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記憶を糧にやり直せたなら  作者: ひまガネTYPEMAN
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18話 喰い荒らされる人生

「痛った……いなあ。逃げられちゃったよ……」


 瓦礫の中から明葉が立ち上がり言った。

 深川に弾かれた脚からは流血しており、上手く歩けない様子である。


「春樹も死んじゃったし、負け越しって感じだね」

「その言い方は……とはいえ事実、俺らの大失敗ですね」


 続々と皆が瓦礫の中から立ち上がってくる。


「……まったくだな。俺の責任はデカい。――すまねえな」

「怪我はいいのですか? 随分と派手に蹴り飛ばされてましたけど」

「まあ、穴は開けられちゃいねえよ……問題ねえ」

「……そうですか」


 恐らく骨にひびでも入っているのだろう。痛みを覚えていることは天笠の表情から読み取れる。だが怜はそれ以上聞くことはしなかった。


「それで、このまま野放しにするなんてことはありえないんだけど。どうやって探そうか」


 明葉は深川に対する殺意を強く抱いているようであった。


「彼の意識は……先ほどの様子だと主導権を握れなくなりつつあるようです。直ぐに意識を混濁させ……やがて怪物の欲望のまま人を喰らうようになるのでは」

「つまり、騒ぎの起こっている場所を探すだけでよいと」

「――まあ、そうだろうな」


 天笠は瓦礫にもたれ掛り言葉を続ける


「アイツはもうじき化け物に記憶まで全部食いつくされる。助かりはしねえ。欲望のままに動くだろうよ」

「欲望のまま……となるとどこへ行くか……」

「アイツが何を食いたがるか。そりゃあ、所謂平穏な……『当たり前』とされる幸せだろうよ」


 そして天笠は皆をみて言った。


「すまねえな。次はもう……ちゃんと俺がアイツを始末する。協力してくれ」



 気だるげなブラスバンドの音が聞こえる校庭。汗だくなサッカー部の学生たちはうだるような暑さの中フラフラとした足取りで部室へと引き上げていく。

 校庭の脇では一人、自主練に励む陸上部の少女。ラストの一本を走り終えて息を切らしている。


「ほんと……あっつい。蝉もうっさいし」


 タオルで汗を拭きながら近くの倉庫の日影へと移動する。風通りの良い場所で置いていた水筒の水を飲みながら座り込む。


「午後はどうしようかな」


 壁にもたれ掛りながら空を見上げる。高い大きな雲がちょうど太陽を覆い隠してくれた。

スマホの画面が見やすくなる。電源を入れると彼氏からのラインが入っていた。


「『どこかへ行こう』……か。もう暑くて嫌になって来たし、今日はもう切り上げてよっと」


 彼女がそう決めたとの時、ふっと影がかかった。

 何気なく上を見る。頬に水滴が垂れて目を細める。


「……え? 誰……?」


 倉庫の上から白い口だけの怪物が見下ろしていた。その大きな口がニヤリとゆがむ。


「イヤッ――」


 彼女の悲鳴は直ぐに消えた。

 その頃、近くのプールでは一人の女学生が自主練に励んでいた。

 彼女は何か悲鳴が聞こえた気がしたと耳をそばだてながらプールサイドにあがった。

だが、プールの波打つ音だけが聞こえる静寂。


「なんだろう? 今日は美香が来てたんだっけ……。その方角だと思うけど……」


 いくら考えても分からない。ただ静かに時が流れていく。


「美香ぁー? 何か変な音しなかったぁー?」


 返事はない。普段であれば休憩に入っているはずだが、どこかへ行っただけなのだろうか?

 だが、何やら嫌な予感がして恐怖心がじわじわと湧き上がってくる。

どこかへ逃げてしまおうか。いや、何も大げさすぎる。ただの気のせいだ。それに水着のままではどこへも行けない。そんな考えばかりをただただ逡巡していた。


「美香ぁー? 居ないの? ――返事してよぉ!」


 声が震えだす。恐る恐るプールの出口の階段に近づいていく。

 その時、扉の向こうから誰かが上ってくる音がした。

 彼女の足取りが止まる。ただその人物が危険人物でないことを願うだけとなった。

 扉が開いた、と同時に彼女は安堵することとなった。


「なんだ、居たんじゃん美香。返事してよ、もー」


 紛れもなく彼女の友人、陸上部の美香の姿であった。

 彼女は安心しホッとため息をついた。


「さっき変な――悲鳴みたいな声がした気がしたから怖かったんだよ。美香は何か聞かなかった?」


 彼女は笑いかける。しかし反応はなく、ただその人物は無言で歩み寄ってくるだけである。

やがて彼女は美香と思われる人物に違和感を覚え、再び恐怖心が湧き上がってきた。


「――ねえ、ちょっと怖いよ美香? 返事してよ。それにずっと真顔だし。ちょっとやめてよ冗談は! ホント恐いんだってば!」


 堪らずゴーグルを投げつける。だが、何かが赤く光ったかと思うとゴーグルは突如として消失していた。

 訳が分からない。怖い。後ずさろうとするも、脚が震えて尻餅をついて倒れる。

 そしてその人物は彼女の目の前までやってくると、大きく口を開けて笑った。

 口元から血液が流れ出る。白い歯は赤く染まっていた。


――化け物だ


「ギャッ――」


 叫ぶまもなく、彼女の頭部は食いちぎられた。

 青空の中飛び散る鮮血がプールサイドを赤く染め上げる。

 そして直ぐに咀嚼音は止み、煌めく水面の波音だけが再び聞こえるようになった。


「――ふっ……ふふふ」


 彼女を喰らった人物は赤く染まった腕を空にかざし眺める。


「陸上の大会……それに彼氏と花火大会か。眩しい記憶を持っているじゃないか」


――俺には手に入りっこなかった記憶だ


「っぷ! オゲエエエエエ!」


 突如大量の肉片をその場に吐き出す。するとその姿は白く、顔の無い化け物の姿へと戻っていった。


「ハァ……ハァ……。また吐いちゃったじゃないか……」


 深川の声で化け物は呟いた。過去に手に入れた記憶がぼんやりと薄らいでいくのが分かる。


「嫌だ……まだ。まだまだ、もっと喰わなくちゃいけない。僕はもっと……幸せを手に入れるんだ」


 怪物は朦朧とした様子でどこかへと歩き去っていった。



 明葉と彰は街中のゲームセンターに来ていた。休日ということで部活終わりの学生や家族連れでごった返している。


「流石にこの中から変身した深川を探すってのは――って何やってんですか明葉さん?」


 気が付けば明葉はメダルゲームの席に座っていた。


「ちょっと怪我した脚が痛いから休憩してんの。それにちゃんと目を凝らして探してるって。そんでこうして油断を誘ってんの」


 いつの間にか購入していたメダルを入れながら明葉は続ける。


「どうせ向こうは顔を変えてて此方はバレバレなんだから。私たち追っ手を殺しに来るところを返り討ちにするのが効率が良いんじゃ──ってあー! これぜんっぜん落ちないじゃん! いっそこのプラスチックを能力でくりぬいてやろうかな……」


 彰はため息をついた。


「桜庭さんのこと、気にしてないんですか?」


 苛立ち交じりに彰は言った。明葉はそんな彰を一瞥すると、表情を変えることなくそれにこたえる。


「まあ――悲しんではいるよ。あの化け物を殺してあげたいとも思っている。でもどうかなぁ。結局ただのこんな危険な仕事の同僚。他人としか思ってないからね。ただ一緒にいた時間がある分攻撃が読まれるってのは恐いね。正直なところ。今出くわしてもどうやって戦えばいいのか分かんないって思いの方が強いかな」


 それが本音か。

 彰は明葉の脚へと視線を落とす。痛みを和らげるためか、ゆっくりと足首を動かしている。この状態では、四人がかりですら仕留められなかった深川との戦いは厳しく思われた。

 そんなことを考えていると、唐突に明葉は尋ねた。


「ねえ、君もあの天笠って人と同じであの子――深川って子に同情してるの?」


 想定外の質問だった。彰は目を丸くして尋ね返す。


「なんでまた?」

「私には分からないんだよねえ。だって、私は普通の家庭で生まれて普通に育ってきた。そういう自覚があるの。だから自分にとって普通の事が出来ない、暗い子なんかを見るとなんで? って思ってしまう。自分がちゃんとすれば良いだけじゃんって」

「そう……かな」

「誰だってそうじゃないの? 自分には理解のできない事がたくさんある。でも、そんなことについていちいち考えることも、理解しようとすることもしない。だってそんなに暇じゃないもの。もっと他の事を知っていきたいし、楽しみたい。それに私たちだって日々自分の事で一杯一杯になるんだから。だから――彼の事なんか考えてやってる暇なんてないって思うの。そんな人が怪物になって人を殺しまわっているのならさっさと殺しちゃえばいいのにって。それをウジウジと躊躇って逃げられて、怪我まで負わされちゃって。一緒に戦ってる私としてはすごい迷惑なんだよねぇ彼に同情しちゃってるなら。――要するに、君は深川君をちゃんと殺してくれるんだよね? 私と一緒にってこと」

「そのつもり……だけど」

「だけど?」

「救ってやりたいという気持ちはあるよ」


 彰は目を背けて呟いた。後ろめたさがあるのだろう。明葉はそんな彰に僅かに苛立ち、ため息をついた。


「あなたって、流されて生きてるタイプでしょ?」

「……」

「まあ、これは責めるわけじゃないけどね。なんとなく、それでいいのかなって? いつか絶対痛い目みるよ? それも取り返しのつかないくらいのさ」

「……さあ。どうなんだろうな。でも、俺はそうしたいんだよ」


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