六
「ちょっとええ?」
一日の仕事を終え、着替えのために部屋に戻ろうとしていたカコは、目の前で仁王立ちになって行く手を塞いでいる葵にたちまち震え上がった。すっかり挙動不審になっているカコを、葵はふんと鼻で笑う。
「いくらなんでもまだ寝えへんやろ。ええから先着替え」
蚊の鳴くような声で返事をしたカコは、黙って後ろをついてくる葵に泣きそうになった。今度は何をされるんだろうという恐怖が身体を固くさせ、足を縺れさせる。
「何もたもたしてるん、ちゃっちゃと歩いて」
「は、はい」
いつも複数人の少女たちで雑魚寝している部屋へと向かいながら、カコは不機嫌そうな葵がいつ爆発するかとひやひやした。とっくに着替え終えている葵は、必死に着物を脱ぐカコの隣でつまらなさそうに壁に背を預けている。帯を結ぶのに手こずっていると、いつの間にかすぐ近くに移動していたらしい葵の訝しげな声がした。
「これ、どこでもらったん?」
彼女の手の中には、大切にしまっておいたはずのあの風車があった。はっと息を飲んだカコは、反射的に取り返そうと手を伸ばす。
「ちょっ、何なん、こっち来んといて!」
どん、と押されて尻餅をついたカコはしかし、懲りずに手を伸ばし続ける。半ば乗っかられるような体勢になった葵は、風車を持っている右手を下に畳に倒れ込んだ。
「っ、痛ッ!」
ばき、と嫌な音がした。細い竹が折れてしまい、風が当たるとからからと楽しげに回っていた部分が無惨にへしゃげてしまっている。ショックのあまり呆然とするカコを余所に、立ち上がった葵は怒りに燃えていた。その手には血が滲んでいて、折れた竹で怪我をしたらしいということが見て取れた。
「うちに怪我させるやなんてどういうつもり? どこまでずうずうしいん!」
がっと腹を蹴られて、カコの細い身体は簡単に弾け飛ぶ。壁に頭をぶつけ、くたりと力が抜けた。
「こんな怪我嫌や、汚い。もしあんお人に見られたら・・・・・・」
葵がぶつぶつと呟く声がしばらく聞こえていたが、やがて出てったのか部屋はしんと静かになる。カコはぼんやりした頭で、意味も無く遠くから聞こえてくる女たちの笑い声に耳を澄ませた。脱力感がひどく、身体を起こす気にもなれない。そうして壁に凭れぐったり身体を投げ出すカコに、頭上から突然にゅっと手が伸びてきた。
「カコ」
聞き覚えのある低く耳をくすぐる声に、カコは弾かれたように顔を上げた。
「怪我はないか」
そこには、いつの間にかコウが立っていた。




