14話 惨劇後の病院で
それから数日後。天笠と怜、そして彰は病院へと出向いていた。傍観者である警察の佐久間と落ちあい、深川を取り込んだ異形――記憶喰いと名付けられたそれに関する情報を得るためである。
「いやあ。病院の中は涼しいですね」
空調の効いた院内、うだるような暑さから解放された彰は服をパタパタとさせながら言う。
「そうですね。待ち合わせ場所は……六階の屋上庭園ですか」
「結局屋外じゃねえか。嫌がらせかよ」
天笠は不満そうに呟いた。
エレベーターで六階に下りると、三人は病室の並ぶ廊下を歩く。
その途中、病室の前を通りかかったとき、中から少年の怒声が聞こえてきた。
「だから何度も言ってるだろう! 深川が全員喰っちまったんだってば!」
三人は立ち止まる。
病室には先日の教室での惨劇で生き残った生徒がいるようであった。生徒の元には警察が訪れ、事件の詳細について聞き出そうとしている。だが、異形の存在など信じられない警察の聞き取りは難航しているようであった。
「南沢だと思ってたやつが深川だったんだ! あいつは化けてた! それで口の中から出てきたと思ったら、デカくなって白い怪物になったんだよ!」
「ううん……そうか。分かったから取りあえず落ち着こうね。質問を変えるよ。ええっと――」
「信じる気ないなら時間の無駄じゃん! 早く深川を捕まえて死刑にしてくれよ!」
困り果てた警察は生徒が混乱しているのだと出直すことにした。扉が開かれると、中から数人の警察が出てきた。
「可哀想に。ずっとあんなことを言って。精神がやられたんだな。まあ……あの惨状じゃあ無理もないが……」
警官は憐れむようにそう言いながら天笠たちの脇を抜けると、そのまま行ってしまった。
「ああ、財団のみなさん。いらしてたんですね、すいません」
佐久間が病室から顔を覗かせた。三人は佐久間に連れられ、屋上庭園へと向かった。
庭園に人はおらず、相変わらずの激しい日光の下で植え込みの草花も乾燥しているようであった。
「あんな取調べ意味あんのかね。異形の存在をあんたは知ってるだろうに」
「そうなんですがね……。私くらいしか知らないから、通常通りの業務を淡々と行うしかないんですよ」
佐久間は心労が溜まっているのか力なく笑った。それに対し天笠は「ああ、そりゃ悪かった」と淡々と言い放ち煙草に火を点けた。
「それで、記憶喰いについてお話を伺いたいのですが」
怜が話を切り出した。
「ええ。そうですね……。それが重要だ……。奴は最近繁華街に現れるようで、そこで被害者が出続けています。ホストや暴力団風の男など、夜の仕事をしている人たちが襲われている」
「なるほど。皆、頭が無いんですか? それらの死体には」
「そう……ですね。頭部が食いちぎられている。頭部以外はほとんど無傷で、以前までの……ドロドロの肉塊のようなものは見られない。深川という少年が記憶喰いとなったと思われる日からずっとそうだ」
「そうですか……」
「怜さんは深川少年の家に行ったんですよね? 彼の母親も頭部だけが喰われていたと聞きました。自分の母親まで喰ってしまうなんて考えられませんよ。ハッキリ言って異常だ」
「はぁ、そんなもんかねぇ」
天笠は興味なさげにそう言うと、タバコの火を消して歩き出した。
「天笠さん。どこ行くんですか?」
彰の問いに天笠は答える。
「繁華街に居るってんだろう? さっさと行こうじゃねえか」
「まあ、そうですけど。話はもういいんですか?」
その言葉に天笠は佐久間の方に視線を送った。他に有益な情報があれば早く言えと急かすような意図が込められていた。
「あとは、そうですね……。関係あるのかは知りませんが、現場近くにいた人の証言では少女や老人の複数の声を聞いたということです。なんでも『殺してくれ』『助けてくれ』だとか支離滅裂なことを口走っていたそうです。それらの声は被害者のものとも、犯人である彼の声とも違うのようなのですが」
「そうかい」
「よろしくお願いします。どうか犯人を……、彼を早く殺してください。我々も被害者の人々も、不安で眠れない日々が続いています。先ほどあなた方も目にされたでしょうが、今回の事件では多くの学生たち苦しむことになりました。私が言うのもおかしい話でしょうが、もっと早く手を打っていればこんな被害は……子供たちは救えたんじゃないかと思ってしまいます」
佐久間は声を震わせながら天笠を見た。その言葉の奥に彼への非難が込められているように思われた。
天笠は鼻で笑うと、淡々と言葉を発する。
「救えた子供たちね。一応聞くが、その中には深川も入ってんのかね?」
佐久間はポカンとした顔をしていた。深川は虐殺の犯人だろうと言わんばかりである。
「アイツも喰われてるんだぜ? 他の喰われた連中だってそうさ。そして深川に関して言えば、ターゲットの学生はあいつにとって縁の深い連中みたいだぜ?」
「それは……そうですが……」
「仕事が遅くて申し訳ねえな。だが……あぁ、いいや。――どいつもこいつも被害者面しやがる」
天笠ら三人はそのまま病院を後にした。外に出ると、尚も照りつける太陽に天笠は目を細める。
「随分と不機嫌な感じじゃないっすか? 別に良いんですけど」
彰が天笠に言う。
「……すまねえな」
「記憶喰いを見逃す、なんてことないですよね?」
「そんなことはしねえよ。仕事だ」
遠くの方を見ながら、天笠は続ける。
「俺もいい思い出がないもんでな。アホらしい話、私情で俺は八つ当たりしてんのさ。同じ目に合えば理解できるだろうってな」
「……? なんだかよくわからないっすけど」
「あぁ、すまん。さっさと仕事にかかろうか。他に何かあるか?」
天笠は怜の方を見た。怜は口を開いた。
「あまり大したことではありませんが……記憶喰いの発する『殺してくれ』という言葉が気にかかります。ただの動揺を誘うだけの言葉なのかと思いもしましたが、あれは被害者の発する言葉なのでは」
「というと?」
「深川さんが記憶喰いになったのではなく、今は彼の自我が前面に出ているだけ、ということです。そしてかつての被害者の自我も表に出てくることがある。主導権を握るのは喰われた順番によるのか、それとも――」
「――記憶喰いの意思によるものなのかってことか? 確かに今回の怪異には意思のようなもの、目的が感じられなかったが……」
「あれは恐らく深川さんの記憶を喰らい、そしてそこから繋がる人々を喰らうことで人々の人生というものを弄び楽しんでいる。だとすれば今の深川さんの自我もいつ……他の方と同じになるか……」
「……そうかもな」
天笠はため息をつき視線を落とした。
「喰われてなお記憶を利用されているだけってんなら、生まれ変わったとは言えねえわな」
アスファルトの上では蝉がひっくり返っていた。周りには蟻が群がり、蝉の羽を運搬しているようである。
「……救えねえ話だ」
天笠は舌打ちをすると、汗を拭い繁華街へと向かっていった。




