23話 つづく日常
「天笠さん。こんなところにいたんですか」
病院の六階。屋上庭園で煙草をふかしていた天笠は声をかけられた。
「彰か。こんなところってえのは何だよ。普通に病院じゃねえか」
「色々と探してたんですよ。空なんか眺めて何をしてるんですか?」
目を細めて彰は青い空を見上げた。ぎらぎらと輝く太陽を前に、直ぐにでも室内に入りたくなる。
「何って、そうだな。こんな日に屋上から飛び降りてやろうかなあと思ってな」
「また適当なこと言ってますね。明葉さんはもうここを発ったみたいですよ?」
「ああそうかい。仕事熱心なのはいいことだ」
天笠は煙草を消しながら言った。
「お前も今回はありがとうな。怜と一緒に帰るんだろう?」
「そうですね」
大きな雲が太陽にかかり日影が出来る。空を見ると遠くに入道雲もあるようだ。
「そういえば道中で気づいたんですが、お花を供えたんですか? 女子高生の飛び降りたところだったり深川さんの――」
「俺は何もできねえからな。そんくらいしかできねえのさ」
手すりにもたれ掛っていた天笠は灰皿をポケットにしまい歩き出した。
「お前も気を付けて帰れよ。夕立になる前にな」
そう言って手を振ると天笠は病院を後にした。
結局のところ自分には他人の人生を救ってやれるほどの度量は持ち合わせていないのだと、そのことが身に染みて自分が嫌になっていた。天笠は憂鬱な気持ちを抱えながら自身の寝床へと帰る。明日にはこの地を去り、また別の仕事を行うだろう。
その道中、小さな公園の前を通りかかった。人気のない公園である。何気なく視線を向けると、何やら小さな子供たちが数人集まっている。
「チッ。また下らねえことをやってやがる」
天笠は愚痴をこぼしながらその集団へと近寄っていく。
「おいボウズ共。何やってんだ?」
声をかけられた少年達は驚き、そして気まずそうな表情をした。彼らの中心には泥だらけになった少年がいた。
「……おい、もう行こうぜ……」
少年たちの一人がそういうと、彼らはそそくさと帰っていった。
「アホくせえことしやがって。おい、立てるかお前」
天笠の問いかけに、その泥だらけになった少年は俯いたままであった。
「――あぁ。まあいいや。すまねえな。横から口を出しちまった」
彼だって大人に助けられたとなってはプライドが傷つくだろう。そんなことが頭に浮かんでしまい、そそくさとその場を後にしようとした。天笠は背をむけて歩き出す。
ふと視線を落とした先に何かが転がっているのが見える。蝉の死骸のようであった。
――嫌なもんを見せやがる。
天笠は心の中で悪態をついてその横を通り抜けようとした。その時である。
「うおぁ!」
蝉は突如として羽音を響かせると、天笠目がけて突進した後、青い空へと消えて行ってしまった。
「いやいや、マジでびびったじゃねえか! 生きてんならそうと言いやがれ」
天笠は我に返り恥ずかしくなった。後ろに少年が見ていたではないか。恐る恐る天笠は振り返った。
「ハハハッ」
少年は楽しそうに笑っていた。その表情を見て天笠もなんだが楽しくなってきた。
「ハッハッハ……なんだ、お前も笑えるんじゃねえか。元気になったようなら俺も嬉しいよ」
何やら嬉しさからか、それとも空や木々の鮮やかに目が刺激されたからなのか、天笠は僅かに涙を浮かべていた。




