10話 放課後に喰らう
その後、深川は生徒指導室にて複数人の教師たちから説教を受けることとなった。
青筋をたてわめき散らす教師たちを見る深川の目は彼らとは対照的に冷ややかであった。自分がいじめられていたときは何もしなかったくせに何故今になって必死なのだろうか。面倒臭そうな顔をして相手にせず、むしろいじめに加担するようなきらいのあった人々が何を怒ることがあるのだろうかと彼らを見ながら考えた。
──疲れるだけだろうに
何を言っても空返事を繰り返す深川に対し、反省の色がないと謝罪の要求と罵声を繰り返す彼ら。
面倒事を避けたいだけの人々ならばこうはいかないだろう。結局、彼らもまた深川の事が気にくわないのだとそう思った。
夕暮れまで続いた深川との面談は最終的に深川を謹慎処分とすることで幕を引いた。
結局警察沙汰にはしないその教師達の及び腰な対応を深川は心底馬鹿にした。
これ以上の問題ごとは退学処分もあり得るという精一杯の脅し文句を聞き流しながら深川は学校を後にした。
いつも通りの道を行き、次第に大通りからも外れ人影も疎らとなる。辺りは古びた工場や駐車場、そして用水路に沿って張られた錆だらけのフェンスと、あまり寄り付きたくない雰囲気の悪いエリアとなる。
先ほどまでの夕暮れと異なり今にも土砂降りとなりそうな薄暗い空模様がそれに拍車をかける。
「なんだ。もう大丈夫なんだね」
深川はそう言いながら振り返る。
先ほどから深川の後ろには数名の男たちが付いてきていた。彼らの先頭、顔に包帯をぐるぐる巻きにした南沢がそれに答える。
「生きて返さねえぞ……てめぇ」
南沢の手には鉄パイプが握られており、後ろの男たちも同様にバットや鎖といったものを手にしていた。
「それで、急いで帰ってお友達を呼んだってわけだ。皆も用事があるだろうに大変だったろう」
辺りの物陰からはぞろぞろとガラの悪い男たちが集まってくる。
合計で十人程。その中には南沢の他にも教室で深川にやられた男子学生がいた。
「へっ、余裕ぶっこいてんじゃねえぞ陰キャが。マジで殺してやるっつってんだ」
南沢と周囲の男たちの表情には笑みが浮かんでいた。
「顔面ぐちゃぐちゃにしてやったら素っ裸にしてケツに鉄パイプぶち込んで土下座させんだ。写真もそこらじゅうにばら撒いてやるよ。みっともねえ豚にはお似合いのコースだろう?」
ギャハハッと下品な笑いが起こる。
だが、そんな彼らに合わせて深川もまた笑い声を上げた。
「ハハハハハッ。いやぁしかし――幸せな妄想の話だなあ。南沢君よぉ」
突如として深川が威圧感のある声を響かせる。
先ほどからパラパラと降っていた雨が次第に強まってきた。
大粒の雨音にかき消されることのない力強い声で、深川は続ける。
「君らが今こうして動けてんのも、俺が手を抜いてやったからだぜ? 惨めに全員ぶちのめされたことも忘れて、お友達集めてもう得意面かぁ?」
「……テメェ」
深川の言葉に南沢は怒りで顔を引きつらせる。そんなことなどお構いなしに深川はあざけるような口調で続ける。
「俺はお前らのその『優越感』ってやつの正体が知りたかった。生まれか環境か運なのか。俺とお前とで何が違いをもたらしたのか。それは努力ってやつなのか? 俺がお前らを精神的にボロクソにしてやっても、尚もお前らはその努力でもって今のボス猿のような地位につくことが出来るのか? 俺はそれが知りたかったんだ。だから生かしてやろうと思ったんだけども――」
「あぁ!? 訳のわかんねえこと――言ってんじゃねえぞオラアァ!」
怒りに理性を無くした南沢は怒号と共に駆け出すと、そのまま体重を乗せて鉄パイプをスイング。深川の頭部に叩きつけた。
グジャ!
周囲に聞こえるほどの嫌な音がした。
「ハァ……ハァ……」
避けるなり防御するなりを想定していた南沢は、予想外のクリーンヒットに驚きを隠せなかった。息を切らした南沢は後ずさる。頭部を殴られた深川は動きを止めていた。
その頭部からはまるで蛇口のように血が流れ出し、足元の水溜りを赤く染めていく。
だが深川は場に倒れることはなく、やがて微かに笑い声が聞こえたかと思うと、尚も言葉を続けた。
「ふふっ、ふふふ……まあ、そんなこと考えたってアタシにも訳わかんないの。だって言葉では何とでも言えるもの」
深川は血にまみれた顔を南沢に向けてケタケタと笑い出す。その頭部、殴られた箇所には確かに深い窪みがあり、その生々しい傷跡からは今なお血が噴き出している。
「うわ……うわあ……あああ……」
南沢は気圧され情けない声を漏らした。手は激しく震えだし、その表情は恐怖で引きつり始めている。思わず腰を抜かしそうになりながら南沢は力なくその場に鉄パイプを落とした。
カランと軽い金属音が響く。
周囲の男たちも同様にただ雨に打たれながら声を出せず戸惑っているようであった。
「だから俺はなぁ……」
「うわあああああああああああ」
恐怖に駆られた南沢がバタフライナイフを取り出した。我を忘れてそれを深川の眼球へと思い切り突き立てる。
ズプリと嫌な感覚。堪らず引き抜くと噴き出す生暖かい血液に手が染まる。
息も絶え絶えな南沢は深川の顔をみた。
だが、驚いたことにナイフを突き立てた箇所は激しく蠢いたかと思うと、傷口はみるみる塞がっていった。気が付けば、頭部の陥没箇所も同様に、瞬きする間に綺麗さっぱりと無くなっている。
この現実を理解できぬと南沢の思考は停止した。
「オレは……僕は理解していくことにした。そのためにお前らを――」
南沢の胸ぐらをつかむと、深川はギョロリと目をむいた。
「――てっとり早く脳みそから喰らうことにしたんだ!」
〇
「結局、昨日のケンカってどうなったんだろうね。南沢達。深川相手にボロ負けしてたけど学校に来るのかな?」
「さあ。来なくなってくれたら良いんだけどなぁ」
朝。始業前の教室。
生徒達はいつもより騒々しく、何処か楽しげに話をしている。
その内容は昨日の出来事。深川と不良たちの間で起こった教室での乱闘である。
「でも、今日はアイツら全員来てないよな。席も空いてるし、いつもの溜まり場にも居なかったんだろ?」
「ああ。僕が通ったときは――だけどね。全員謹慎ってなら学校グッジョブだよ」
「普段は偉そうにしてる癖にさぁ。深川にやり返されてあのザマだもんなあ。陰で笑っちゃったよ。『うぅぅ……くるしぃ……』だってよ」
そう言うと男子生徒は昨日の不良生徒のやられる様をモノマネしてみせた。
それを見た周囲からは大きな笑いが起こった。
「ハハハッ。でも、虐められてた深川も謹慎ってのは可哀想だねえ。やり返しただけなのに」
「そうか? 俺はあいつも来なくていいと思ってるよ。見ていて腹が立つんだよな。無気力っていうか、スカしてるっていうか。何にも努力してないような奴だろ? 言い訳してんだよ自分の中で――」
突如、その会話は激しい音に遮られた。
教室から廊下まで響くその音に皆は驚き振り返った。
教室の後ろ。木製のドアが凄まじい勢いで開かれていた。昨日の喧嘩で窓ガラスが割れていなければ辺りに破片が飛び散っていたであろう勢いでる。
そのドアの向こうには南沢が立っていた。
「あーあー。加減間違えちったよ」
大股でゆっくりと歩きながら南沢は教室を見渡す。
皆はビクビクとした様子で何事もなかったかのように振る舞おうとしている。目を逸らし会話を中断した者、わざとらしい笑いで取り繕おうとする者など様々である。
南沢の向かう先、机の周りには数人の女子生徒たちがいた。
南沢が近づいてくると皆怯えたような表情をしていた。
「おはよう」
そう南沢が挨拶すると、女子生徒たちはか細い涙声で「お早うございます……」と言いながらそそくさと立ち去って行った。
南沢は一番後ろ、自席の椅子を大きく引くと大きく足を組んでドサリと座った。
「なんだ……やっぱり『コイツの声』なら届くんだな」
再度周囲を見渡すと誰もこちらを見ようとはしていない。南沢は居心地が良さそうに伸びをすると満足げな笑みを浮かべた。




