21話 叶わない願い
「そろそろ……体力が持たないんだけど、どうしようか……」
汗と土埃にまみれた明葉が言った。力の使い過ぎたこと、そしてこの暑さにより体力は限界に近づいていた。深川の無尽蔵とも思える体力。そして自在に動く身体から繰り出される猛攻を凌ぐことで二人は精一杯であった。
「どうしましょうかね……正直耐えるしか――」
「何をブツクサと言ってやがる!」
アンプを叩きつけられた地面が吹き飛び、砂埃が舞い散る。しかし僅かに身体を躱した彰は咳き込みつつも笑みを浮かべる。
「――でも随分と避けやすい。桜庭さんの能力を得たところで戦いのスキルはこんなものか」
「クッソ!」
深川は彰に接近し、アンプで打撃を何度も繰り出す。
その一撃一撃の威力は凄まじく、まともに喰らえば彰の胴体は吹き飛ばされるほどのものであった。だが、彰は防御の瞬間に力を発動させ、その攻撃を受け流し続ける。
「なんで……なんで効かねえんだ!」
「他人の記憶を得たところで、それを使っているのはあなた自身だ。あなたが邪魔になってるんだろう。誰かの人生を得たところで、それはあんたの勝ち取った成長じゃない。あんたは空っぽのままなんだ」
「猪口才なこと……してんじゃねえよおおぉ!」
眩いほどの光を纏った一撃。彰はアンプでそれを受け、大きく後方へと吹き飛ばされる。
すぐに追撃に出ようとする深川。だが、背後の足元に迫る明葉の存在に気が付くのが遅れる。
「二体一だっての!」
深川の能力の発動が遅かった。明葉の鋭い突きからの能力の発動。深川の腹部は吹き飛ばされ大穴があく。
「……明葉ア!」
桜庭の声がした気がした。だが、明葉は構うことなく続けざまに頭部へと一撃を放つ。
深川は間一髪の所で直撃を避け、横に大きく跳躍し距離をとった。欠損した腹部の大穴、そして頭部の半分の肉が修復を試み激しく蠢いている。
「はぁ……はぁ……しんどいんだから早くやられてくんないかな。これから逃げてばっかりなのかな……?」
肩で息をした明葉が苦々しく呟く。
「チクショウ……早く治りやがれ!」
深川はすぐにでも明葉を殺してやりたいとばかりに睨みつける。だが、傷口は蠢くばかりでなかなか再生されないでいた。
「くっ……なんで直らねえ……早く――ッウプッ! ウゲエエエェ! オゴオオオォ!」
突如、深川は口を押さえたかと思うと激しく嘔吐を始めた。その身体のどこに入っていたのかと思われるほどの大量の人体の各部位が地面に吐き出された。
「ハァ……ハァ……チクショウ! なんで俺は手に入れられねえんだ……」
深川は頭を押さえて苦しむ。
「何が『生きたい』だ……十分楽しんだ癖に。俺にも人生を味あわせろよ……なんで俺は」
深川の身体の損傷していた部位はようやく修復が終わっていた。だが、それは人間の肌ではなく真っ白い異形のものとなっていた。
「空っぽのままで結局奪うことでしか満たせないだろう。その力じゃ」
彰が血のにじむ脚を引きずりながらやってくる。
「他人の人生を覗き見て、そしてまた次の人生を映像のように見て満足するだけ。自ら勝ち取り、築き上げていくことができないんだよ。結局そんな怪物の能力を授かったところで」
「……クソがぺらぺらと……したり顔で何を言いやがるッ……」
深川は歯を食いしばり睨み付ける。
「なんであろうと俺はテメエら邪魔な奴らを喰い殺したらまた好き放題楽しんでやるのさ……こんな喰われた奴らの悲鳴なんか聞こえねえ程に喰いまくってやる……」
「だがあんたはその『声』を聴いてまた吐き出すだろうな。自分でも分かってるんだろう? これじゃ駄目だったんだって」
「わっかんねえなぁ! くだらねえ説教で悦に入りてぇのかよ! テメエは俺の何を知ってやがるってんだ! じゃあどうすれば良かったって言うんだよ! 俺は黙って死んでればよかったのか! 楽しみを知らず、今すぐ死ねばよかったってのかよ! そう言いてえのかよテメエはァ!」
深川は全身に赤い光を纏った。すべての力を出すつもりなのだろう。アンプにいたっては周囲の物体が見えぬほどの真っ赤な光で包まれている。
彰は悔しそうに歯を食いしばった。結局自分に出来ることなど最初から一つしかない。そのことを痛感していた彰は弱音を吐き出すように怒号を上げる。
「俺だってわかんねえよ! さっさとテメエをぶっ殺して終わりにすんだよ!」
ポケットから取り出した注射器を自身の首筋に突き立てる。成分は武器のアンプと同じもの。体内に取り込むことで発揮する力を高める。
「消し飛べやああぁぁ!」
深川は駆け出し彰にアンプを振るう。対して彰もまた地面を蹴り力強くそれを迎え撃つ。
周囲が赤く染まった。そして次の瞬間、二人を中心として爆発が起きたように周囲の物体が吹き飛ばされた。衝撃波のような圧と砂埃の中、明葉は目を凝らし様子を伺った。
赤い光を纏った人影が見える。彰だった。
「……ハァ……ハァ……」
肩で息をし、膝は震えており立っているのがやっとな状態であった。纏った光が明滅していることから力のコントロールが上手くいかないのだろう。
彰の視線の先に目を向ける。吹き飛ばされ、駐車場の車に叩きつけられた白い異形の怪物がそこに居た。
「くっそ……殺せてねえのか……よ……」
彰はその場に倒れ込んだ。
「ハハッ……天が俺に生きろと言っているみたいだぜ……。残念だったなぁ」
白い怪物は大きく跳躍すると、道路脇に駐車されている車の上に飛び乗った。
物音に驚いた運転手が窓から顔を覗かせた瞬間、その頭部を引きちぎり喰らった。
「俺はまだまだ生き残るんだ。誰かの人生でな」
そして肥大化させた口で一瞬の内に死体を飲み込んだ怪物は、再び深川の姿となって車で走り去っていった。
「彰君! 大丈夫!?」
明葉は直ぐに彰に駆け寄った。
「力を使い過ぎだって! 消えちゃったりしないよね?」
「そこは大丈夫ですが……すいません……逃げられて」
明葉は急いで日の当たらない木陰まで彰を引きずり、電話を掛けながら言う。
「そこは二人の責任じゃん。すぐに治療してもらうね。戦いで死にそうな上にそれじゃあどのみち熱中症で死んじゃいそうだもの。それに、ちゃんと当初の考え通り大勢の傍観者にアイツを追わせてるんだから」
「それは……そうですが……」
「でもそれだと結局、私たちは負けちゃったってことになるんだけどね……」
明葉の声色に悔しさが滲んでいた。




