっぽりと埋めて、名曲喫茶【ベガ】へ足を踏み入れた。


 ちりん、ちりん、と鈴が鳴る。


 途端に、凍りついていた体が一気に溶かされるような感覚に襲われる。


 私は固まっていた頬をゆっくりと動かした。


「……店長、雪降ってますよ! 雪!」


「見れば分かる。騒ぎ立てるな。子どもか、君は」


「まぁまぁ。(すばる)ちゃん。珍しいこと何ですもの。いいじゃないですか」


 むっと顔をしかめる昴さん。


 そして、そんな昴さんと私を、にこにこと客席から見ているのは、近所に住むお婆さん、鈴木(すずき)さんだ。


「鈴木さん、いらしたんですね」


「えぇ。出掛けている最中に雪が降ったものだから、慌てて避難したのよ」


「突然でしたものね。私も吃驚しちゃいました」


 言いながら、私は上着とマフラーを脱いで、エプロンを身に付ける。


雪菜(ゆきな)ちゃん、ホットココアを頼めるかしら? こう寒いと、暖かくて甘い飲み物が飲みたくてね」


「分かりました。ちょっと待ってくださいねー」


 私は、鈴木さんにお茶はおろか水もお出せずにピアノに向かっている昴さんを蹴っ飛ばして、準備へ向かった。


 昴さんも蹴られた理由は分かったらしく、少しばつの悪そうな顔をしていた。


「はい、どうぞ」


 ココアを入れたカップを、客席にお出しする。


 ちなみに、ちょうど雪の結晶と雪だるまが描かれたカップがあったので、それを選んだ。


 ちょっとした、こだわりだ。


 だって、外の景色と合っている方が美味しくなりそうじゃない?


「ありがとう、雪菜ちゃん。あら可愛らしいカップね」


「ですよね。この雪だるま、すごく鼻が長くて……。外人さんですかね」


「かもしれないわねー」


 私と鈴木さんは他愛もない会話で盛り上がる。


 近所付き合いなど、全くしたことがなかったが、このバイトを初めてから、歳の離れた人と話すことが多くなった。


 前のバイトでは、お決まりの台詞を言うだけで楽ではあったのだけれども。


 こうやって常連さんと話すことも楽しくて、私は好きになっていた。


「ねぇ、昴ちゃん。こんな日にぴったりの音楽を弾いて下さらない?」


 今日の鈴木さんは、いつもと違って具体的な曲名を挙げなかった。


 昴さんチョイスの音楽を聴きたいということだろうか。


「ふむ。今日にぴったりの曲か……」


 しばらくカップの絵柄を眺めていた昴さんは、意を決したように鍵盤へ長い指を置いた。




 しんしん、と。


 降り積もる雪のような音で、その世界は始まった。


 朗々と歌われるメロディーと、その上でひたすらに降り続ける雪。


 時に激しい吹雪となり、時に穏やかな風と共に舞い落ちる。


 次第に、大きな雪原となって、氷柱が弾け飛ぶ音が響き渡った。


 途端に、雪崩のように音の波が押し寄せる。


 波が過ぎ去ると、大地が空気を震わせて大合唱を始めた。


 打ち鳴らされる自然の鼓動、それに共鳴する大地の声。


 そして、何事もなかったのように再び雪が降り積もる。


 透き通る空気の中で、後ろ髪を引かれながらも、前へとメロディーは進んだ。


 最後に、メロディーはたっぷりと息を吸い込んで、名残惜しげに自然の息吹を歌い上げた。




「ありがとう、昴ちゃん。私の知らない曲だったわ。何て言うのかしら?」


 鈴木さんでも、知らない曲があるんだ。


 私は意外に思った。


「ジャン・シベリウスの《10の小品》作品24の第9ロマンスだ」


「あら、シベリウスだったの」


 鈴木さんは成る程と頷いていたけれども、私にはさっぱり分からなかった。


「シベリウスって、どんな作曲家ですか?」


「フィンランドを代表する作曲家だな。他には有名な《フィンランディア》などの作品がある」


「フィンランドって、サンタクロースのいる国ですよね?」


「まぁ、サンタクロース村がある国ではあるが。もしかして、君はまだサンタクロースを信じているのか?」


「それは禁句ですよ、昴さん! サンタクロースはいるんです」


 私の主張に、鈴木さんは苦笑していた。


「はぁ。夢見がちだな」


「悪かったですねっ」


 ふん。


 誰がなんと言おうがサンタクロースはいる。


 夢だろうが、それでいいのだ。


 この世の中、少しぐらい夢を見るぐらいが丁度いい。


 私はそう思う。


「まあいい、話を戻そう。……シベリウスは作曲家としては珍しく、九十一歳と長寿だった」


「へぇ。すごい長生きですね」


 医療が発達した今でも九十一歳は長生きの方だろう。


「だが、万事が順調かといえばそうでもなかった。国を代表する作曲家としてレッテルを張られた彼は、その重圧と常に戦う運命にもあった」


「自分の世に出す作品が、国を背負っているとなると、重く捉えてしまうかもしれないわねぇ」


「まさに。彼は元より精神が強い方ではなかったこともあり、度々筆を折ることもあった」


「偉人も人なんですね」


 歴史上の人物が、自分と同じように生きていた。


 中々、想像はつかないけれども共感出来る部分はあった。


「そうだな。それに長く生きた分、彼は様々な世間の荒波に揉まれた。第一次、そして第二次世界大戦も体験している」


「それは……。辛い現実とも向き合って生きた作曲家なんですね」


「うむ。……この曲は彼の若い頃に書かれたとされている。それでも、広大なフィンランドの大地と空気を感じられる傑作と言えるだろう」


「えぇ。タイトル通り、ロマンチックな音楽だったわ。ありがとう、昴ちゃん。いい音楽を知れたわ」


 鈴木さんの言葉に私も頷いた。


「礼はシベリウスに言ってくれたまえ」


 昴さんはそう言って、曇った窓ガラスの外、遠い空を見ていた。


 雪の降り続ける空。


 その先は、かつて作曲家が見た景色に繋がっているのかもしれない。


 私はそんなことを思うのだった。



第20話fin

 いつもお読み頂きありがとうございます。

 第20話更新という一つの節目になりました。


 それに伴い、全20話の加筆及び誤脱チェック、推敲を行います。


 そのため、毎日の更新を一時中断することになります。


 読みやすさなどの関係もございますので、何卒ご理解いただけると幸いでございます。

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