20話 深川との対峙
「このあたりのはずだよ! まだ遠くに入ってないはず!」
明葉は痛む足をおして公園を駆け回っていた。傍観者から情報を得た情報を元に、彰と二人で深川を探している。
「弱っていたとなると……やはり隠れているはず――明葉さん! あれ!」
二人は公園にまき散らされた大量の肉片を見つけた。吐しゃ物のようなそれの中には長い髪の毛や衣類の断片が見て取れる。
思わず彰は目を背ける。だが明葉はあることに気付いた。
「血痕があるよ! これを辿っていけば――」
「その必要はねえだろうよ……」
二人は声のする方を見た。
「やっぱり懲りずに追いかけてきやがったか……お前らを食い散らかして、今度こそ穏やかに暮らさせてもらうぜ……ウプッ……」
尚も肉片を吐き苦悶の表情を浮かべる人物。桜庭の姿をした深川であった。
彼は既にアンプを構えて赤い光を纏い、鋭い眼光で二人を見据えている。
「春樹……じゃなかったね。もうあんたは喰われて死んでるんだから。人殺しの化け物は消し飛ばすよ、彰!」
「ああ」
二人もアンプを取り出し構えた。
「へへっ……」
深川はゆらりと後方へと向き直った。と、次の瞬間、振り向きざまに一気に腕を伸ばし二人に対してアンプを横なぎに振るった。
「あっぶね!」
すんでのところで彰は身を屈めていた。前方を見ると既に明葉が深川の懐まで踏み込んでいる。
「お見通しだっての!」
明葉は低い姿勢から逆袈裟にアンプを振るう。常人では逃げられぬ程の間合いであった。
だが深川は大きく上方に跳躍し身をかわす。
「逃げるな!」
明葉はアンプを投擲し追撃を図る。だが赤い光を纏った深川の身体に傷を負わせることは出来ず、アンプは弾かれ地面へと突き刺さった。
「……ははっ。『逃げるな』だぁ? 力を手に入れた俺が逃げるわきゃ……ねえだろうが!」
着地と同時に地面が抉れるほどの踏込み。そして明葉の前方に深川が瞬時に詰め寄る。
「テメエから喰ってやるよ!」
肥大化させた口が明葉に迫る。だが――
「させるかよ!」
深川の側面から彰が強烈な一撃を叩き込んだ。周囲が赤く染まる程の発光。深川は地面を抉りながら激しく吹き飛ばされた。
「まだ戦ってんのに食事タイムはねえだろうよ……」
能力を解除し、息を切らせながら彰は呟いた。
「ありがとう。助かった」
明葉はアンプを再び構え礼を言った。
「ちょっと熱くなり過ぎでしょう。まだこれからが勝負みたいじゃないですか」
彰は土埃の舞う先を見据えて苦々しく言った。
次第にその先から赤い光が見て取れるようになる。
「あぁ……今のは良い一撃だったなあ……」
深川の声が聞こえた。平然とした声色とは対照的に、その半身は消し飛ばされ、地面に擦れた部分は醜く損傷していた。だが――
「まあ……効いてないんだがなあァ!」
次の瞬間、深川の身体の肉が激しく蠢き、みるみるうちに傷は修復されていった。
「ははっ、肉を食えば直るってのは……随分と分かりやすく便利な身体で」
彰は汗を拭いながら続ける。
「ずっと肉だけ喰って生きていられるなんて、能天気なギャグ漫画のキャラクターみたいだ。お気楽に生きて、満たされることもない」
周囲が赤く光る。深川の長く伸びた腕での突きを、彰は眼前で受け止めていた。
「気に障ったようで。それが本来の感情か?」
苛立ちを露わにした深川の表情が見て取れた。
「どうあがいてもそれが事実だろうに……」
彰は呟くと、深川の腕を弾いた。
〇
照りつける太陽に目を細めながらビルの屋上を見上げる。そんなことをしているのはこの繁華街で天笠一人であった。
ビルから身を投げ、そして深川に喰われた少女。彼女の落下した場所に一人、天笠は立っていた。これといって訪れた理由などなかった。だた、これから向かう場所への道中で吸い寄せられるようにフラフラと行きついていた。
――花でも買って来ればよかったのか? ……って違げぇな
別に彼女の事を知りもせず、何もしてやれることなどない。それなのにこんな所へ来た自分が恥ずかしくなり、その場を後にしようとした。
その時、天笠は視界の端に奇妙なものを見た気がした。
この繁華街に似合わぬキッチリと着られた制服姿。女生徒が4名、天笠の横を通り過ぎて行った。
不思議に思い再び天笠は振り向いた。彼女たちは墜落現場で膝を屈め、花束を供えて手を合わせている。
何故だか目が離せなかった。
やがて彼女たちはスット立ち上がると、再び天笠の横を抜けて通り過ぎいく。
「あの――」
最後尾の女生徒。細い淵のメガネをかけて凛とした雰囲気を纏った少女が口を開いた。
「――明日香さんの事をご存じで?」
「……ああ、彼女の名前ね。いや、俺はただそのとき現場に居ただけで、今日は偶々通りかかっただけだ」
「……そうですか」
見ると彼女たちの中には涙を流している者もいた。
「お友達なのかな?」
何気なく聞いた言葉であった。自然にそう思っただけの言葉。
その問いに彼女は口ごもった。まるで悔しさを噛みしめているような、自身の非を責められているかのようなそんな表情であった。そして、
「……もっと気にかけてあげれば良かったと思っています。それが干渉だったとしても……」
彼女はそう言うと、友人たちと共に歩いて行った。気丈に振る舞い、泣いている友人を気遣う彼女を見て天笠は自分が恥ずかしく思えた。
「年だけ食っちまったなあ……」
天笠は現場に置かれた花束を一瞥すると、再び目的地へと歩き出した。
街並みは次第に寂しいものとなっていき、古く汚らしいアパートやトタン屋根の小さな工場が目立ち始める。近くの土手よりも低く圧迫感の感じるあまり良い雰囲気とは言えない土地。
天笠はポケットから住所の書いたメモを取り出し、ある家の前で足を止めた。
平屋建ての一軒家。錆びついたトタンでできた壁や屋根。白い擦りガラスの窓のあるその家の前に、立ち入り禁止のテープが張り巡らされている。
深川の家。今や無人となったその家に天笠は入っていく。
玄関を抜けると昼だというのに薄暗いリビングが目に入る。床面は大きな黒いシミができている。おそらくここで深川の母親が喰われ絶命したのだろう。血痕の後だと思われる。
黒いシミの続く先。扉を開けると小さな一人用の部屋であった。壁はボロボロになっておりかび臭い。服は脱ぎ散らかされており、勉強机の周りに教科書が乱雑に置かれている。
深川の部屋であった。
リビングよりも日当たりが悪く思える。陰鬱な雰囲気の漂う部屋をぐるりと見渡すと、押し入れが僅かに開いていることに気がついた。
天笠は押し入れに近づき、戸を開ける。中を覗き込むと厳重にテープで封をされていたであろう段ボールが開いていることに気が付いた。深川が開けたのだろうか。天笠はそれを押し入れから引出し、そして蓋をあけた。
「まぁ、誰ってこんな時代はあるもんだわな。憧れるんだ」
段ボールの中にはヒーローものの人形がたくさん入っていた。そしてそれらに混じってあるのは幼いころに書いたであろうヒーローの絵、そしてヒーローごっこをして遊ぶ幼い少年の写真。誇らしげな表情の少年の隣では微笑ましそうに笑う彼の母親の姿が写っていた。おそらくこの写真を撮ったのは彼の父親であろう。そんな気がした。
「どうしてこうなっちまったんだろうな……。お前も……俺も、普通に生きていたはずなのにな。誰だってわかんねえもんなんだよなぁ人生ってのは」
天笠は悪態をつくと、そのまましばらくのあいだ写真を眺めつづけていた。




