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記憶を糧にやり直せたなら  作者: ひまガネTYPEMAN
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2話 事件現場と通りかかる少年

 駅に到着すると二人は直ぐにタクシーに乗り、先ほどの赤い物体を見た土手へと向かった。

 現場には既に警察が到着しており、辺りは立ち入り禁止のテープが張られていた。


「既に傍観者バイスタンダーを通して通常の事件と同じように警察が捜査を行います。そして後で警察の肩から情報を流して頂くことになっています」

傍観者バイスタンダー?」

「非戦闘員の協力者です。多種多様な職業の方々から助力を得なければできない事がたくさんありますからね」

「……俺もそっちの仕事が良いかなぁ」

「何を言ってるんですか。せっかくなので少し現場を見せてもらいましょう」


 怜はそう言うと、大勢の警察が慌ただしく動き回る方へと歩いて行った。


「そんなことできるんですか?」

「来る途中にも言ったじゃないですか。我々の所属する組織の名前を出すだけでいいのだと」


 怜たちの方に気が付いた数名の警察が、身振り手振りで立ち入り禁止だと示しながら歩み寄って来た。


「ああ、お嬢さん! すいません。ここからは立ち入り禁止なんですよ。ちょっと事件がありまして」

「そうですね。佐久間さんはおられますか? 既にお話を通していたのですが」

「佐久間さん? ああ、佐久間巡査部長。でもどうして……」


 警察が困惑していると、現場の方からこちらに気が付き、駆け寄ってくる男がいた。


「ああスマン! この人達は良いんだ。通してやってくれ」


 駆け寄ってきた男――佐久間雄三は二人を通すように数名の警察に促した。


「佐久間巡査部長、良いのですか?」

「ああ、この人たちがさっき話していたあの『財団』の人達だ。――さあ、鑑識達が大勢来る前に早く」


 怜たちは佐久間に促され、現場に入っていった。


「本当に入れてもらえるんですね。俺らのいる財団の力っていったい……」

「お金の力は凄いですよね。ただ、入れてはもらいましたが、別に警察公認だとかではありません。個人的にこっそり入れてもらっているだけです……ので、彼に迷惑が掛からないうちにさっさと見て帰りましょう」


 二人は既に大勢の人間に踏み倒された藪を進み、警察の群がる場所へと歩いていった。

 真夏のこの季節である。現場を行き交う大勢の人々の汗や周囲に生えた青い草花の匂いを強く感じる。そしてそんな中にあっても鮮明に感じ取れる不快な匂いがあった。腐敗臭である。それは歩みを進めるにしたがい強くなり、それにともなって辺りを飛び交う蠅の羽音も大きくなる。二人はその先にあるのもを見つけ、不快感から顔をゆがませた。


「うわ……これは酷い」


 現場の人だかりの頭越しに、その真っ赤な『死骸』を見て彰は思わず呟いた。

 それは最早、かつて何であったのかという原型すら留めていないただの肉塊であった。まるで咀嚼後に吐き出されたかのようなそのドロドロの肉塊の中には、人間のものと思われる歯や髪の毛、そして骨が多く見て取れた。


「まるで食べられた人間が吐き出されたような……そんな感じですね。佐久間さん。遺体の身元は分かっているんですか?」


 怜は口元を袖で覆いながら聞いた。


「それがですね、遺留品から一部の身元は判明しているんですが……」

「……一部?」

「……どうも複数人の遺体が混在しているみたいなんですよ。それこそ、人を食った熊の――胃袋の内容物みたいに。一体なんでこんなものが、こんな熊どころか野良犬もいないような都市部の土手に落ちているのやら……」

「なるほど……ご協力ありがとうございました。彰さん、行きましょうか」


 怜は彰に目配せしてすぐさまその場を離れていき、近くの土手の上へと登って行った。

 彰は慌てた様子でその後を追った。


「もうですか? もっとこう写真を撮るだとか何か情報を貰うだとか……」

「我々が受けた依頼の情報と一致していましたので、もう十分でしょう。それに……これ以上は鼻が曲がりそうです。――後ほど資料は送付していただきますが、アレも恐らく我々が今追っている一連の事件の被害者でしょう」


 怜たちの受けている仕事は、とある町において人々が次々に襲撃、殺害されているというものであった。それだけであれば単なる刑事事件として怜たちの出る幕ではないのだが、なんでもそれらの死体は先ほどのようにドロドロの肉塊となって発見される場合、あるいはその頭部のみを食いちぎられたように失っている場合と、いずれにしても常識では考えられないような状態で発見されるという共通点が見られていた。


「ああ、それから先ほどの死体が見つかった場所と時刻等、メールで我々の仲間に送信しておいてください」

「もう送りましたよ。桜庭春樹さんと夏見明葉さんという方ですよね。ほら」


 そう言うと彰は得意げにメールの送信画面を怜に見せた。その褒めて下さいと言わんばかりの表情に、怜は微笑み、そしてそのまま無視して歩き出した。


「ちょ、無視ですか……なんだか人使いが荒くなってません?」

「そんなことは無いですよ。――では、そのお二方とは明日合流ですので、それまで解散にしましょう。観光がてら街を見て回ると良いですよ」


 そう言うと怜は一人ホテルへと歩いて行ってしまった。

 その場に取り残された彰は小さく一つため息をつくと、先ほどの死体のあった方へと振り返った。土手の上から見るその場には、尚も大勢の警官が慌ただしく仕事をしており、これ以上何か情報を得ようとしても邪魔になってしまうだけだと思われた。

 日も既に傾き始めており、東の空は赤みを帯び始めていた。そんな中、この知らない町に一人取り残された彰には、遠くに見える橋梁を走る電車の音さえ寂しさを増大させるものに感じられた。


「とりあえず、俺もホテルに向かってから、街でもフラフラしようかな……」


 彰は蒸し暑さに汗をぬぐうと、眼前を飛び交う蚊柱を必死に払いながらホテルへと向かって行った。

 その時、彰は一人の学生とすれ違った。


「――警察……また事件かよ」


 自転車を押しながら土手を歩いている男子中学生――深川幸雄は一人呟いた。

 彼の中学生らしい少し大きめの学生服に白いスニーカー。それらは大人しそうな彼には似つかわしくないほどに土埃にまみれていた。

 彼は土手の下でうごめく警察の群れを見て暫しぼーっと歩いていたが、不意に痛んだ膝に顔をしかめた。


「あーあ……ズボンも破れてるよ。警察もさぁ、ここに虐められてる中学生がいるんだから、あんたらの内一人くらいでも俺を助けてくれよ……」


 彼は膝を摩ると、タイヤのパンクした自転車を押して再び歩き出した。


「さっきのオッサンみたいに、助けてくれよ……」


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