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記憶を糧にやり直せたなら  作者: ひまガネTYPEMAN
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5話 深川幸雄との出会い

 夏の甲子園もとっくに始まっている八月中旬。

 午前八時という朝方であっても、既に照りつける太陽によってアスファルトには陽炎が揺らいでいる。


「あっちいなあ……。集合時間おかしいんじゃねえのか。つか集合場所もおかしいだろ。もっと楽に行けるクーラーの効いた喫茶店とかよ……」


 道沿いに雑草の生い茂る道を一人向こうから歩いてくる男――天笠良介は汗を拭いながら愚痴えおこぼしていた。

 これから数十分後、天笠はこの近くの人気のない神社で彰と怜、そして今回怜達に応援を要請してきた人物達と落ち合う予定となっていた。

 一足先に目的の神社に到着した天笠は生い茂る木々の影に身を寄せると、腕まくりしたシャツをバタつかせながら汗が引くのを待った。

 賑やかなミンミンゼミの声が鳴り響いている。上を見上げると木々の葉が鮮やかな緑色をしており、憎たらしい太陽光も木漏れ日となり美しく感じられた。

その時、ふいに人の気配を感じた天笠は辺りを見回した。

 見ると境内の近くにある狛犬にもたれ掛るようにして一人の少年が座り込んでいた。学生服を着たその少年は天笠の存在に気が付いていないのか、ぼんやりと地面を見つめているようであった。


「あいつは確か……」


 天笠はその少年に見覚えがあった。


「あぁ、なんだっけ……深川君だっけな。何やってんだ? こんなところで、それも制服で」


 天笠が声をかけると、深川と呼ばれた少年は無表情のまま天笠を見上げた。


「あぁ天笠さん。何もしてませんよ」


 抑揚の無い元気の無さげな――とはいっても、この少年、深川幸雄にとってはそれが普通なのだが――声で深川は返事をした。


「そうか。でも、制服を着てるんだ。部活か何か学校に用事があるんじゃねえのか?」

「夏期講習があるんですよ。行きませんでしたけど……」

「まあ、サボるのもいいわな」

「はい。昨日は……ありがとうございました」

「あ? あぁいいっての別に礼なんて下らねえ。俺は何もしてねえんだ」


 天笠が深川について見覚えがあったのは、昨日、深川が虐められているところを天笠が助けていたからであった。

 今回の応援要請を受けた天笠は二日前から現地入りし、暇つぶしかつ観光がてら当てもなくフラフラと歩いていた。

 そんな中の昨日の夕方のことであった。天笠が人気のない土手沿いの道を歩いていた時の事である。土手に渡された小さな橋の近くに差し掛かったとき、橋のど真ん中に不自然に倒れた自転車を目にした。自転車に取り付けられた籠は大きく変形しており、その傍らには学生鞄が転がっていた。

 ふと橋の下を見てみると、男子学生が数人、中央にうずくまった一人の学生に対し暴行を働いているのが見えた。

 多少加減を分かっているようであるが、頭部や腹部への蹴りで鈍い音が響いており、天笠の元まで届くほどであった。


「チッ……。人が平和にのんびりと黄昏てるってのに邪魔しやがって」


 天笠は舌打ちを一つすると、その学生の群がる場所へと土手を降りていった。

 特に声をかけるでもなくただ近寄るだけ。それだけ、暴行を働いている学生たちは撤退することを天笠は知っていた。子供とはそういうものである。

 案の定、天笠の存在に気付いた学生たちは天笠に対して睨みを利かせつつも、皆ぞろぞろと去っていった。悪態をつきながら怯んでいないのだと誇示しながらノソノソと歩いていく。そうすることが、彼らにとってプライドを保つ行為なのだろう。

 天笠は彼らが去っていくのを黙って見送った後、未だその場でうずくまる被害者の学生に近づいた。


「おう。立てるか?」

「……」


 学生はすっくと立ち上がると、無言で制服にこびり付いた砂埃を払った。

 その様子を見た天笠は「大丈夫そうだな。じゃあ、邪魔したな」と踵を返して帰ろうとした。


「……すいませんでした」


 背後から聞こえた学生の落ち込んでいるでもない泣いているでもない、ただ無気力なトーンの声に天笠はおもわず振り返った。


「すいませんってのは……別に謝るところでもねえと思うが。あぁ――深川君」

 

 天笠は、学生の胸元に着いた名札を見て言った。


「……迷惑をかけてしまってすいません」


 無表情のままそっぽを向いてそう言う学生に、天笠は柄にもなくどこか心配になった。


「別に迷惑じゃねえよ。ただ歩いてきて、ふらふらと近づいただけだろうが。ただ気まぐれでやっただけだよ」

「そうですか……すいません。あっと……」


 深川は天笠の方を見て言葉を詰まらせた。


「――天笠だ。……まぁ、気ぃつけて帰れよ」


 少年との想定外のやり取り。それにより何やら自分が気取ったことをしてしまったのではないかという思いが生まれ、その気恥ずかしさから天笠は来た道を戻る足が自然と早くなっているのを感じた。


「チッ……。柄にもねえ事なんかするもんじゃねえな」


 そう言って、天笠はバツの悪そうな顔で去っていった。

 そんなことがあったため、天笠はその記憶を思い出したくないので深川に礼を言うのをやめてほしく思っていた。


「まあ……なんだ? お前、制服もまだ泥だらけだし怪我ももういいのか? なんなら俺が金を出してやってもいいぜ? 金だけは無駄にあんだよ。使う暇がねえからな」

「いえ……いいです。すいません」

「まあ、そう言うと思ったよ」


 天笠がそう言った後、深川はおもむろに立ち上がると神社の出口へと向かってのそのそと歩き始めた。


「もうサボりはいいのか? これから昼にかけてどんどん暑くなるぜ?」

「はい……別にどうでもいいんで」


 そう言うと深川は、神社の木陰を抜け、夏の日差しの中へと消えていった。


「……なんだか追い出す形になっちまったか……?」


 その場に一人取り残された天笠はポツリと呟いた。

 その後、再び耳に届き始めたセミの鳴き声を聞きながら、天笠はぼんやりと木漏れ日を眺めつつ怜たちの到着を待った。


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