七
彼は無表情のまま、未だへたり込んでいるカコの前にすっとしゃがみ込む。そして状況が理解出来ずに固まるカコを見て、苦く笑った。
「頭を打っていただろう。気はしっかりしているか」
「っ、は、はい、しっかりしています」
温かい手が、まるで労わるかのようにするりとカコの頭を撫でる。真っ赤になったカコは、はっと我に返って姿勢を正した。
「あのっ、あの、コウさまはどうしてここに?」
「声がして、少し気になってな」
コウは、その場に腰を落とし胡座をかいた。心配して来てくれたのだろうか。カコは久しぶりに見るコウの顔に、思わずじいっと魅入ってしまう。突然黙り込んだことを怪訝に思ったのか、彼は眉をひそめた後ひょいと少し離れたところに落ちているへしゃげた風車を拾った。
「あっ、それは・・・・・・」
彼は何も言わず、葵の手の中で壊れてしまった風車をまじまじと見つめている。
「も、もうしわけありません、せっかくいただいたのに壊してしまいました。すみません、すみません」
カコは真っ青になり、泣きそうになりながら畳に手をついて謝った。大切にしようと思っていたのに、上手くできると思っていたのに、どうして自分はこうなんだろう。この人に嫌われるくらいなら、もういっそ死んでしまった方がましだった。
「そんなに謝らなくていい、もともと脆いものなのだから仕方がないさ。悲しいことだが、壊してしまうのも仕方がない」
それは慰めているというよりも、まるで自分に言い聞かせているかのような、諦めの色の濃い言葉だった。カコはおろおろした後、感情の読めない目でぼんやり風車を眺めているコウに向かって思い切って口を開いた。
「う、う、うち、あの、それ、うちの宝物なんです。風で回らなくてもいいんです、壊れていてもいいんです。コウさまのくれたその風車が、うちの宝物なんです」
コウは俯きがちに一生懸命言葉を紡ぐカコを、まるで奇妙な生き物を見るかのようにまじまじと見て、こてんと首を傾げる。
「だが、壊れていたらつまらないだろう。壊れてしまったものを大切にして何になる」
「いいえ、いいえ、うちが大切にしたいんです。壊れていても、一緒にいたいんです」
「・・・・・・そうか、そういうものか」
ぽつりとそう零したコウは、ふっと表情を緩めた。
「カコは物知りだな」
そう言って差し出された、相変わらずへしゃげてしまっている風車。カコはそれを大切に受け取って、ふんわりと笑った。するとまたするりと頭を撫でられて、思わず赤面する。
「風車を見ると、小さい頃に妹と一緒に見たでかい月を思い出す。カコは、まるでこの世の終わりみたいにでかい月を見たことがあるか」
カコは、妓楼の二階から時折見える石ころのように小さな月を思い浮かべながら首を横に振った。
「いつか、見てみるといい。きっと忘れられない夜になる」
この世の終わりのように大きな月を背にするコウは、おそらくカコが今まで生きてきて目にしたものの中でも一等美しいに違いなかった。忘れられない夜になるというのなら、彼と一緒の思い出が欲しかった。
「こ、コウさまと、一緒に見たいです」
「俺と?」
「はい。いつか、一緒に、月を」
コウは緊張のあまり震えるカコをじっと見つめてから、ただ一言そうだなと言った。それは相変わらずあまり感情の色のない声だったが、僅かに噛み締めるような響きがあった。カコは胸の内にじわじわと込み上げる喜びを持て余し、改めて手の中の風車を見つめる。つい先ほどまで感じていたはずの深い悲しみは、今やすっかり鳴りを潜めていた。




