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記憶を糧にやり直せたなら  作者: ひまガネTYPEMAN
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22話 記憶を糧にやり直せたなら

 それからしばらくの間、二人は言葉を交わすことは無かった。どれくらい時間が経ったのかは分からない。あれから意識が朦朧としていた彰はようやく気力を取り戻してきた。日は傾きつつあるがまだ高くにある。


「ようやく……力も安定してきたようなので、起き上がれそうです……」

「消えなくて良かったね。そろそろ助けが来るころだと思うけど……」

「天笠さんに俺からも連絡を入れようと思います。取り逃がしてしまったし……」


 明葉から電話を受け取ると、力の入らない指でなんとか連絡先を打ち込み電話を掛けた。


「天笠さん、すいません。深川を逃してしまいました」

「あぁ、明葉や傍観者バイスタンダーから聞いてるよ。別に追跡できたんだから構いはしねえよ。二人とも生きてんだから良かった方だぜ」

「……」

「何だよ? ――さてはテメエ、俺がアイツを殺せねえと思ってんな? 代わりにやってやれなくて申し訳ねえってか?」

「いえ……そういうわけでは……」

「じゃあなんだよ?」

「……初めから察していたんですか? もう彼を助けてやれないって」

「――さあな。なんだよ? それで俺がアイツを好き勝手野放しにしてたって言いたいのか?」

「……いえ。……仕留めて下さいね。彼の事を」

「……ああ、そうだな。連絡ありがとうな」


 天笠は笑顔で電話を切る。どこか晴れやかな面持ちに見える。

 そして電話をポケットにしまうと、一つ舌打ちをした後、眼前の敵に向けて不敵な笑みを浮かべて言った。


「――だそうだ。いい夢は見られたかよ、深川」


 目の前には桜庭の姿をした深川がアンプを構えて睨みつけている。


「何であんたがここにいるんだよ……天笠」

「さあな。ここにいるんじゃないかってそんな気がしただけさ。俺らの心が通じ合ってんじゃねえのか?」


 小馬鹿にしたように言い放つ天笠。

 ここは深川の自宅。傍観者(バイスタンダー)の追跡を撒くために住み慣れた土地を選んでしまったのか。深川は潜伏のために自宅を訪れ、そしてリビングで待ち受けていた天笠と対峙していた。


「アンタまで俺を馬鹿にするのか……?」

「少なくとも、今のお前は馬鹿を見てるとは思ってるがな。まあ……それはお前だけのせいじゃないとも思ってるがな」

「どういう意味だよ」

「知らねえよ。俺がここで終わらせてやるってことかな」


 深川は呆気にとられた表情をし、そして笑った。


「面白いじゃねえか。俺に一度負けたあんたが、ここで俺に、お前一人で勝てると思ってるのか? 笑わせるんじゃねえよ! あんたのお仲間とやり合った後だがな、桜庭って野郎の能力はまだ残ってるぜ? 再生能力だってこの通り、ピンピンしている俺さ! お前らがろくに努力もせず与えられたこの能力で俺は無敵さ!」

「それで欲しいもんは手に入ったか? 満足してる顔ってじゃねえぞ?」


 天笠の冷めきった眼に深川は怒り、歯を食いしばりながら吠えた。


「これから手に入れるんだよ! アンタたちを殺してからなあ!」


 深川は瞬時に距離をつめてアンプを振り下ろす。

 天笠は微動だにしない。アンプが彼の頭部を捉える――その直前に赤い閃光が室内に走った。


「――な!?」


 深川のアンプは天笠の纏った光に弾かれていた。全力を込めて振るったはずの攻撃。それをこうも容易く防がれたことに動揺を隠せなかった。


「――早く拾えよ」


 天笠は依然変わらぬ視線を送る。そのことに深川は我慢がならなかった。


「くっ……くっそがああああああ!」


 深川はすぐさまアンプを拾い、腰に据えて突進する。全力をその先端の一点に込めた一撃。

 室内は光で真っ赤に染まった。激しい大気の振動が起こり、窓ガラスが粉々に吹き飛んだ。

 だが、深川には天笠を仕留めた手ごたえを感じることが出来なかった。それどころか、これ以上ピクリともアンプを推し出すことが出来ずにいた。

 赤い閃光で眩んでいた彼の視界が開けていく。

 深川の突き出したアンプ。その先端を天笠の突き出したアンプが的確にとらえていた。びくともしない。完全に力を相殺されてしまっていることが分かった。

 もはや敵う相手ではないのだと、深川は悟ってしまった。


「くっ……うあああぁぁぁ!」


 その思いを振り払うように、深川はアンプを振るい続ける。


「なんでだ! なんで、なんで俺の攻撃が届かねえんだ!」


 がむしゃらに振るわれた深川の攻撃。その全てが天笠に軽くいなされ、弾かれていく。そして天笠の防御に使用した力の余波により、深川のアンプや腕はみるみるうちに傷ついていく。その血しぶきにより、部屋は真っ赤に染まっていく。


「ちくしょおおぉ!」


 深川は尚もアンプを振るい続けた。腕は傷つき、その再生能力が追いつかなくなっていく。

 憎しみで視界が狭まっていた。もはや自分がどれほど傷ついているのかすら分からなかった。

深川はふと天笠と視線が合った。そして激しい怒りが湧いてくるのが分かった。天笠の目はまるで自分を憐れむような。そんな眼をしていた。


「俺を馬鹿にするんじゃねええぇ!」


 深川はありったけの力を右足に集結させた。そして――


「無様にもう一度吹き飛びやがれええ!」


 深川は全力の蹴りを放った。廃ビルの中で天笠を吹き飛ばした時のような激しい一撃。

だが天笠はもはやアンプを使うことなく、その身に赤い光をまとっただけでその蹴り受けにかかった。

 激しい光。そして深川はその右足への違和感に顔を歪めた。

 天笠はただ棒立ちをしているだけであった。彼の腹部へと放たれたはずの蹴り。そこに視線を向けた深川は、自身の右脚が消し飛ばされていることに気が付いた。


「あがああああ!」


 深川は脚を押さえてうずくまった。痛みなどは感じない身体。脚は徐々に再生していくが、もはや深川の気力では立ち上がれそうになかった。


「あの時は手を抜いてたっていうのか……」

「どうだろうな。お前が弱くなったってこともありえるぜ?」

「俺が間違っていたって言うのか……」


 深川は天笠を見上げて叫んだ。


「俺は幸せになれないのか! それなら俺はどうすればよかったんだよ!」

「わからねえよ。だが、もう十分だろう? お前ももう分かっているんだろ。このやり方じゃあ駄目だったんだって」


 深川は唇を噛みしめ、そして悔しそうに項垂れた。

 その首元に天笠はアンプを添える。深川はあらがう様子もなく、自身の人生を終わらせることを受け入れたかのように見えた。

 が、その時である。深川は突如として身体を震わせ、声色の違う叫びを上げた。


「こ、殺さないでくれええぇ! 娘がいるんだ! アタシお母さんに会いたいい! 夏祭りに幸人と一緒に行きたかったああ! 死にたくないの!」


 様々な人々の記憶と声で叫ぶ。皆が命乞いをしている。誰もが生きたかったのは当然だろう。だが、


「やっと出てきたか、化け物が。残念ながらその皆はテメエを殺して欲しがってるぜ? 騙されると思ったかよ」


 天笠は彼等を喰らった元凶、記憶を喰らう化け物に対して言った。

 すると一瞬、化け物がピクリと動きを止めた。そして次の瞬間ポケットに手を入れた。だが、


「やめとけ」


 天笠が手を振るったかと思うと、化け物の腕が切断された。その掌からは彰が使ったものと同じ能力を増大させる注射器が転げ落ちた。尚も抵抗する気であったのだろう。

 天笠の手には鋼線が握られていた。能力を伝達させることで鋼線は自在に動き回り、今度は化け物の脚を切断し、そして注射器をも破壊した。


「いやああ痛いいい。お母さあぁん!」


 少女の声で気味の悪い声を上げる化け物。その醜悪な姿に天笠は嫌悪感を露わにした。そして、


「本当に醜いな。こんなみっともねえ化け物に負けてんじゃねえよ! さっさと目ぇ覚ませ深川!」


 その言葉に再び化け物は一瞬動きを止めた。そして突如として頭を押さえて苦しみだしかと思うと、その口から激しく肉片を嘔吐し始めた。

 苦しみに震える化け物の姿を天笠はただ見守った。やがて化け物は深川の声を取り戻し言葉を発した。


「やっぱり……全部吐き出すなんて無理みたいです。どうあがいても僕はコイツの支配下だし、皆の記憶も残っている」

「そうだろうよ」


 その言葉を聞き、深川は自嘲気味に笑い声を上げ、そして自身の思いを吐露する。


「嬉しかったのに、やっと良い人生を手に入れたと思ったのに……それは俺ものはなかった。今や俺のものだったはずなのに、俺のものだって喜びがない。人のものを奪っても、承認欲求は満たされない。俺じゃ駄目だったんだって思えてくる。なんで俺じゃ駄目だったんだろう……どうあがいても幸せになんて慣れない……」

「お前のせいじゃないと俺は思うぜ。お前は十分耐えぬいて生きたんだろうよ。変な物に出くわしちまったのはこりゃ事故さ」

「皆を喰らったのは……僕の意志でもあったと思いますよ……」

「幸せになろうとあがいたお前も良かったと、俺はそう思ってるよ」


 その言葉に深川は笑ってしまった。


「そんなこと言う人、普通じゃおかしいですよ。人殺しの味方をするなんて」

「俺はおかしいからな。普通じゃねえんだ。お前をなんとかしてやりたいと思った。そして結局、駄目だったみてえだ」


 深川はどこか幸せそうな笑みを浮かべた。そして、


「覚えていて欲しいです。僕だって必死に生きてみたよ。本来手に入れられなかったものが、一瞬だけだけど手に入った。そして俺の人生が、どうあがいても駄目なものだって分かった。――僕を覚えていてほしいな。僕を食べてくれないかな……」

「既にお前の事は調べ上げてんだ。食う必要はねえよ。それに、食わずに知るのが『普通の人間』のやり方だ」

「フフッ……どっちなんですか貴方は。適当だなあ」


 ふっと笑みをこぼす深川。それは間違いなく彼自身の笑顔であった。

 そして深川の皮膚は剥がれ堕ちるように消え去っていき、白い異形の怪物の姿へと変わっていった。その姿を見て天笠はゆっくりと歩み寄っていく。


「へへっ。会いたかったぜ『本体』さんよぉ。ずっとお前を消し飛ばしてやりてえと思ってたんだ」


 天笠はアンプを握り嗜虐的な笑みを浮かべた。


「クッ……クッソォォオ! もっと喰わせろ! オレニ人生を味わワセロオオォ!」


 化け物もまたアンプを手に取り天笠に襲い掛かった。


「そうやって皆が足掻けるようなやつらなら良いんだけどな」


 天笠はアンプを振るった。周囲が赤い光に染まる。

 赤い光に飲まれた物体は塵ひとつ残ることなく、この世から消滅した。

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